第40話 愛していると言って


 ほんの少しだけ息苦しくなり、オリヴィアは彼に小声で尋ねた。


「……噴水のそばで話してもいい?」


 眉尻は下がり、少し情けない顔になっていたかもしれない。


 彼は気遣わしげにこちらを見つめ、「大丈夫?」と尋ねてきた。「大丈夫よ」と答えながら、オリヴィアは『本当に大丈夫なのかしら』と考えていた。……自分でもよく分からない。


 けれど話し始めてしまったので、このまま話し終えてしまいたいという気持ちもあった。いい加減、区切りをつけたかった。


 このことに長いあいだ囚われすぎてきた。……だけどもういいんじゃない? もう解放されたい。


 オリヴィアはベンチから腰を上げ、足を前に進める。……ねぇほら、前へ進むかどうかは、こうして自分で決められるのよ……同じところに留まるほうが、実は難しいのかも。オリヴィアは難しいことを無理にずっと続けてきたのだ。


 故郷のバンクス帝国から、勢いのあるパールバーグ国へ――そして大帝国イーデンスへと、体のほうはあちこちを渡り歩いてきたけれど、心はずっと昔に囚われたまま、変化を拒んできた。


 噴水の前に辿り着く。――水は綺麗で透き通っていた。それを眺めおろしてから、深呼吸をして、彼のほうに向き合う。


 ふたたび風が吹き、オリヴィアの赤毛を悪戯に乱した。


 まだ十分に明るいけれど、日の高さはずいぶん低くなっている。穏やかな陽光が対面に佇むリアムの金色の髪に反射して、キラキラ輝いていた。


「私が十七歳の時、義理の母が縁談を取り纏めたの。――私はそれを叩き壊してしまいたかった――たぶんずっと腹の底では怒っていたから。表面上は穏やかな態度を取っていたし、いい子だと周囲から言われていたけれど、九歳の時から心の中でずっと激しく怒り狂っていたのだと思う」


 長いあいだ蓋をして押さえつけてきたものが噴き出してくる――『ひどい』という怒り、そして『どうして?』という疑問――強い感情――苦しかった――当時はあまりに苦しかった――


 だからマーガレットが持ちかけてきたあの馬鹿げた話に、十七歳だったオリヴィアは飛びついた。後先なんて考えられなかったから。ただ苦しくて、逃げてしまいたかった。


 ……リアムは今、どんな顔をしているだろう?


 視界が滲んでいて、よく見えない。オリヴィアの瞳から涙が零れた。


「九歳の時、当時とても親切にしてくれていた牧師に襲われかけたの。教会で起きた出来事だった。どうして私はひとりでそこへ入ったのか分からない。ワイズ伯爵家の馬車は教会の表に停まっていたはずだけれど、使用人は誰も付いてこなかった。私自身が『ひとりでお祈りをする』と言い張って、付き添いを拒んだのかもしれない。牧師さんは優しく迎え入れてくれて、特別なお祈りをしようね――そう言って、奥の私的なスペースに私を連れ込んだ。彼はドレスを手早く脱がしていった――これは特別なお祈りに必要なことなのだと言って。いつものとおり親切な態度ではあったけれど、シュミーズ姿にされた私は、ものすごく怖くなって。それで部屋を飛び出したの。身廊に出ると、通路にはなぜかマーガレット・ガースンが立っていた。マーガレットは私と同い年の子爵家の令嬢で、特別親しい間柄ではなかった。むしろ――たぶん彼女は私を嫌っていたと思う。でも彼女はその時、私を助けてくれた。私の手を取り背中にかばって、奥の部屋から慌てて飛び出してきた牧師を、彼女は睨みつけた。牧師は気まずそうに視線を逸らして、どこかへそそくさと消えていった。それからのことは記憶が曖昧で……マーガレットが奥の部屋に私のドレスを取りに行ってくれて、着せてくれたと思う。気づけば馬車に揺られていて、私はワイズ伯爵家に戻った」


 とんでもないことになった……当時の自分は頭が混乱していた。


 何がいけなかったのだろう? 誰が悪い? よく分からなかった。牧師は優しかった――この日に限らず以前からずっと優しかったし、密室でオリヴィアのドレスを脱がせた時ですら、手つきも乱暴ではなかった。あちこちベタベタと触ったりもせず――あとでどうするつもりだったのかは不明だけれど、脱がせている最中は丁寧な手つきだった。まるで自分の子供をお風呂に入れるため、衣服を脱がせてあげているような感じで。


「うちまでマーガレットが付いてきてくれたように記憶しているけれど、いつの間にか彼女はいなくなっていた。ふと気づくと私は応接間のソファに腰かけていて、対面には義理の母が。それで彼女が私を厳しい目つきで見据えてこう言ったの――『汚らわしいわ』と。とても冷たい態度だった」


 ふたたび涙が零れた。


 リアムが足を踏み出しかけたのが、ぼやけた視界でも判別できた。……ごめんなさい、でもいいのよ。気にしなくていい。


 オリヴィアは手を少し持ち上げ、彼を制した。


「……大丈夫よ、最後まで話してしまいたい」


「無理はしないで」


「無理はしていないの。もう過去の話だわ」


 だけど感情は平静とは言いがたい。誰にも言えずにきたことだから、もうちょっと冷静に話せたらよかったけれど、それも難しい。


 オリヴィアは笑みを浮かべようとして失敗した。泣き笑いのようになる。


「義理の母はね――悪人というわけではないのよ。優しい人ではないけれど、悪人ではない。今思うと、彼女も混乱していたのだと思う。当時彼女はまだ十代で、大人になりきれていなかったのだし、まだクラリッサも産んでいなかった。後妻としてやって来たばかりで、七つか八つしか年が離れていない義理の娘ができたら、どうしたらいいか分からないわよね。だけど当時九歳だった私は、彼女を恨んだ。なんて冷たい人だろう、と」


