第2話
そして今も、みんなが幸せになれると信じている。
でも、私が恋愛の神様だということは、内緒にしておきたい。パワースポットみたいに、大勢の人に家や学校に押し掛けられても困ってしまう。
そういうわけで、紙は放課後に回収することにした。ただ、火曜日と木曜日は部活動があるから、紙を回収することができない。
先週は、水曜日が2枚、金曜日は3枚。あまり芳しくない枚数だった。設置したばかり、ということもあるだろう。
(今日は、どうかな)
『恋を叶える箱』を美術室の中に持ち込んだ私は、箱の中身を机の上にあけてみた。
「うわぁ。7枚も入ってる」
恋が叶った人が、友達に話してくれたのだろうか。先週の総枚数を越えている。
私は美術部員専用の戸棚から、自分の荷物を取り出した。弓矢の箱のせいで場所を取っているけれど、特に文句を言う人はいない。画材が幅を利かせるのは、お互い様だからだろう。
弓矢はひとまず机の上に置いておいて、紙を時間順に並べていく。日時を書き忘れている人は、申し訳ないけど1番最後。名前が被ったことは、さすがにまだ無い。あとは順番に軸に紙を巻きつけて、射っていくだけだ。
どんなに矢を飛ばすのが下手でも、勝手に相手に刺さるみたいだし。矢は回収しなくても、勝手に戻ってくる。人の恋を叶えることは、テストよりも簡単だ。
今日入っていた紙の中には、よく知っている名前もあった。
『横尾美雲』
私の親友だ。相合傘の左側には、前から好きだと言っていたサッカー部の東先輩の名前が書いてある。
(叶いますように)
私は、祈りを込めて矢を射った。矢は、真っ直ぐに黒板に向かって飛んで、途中で消えた。すぐに、カツンという乾いた音がする。机の上に転がった矢の軸に、紙は無い。恋愛成就だ。
(今夜あたり、嬉しい報告が聞けるかも)
まだ聞く前なのに、嬉しくなってしまった。私は浮ついた気持ちで、残りの矢を次々と放っていった。
ところが、夜中になっても報告が来ない。
(うまくいかなかったのかな? それとも、これから付き合うとか?)
やきもきした気持ちを抱えて、30分後。昼間の会話を思い出した。
「そういえば、スマホ、本気で水没させたとか言ってたっけ。寝よ」
朝は良い報告が聞けると信じて、灯りを消した。
◇◇◇
結局、美雲の報告が楽しみで、あまり眠れなかった。朝もそわそわして、いつもより1本早い電車で来てしまった。おかげで、教室1番乗りだ。
落ち着かないし、やることも無い。窓の外では、運動部が朝練をしている。東先輩も、コートでボールを追っていた。
「おはよう、涌井。今日は、早いんだな」
振り返ると、松坂君が教室に入ってくるところだった。
「おはよう。なんか、1本早い電車に乗れちゃったんだよね」
へらりと笑って返す。松坂君は笑顔で「そうなんだ」とだけ言って、自分の席に座ってしまった。
松坂君は、口数が多くない。かと言って、友達がいないとか、付き合いが悪いというわけでもない。同じ美術部だけれど、運動神経は悪くない。たまに運動場で、男子達とサッカーをやっているところも見かける。今みたいに、女子にも声を掛けてくれる。
「そういえば、涌井。これ」
松坂君はカバンから1冊の本を取り出すと、私に差し出した。写真集だ。
「先週、海外の街並みの写真が見たいって言ってただろ? これで良ければ、貸すけど」
「聞こえてたんだ」
確かに、部活中に話していた。松坂君は、離れたところで絵を描いていたはずだ。というより、1年生の女の子に話し掛けられていたはずだ。
(よく聞こえてたな)
少し驚いてしまう。
「いいの? ありがとう」
写真集も嬉しいけれど、松坂君が私を気に掛けてくれたという事実が嬉しい。写真集を受け取ると、素直に礼を言った。
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