第44話 夜会用のドレス選び


 それからドレス選び――これもお仕事と平行して、夜会までに済ませなければならないことのひとつだった。


 オリヴィアのドレスだけでなく、クラリッサのものも用意する必要がある。


 服屋のジョルジェットはクラリッサとはまだ会ったことがないため、採寸道具を持ってセントクレア公爵家にやって来た。彼女はセントクレア公爵邸の美しさに度肝を抜かれたあと、昔馴染みのゲルダとハイタッチを交わして挨拶を済ませ、応接室でクラリッサの採寸を滞りなく終えた。その際に念のためオリヴィアの採寸もしていった。サイズはほぼ把握しているようだが、夜会のドレスはデリケートだからだろう。


 ジョルジェットは『後日ドレスを何着か持って、また来ます』と申し出たようなのだが、リアムとクラリッサのコンビが『オリヴィアにはたくさんのドレスを着せたいから、こちらから出向く』と主張し、意気の合ったチームワークを見せたので、試着の際は三人で下町のお店に行くことになった。


 前回と同じように裏口の扉をノックすると、腕まくりをしたジョルジェットが迎え入れてくれた。


「腕が鳴るわ」


 そう呟きを漏らしたジョルジェットの声音が小さく平坦だったので、かえって彼女が本気モードであるらしいことが分かった。


 バックヤードの大部屋(前回リアムが待たされた部屋)には、ハンガーにかけられた大量のドレスが用意されていた。オリヴィアのぶんと、クラリッサのぶんも。


 まずはオリヴィアのドレスを決めてしまうことにした。


 オリヴィアはジョルジェットにより、前回と同じく奥の小部屋に連れて行かれる。


 大部屋ではリアムとクラリッサがそれぞれ『これがいい』というドレスを選び、ジョルジェットに渡し、ジョルジェットが奥に引っ込んでオリヴィアにそれを着せるという流れで進められた。


 オリヴィアは全部でニ十着は着せ替えさせられたと思う。


 ――リアムはオリヴィアに清楚なデザインのドレスを着せたがった。


「オリヴィアは可愛いすぎるから、男を刺激しないデザインにしないと、全員がいやらしい目で見てくる」


 まるで過保護な父親が言いそうな馬鹿げたことを、彼は真顔で主張してくるのだった。


 リアムが選んだ『きっちり長袖&デコルテがあまり露出されないドレス』を試着したオリヴィアが登場すると、それを見たクラリッサはツイと片眉を上げ、大人びた仕草で肩を竦めてみせた。


 そのジェスチャーだけで、『却下』という彼女の気持ちが読み取れた。


 ――反対に、クラリッサはオリヴィアにセクシーなデザインのドレスを着せたがった。


「上半身の布面積は、少なければ少ないほどいいわ。背中もガツンと出して」


 胸の膨らみが半分ほども露出された、艶めかしいドレスを身に纏ったオリヴィアが現れると、リアムはツカツカと彼女に歩み寄り、すぐに自身の上着で包み込んでしまった。


 この時のリアムは半ば本気で怒っていて、


「この姿を見ていいのは僕だけだ」


 と、よく分からない権利を主張していた。


 ――これでバランス感覚を失ったのか(?)リアムは首元までしっかり覆われた、修道女を思わせるデザインのドレスをチョイスした。


 それを着たオリヴィアが奥の間から現れると、イスの上で行儀悪くあぐらをかいていた判定役のクラリッサが、両手を持ち上げて交差させ、×を作ってみせた。この時のクラリッサは『いい加減にしてちょうだい』と言わんばかりに、半目になっていた。


 ――次にクラリッサは大胆にも、このところ北西のほうで流行っているという、膝上丈のドレスをチョイスした。これを試着したオリヴィアが奥の間から現れると、彼女の足を初めて見ることになったリアムは目を瞠り、ふたたびさっと席を立った。そして彼女を問答無用で縦抱きにすると、奥の間に強制送還してしまった。――ここでまた『この姿を見ていいのは僕だけだ』理論が懲りもせずに展開されることとなった。


 ……と、このように不毛な攻防が何度となく繰り返されたので、オリヴィアは疲れ果ててしまった。


 正直なところ、どちらの選択も極端すぎて、オリヴィア的に『ないわ』という気持ちなのだった。


 店主のジョルジェットはリアムとクラリッサの選択に従順に従い、特に何かコメントを挟むでもなく、ドレスの着脱を手伝った。ジョルジェットの瞳は終始真剣で、どこか凄みのようなものすら漂っていた。


 オリヴィアが一着身に纏うごとに、ジョルジェットは至近距離でじっくり確認してから、距離を取って周囲をぐるりと回って全身を確認していた。そして毎回「……なるほど」という呟きを漏らしていた。


 ――二十数着目のドレスを身に纏ったオリヴィアが、『もうお手上げ』というふうに腰に手を当てて、見物しているふたりを順に見遣った。この時の彼女は『今日決めるのは無理ね』と考えていた。


 リアムは腕組みをして難しい顔をしているし、クラリッサはテーブルに頬杖を突き、『なんでこうなったのかしら』という顔をしていた。


 そんな空気の中で、ジョルジェットは真剣な面持ちでハンガーかけのドレスを物色していた。やがて三着だけ選び出した彼女は、それらを重ねて腕にかけ、オリヴィアに声をかけた。


「――ちょっと裏に来て」


 ジョルジェットが先に小部屋に向かったので、オリヴィアはすぐに彼女のあとを追った。


 ジョルジェットは手に持っていたドレスを、順繰りにオリヴィアの顔の下に当てがった。すぐに二着に絞り、じっくり考えてから一着に絞る。


「これを着てみて」


 オリヴィアは黙したまま速やかに着替えを済ませた。「着てみて」と言いながら、着つけはほぼジョルジェットがやってくれたのだけれど。


 着替えが終わると、ジョルジェットはオリヴィアをスツールに腰かけさせ、髪をいじり始めた。ジョルジェットの細い指が繊細に動き、オリヴィアの柔らかい髪を編み込んでいく。見事な手つきで髪をアップにまとめたあと、指をサイドに差し込んで形を綺麗に整えてくれた。


「できた」


 ジョルジェットは扉のところまで歩いて行き、ドアノブに手をかけた。そうして扉を一気に開け放つと、口元に粋な笑みを浮かべてオリヴィアを振り返ったのだった。


 オリヴィアは感謝を込めてジョルジェットの目を見返したあと、にっこりと微笑んでみせた。


 オリヴィアは背筋を伸ばして、大部屋のほうに出ていった。


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