キューピッドの弓矢

朝羽岬

第1話

 私の学校には、『恋が叶う箱』が置かれている。


 と言っても、置かれたのは先週の月曜日。今日も月曜日だから、ちょうど1週間前ということになる。

 場所は、美術室の前。作品の一部、とでも思われているのだろう。撤去しようとする先生はいない。


 箱には、こう書かれている。


『あなたの恋、叶えます。以下のことを記入して、箱に入れてください。


 ・相合傘の右側に、あなたのフルネーム

 ・相合傘の左側に、相手のフルネーム

 ・相合傘の下に、現在の日時


 ※同じ名前が書かれていた場合は、先着順となります

 ※同姓同名はきちんと判別しますので、ご安心ください』


 恋に先着順って、と私もモヤモヤした気持ちになるけれど。他に、良い方法が思いつかなかったのだから仕方がない。


 そう。この箱は、私が置いたもの。

 どうして置いたのかと言えば、連休中に、ある物を見つけてしまったからだ。


 ◇◇◇


「せっかくのゴールデンウィークなのに。納戸の片付けとか。鬼か」


 文句を言いながらも、一つ一つ、箱を開けていく。


 久し振りに帰省したお兄ちゃんは、外の物置きの片付けをしている。お兄ちゃんが文句を言わずに手伝っている手前、「やりたくない」とは言いづらい。


(お母さんに逆らうと、後が怖いし)


 とりあえず、私の感覚で、要・不要を分けていく。本当に要らないかは、後で確認してもらえば良い。多くは衣替えを終えたばかりの冬服だから、不要なものは少ない。たまに、懐かしいおもちゃなんかも出てくる。つい、要へと仕分けてしまう。


 作業を続けていくと、最奥に大きな箱を見つけた。縦も横も、私の肩幅と同じくらいの長さがある。開けてみると、説明書と金色に輝く弓矢が入っていた。


「何これ? キューピッドの弓矢?」


 説明書を開いてみる。相合傘に自分と相手の名前を書いて、矢の軸に巻きつける。それを射ると、相手に矢が刺さって両想いになれるらしい。

 絵を交えながら、分かりやすく書かれていた。


「ほんとかな?」


 好奇心が湧いていた。最後まで読み終えることなく、説明書を閉じる。私は納戸の片付けを放り出して、自分の部屋に戻った。ベッドの上に、箱を置く。


(試してみたいけど、誰かいないかな)


 そう思いながら、窓の下を見る。ちょうど、お隣りのお兄さんが、自転車で走っていくところだった。


(そういえば、お肉屋さんのお姉さんが好きなんだっけ)


 2人は、よく井戸端会議に名前が上がっているらしい。良い雰囲気なのに、奥手同士で進展しないみたいだ。お母さん達は、やきもきしながら見守っているそうだ。


 私は説明書を見ながら、相合傘と2人の名前を書いた。それを矢の軸に巻きつける。特に、相手を狙う必要はないらしい。矢は飛ぶ途中で消えて、勝手に相手に刺さると書いてある。


「でたらめじゃないよね? 壁に穴、開いたら、嫌なんだけど」


 念のため、窓を開ける。弓矢を使うのは初めてだけど、なんとか矢を窓の外に飛ばすことができた。ほっとした瞬間に、矢は忽然こつぜんと姿を消した。

 窓に駆け寄ろうとすると、ベッドからポスンという、少し間の抜けた音がした。見ると、金色の矢が転がっている。巻きつけたはずの紙が、消えていた。


「成功、したのかな?」


 結果は2日後、ゴミ捨て場の脇を通りかかった時に知った。井戸端会議に花を咲かせているおばさん達が、「良かったわねぇ」と喜び合っていた。


(もしかして、パワースポットより効果があるのでは?)


 高校に入ってから、友達と何度かパワースポット巡りをした。巡るのは楽しいけれど、効果があった試しは無い。ちまたで話題の恋愛の神様は、みんな意地悪だ。

 思い浮かんだのは、彼氏ができないと嘆く友達の顔。その悩みを解決できる手段が、今、手元にある。


(だったら、私が恋愛の神様になれば良いのでは?)


 友達を笑顔にすることができる。みんなが、幸せになれる。

 この時の私は、単純にそう信じていたのだった。

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