 指先で涙を拭う。……大丈夫。大丈夫。終わった話だわ。


 オリヴィアはふたたび口を開いた。


「その後私は三日ほど高熱を出して寝込んでしまった。精神的なショックが原因だったと思う。熱を出して二日目の朝、義理の母が見舞いにきて、こう言った――『あなたが牧師に会うことは二度とない。こちらで対処したから』――たったそれだけ――『だからなんなの!』私は叫び出したかった。詳細もよく分からない、教えてくれなかった。『二度と会わないからそれでいいなんてことはない、過去は変わらないじゃない! なかったことにはならない!』腹が立って仕方なかった。私の信頼を裏切った牧師にも腹が立ったし、『もう彼とは会わないで済むから、それでいいでしょう』と言わんばかりの義理の母にも腹が立った。私の中では何も終わっていないのだから。それで――熱で朦朧としながら、私は一年前に家を出て行った実の母親に手紙を書いたの。私の身に起きた出来事をそのまま書き連ねたあとで、『悲しくて仕方ないの。会いに来て』と、気持ちを綴った。母は出て行ったきり、一度も会いにきてはくれなかったけれど、こんなことがあったのだから、きっと飛んでくると私は信じていた。だけど母は来なかった……一週間ほどたって、義理の母に尋ねたの……『手紙は出してくれた?』……すると彼女は答えた、『出しましたよ』……私は待ち続けた……でも母は来ない。ひと月たっても、ふた月たっても来なかった。……手紙は本当に投函されたのかしら? 真相は分からない。出されなかったのかもしれない。だったら『手紙は出さなかった』と正直に言ってほしかった。私は母に見捨てられたのだと思った。そうしたらすごく腹が立って――実の母親なのに、こんな時に会いにきてもくれないの? あんなに手紙で頼んだのに、って」


「おそらく手紙は出されなかったのだろう」


 リアムがそう言った。


 ――彼の瞳には真心がある。彼はオリヴィアの痛みに共感してくれていたし、思い遣りの気持ちを持ってくれているのが伝わってきた。


 彼が続ける。


「手紙には君の身に起こったことが赤裸々に書かれていたのだろう。それが投函されたあと、誰が見るか分からないとなると、貴族は絶対にそれを表に出さない」


 そうかもしれない……彼の説明はオリヴィアの胸にストンと落ちた。ワイズ伯爵の三番目の妻は体面を異常なほどに気にする人物だ。彼女の性格をかんがみると、確かにあの手紙を投函したはずがない。


「……あなたの言うとおりね。そうだとすると、母は私を見捨てたわけじゃないと慰めになるわ」


「君の継母は最低だ。君の実母に面会に行って、対面で伝えてやることだってできたはずだ。ほんの少しの親切心でそれができた。――君はずっと怒っていたというけれど、当然のことだよ。怒り狂って当然だ」


 リアムは『継母は実母に会いに行って伝えたけれど、実母が無視した』という可能性については言及しなかった。その気遣いをオリヴィアはありがたく感じた。それはほぼありえないだろうし、万が一そうだったとしてもつらすぎる。


 ……彼だけだわ……当時のオリヴィアは怒りを抱え、それが膨らみ続けて、十七歳で縁談をぶち壊すに至ったわけだが、当時誰ひとりとして『怒って当然だ』と言ってくれた人はいなかった。


 オリヴィアはいけないことをしたかもしれないが、それでもこの広い世界で、たったひとりでいい――誰かひとりでも肯定してくれる人がいてもよかった。


 けれど誰もいなかった。


 マーガレットはこちらを利用しただけで、オリヴィアの支えになってくれたわけではない。


 オリヴィアは十七歳当時のことを思い出して、苦い笑みを浮かべた。


「十七歳になった私は、義理の母から婚約者が決まったと告げられた。当時の私は男性そのものが怖くて仕方なくて、結婚する自信が持てずにいた。それで初顔合わせの前にこっそり彼を見にいったの――それにはマーガレットが付き合ってくれたわ――それでびっくりした。彼、外見が牧師にとても似ていたのよ! 他人の空似というけれど、とても似ていた。兄弟かと思ったくらい。私、気持ち悪くなって――絶対に無理だと思ったの。彼と一緒に暮らすなんて絶対に無理――そうしたら一日中、吐いているようだわ、って。数日後、マーガレットがふたたび会いに来て、こう言った――『ねぇ私、彼が気に入ったわ。だってとってもハンサムだもの。実はね、あなたのところと縁談が結ばれなければ、彼は私と婚約していたかもしれないのよ。父に彼のことを尋ねてみたら、こう言われたの――ディラン・コックスとお前はもう少しのところまで縁談が進んでいたんだが、ワイズ伯爵家に横取りされてしまった。あそこの新しい奥方はやり手だな――って』」


 マーガレットもたぶんまた腹を立てていた。オリヴィアに対して友達のように親しく接しながらも、彼女の瞳は蛇のように執拗にこちらに絡みついていたように記憶している。


「マーガレットはこの縁談を潰したがっていた。そしてその気持ちは私も同じだった」


「君は……」


 リアムはなぜかひどく混乱しているようだった。――『ディラン・コックスとマーガレット』――彼がそう小さく呟いたのがオリヴィアの耳に届いた。


 ……どうしたのだろう? 気にはなったが、オリヴィアは話を続ける。


「ディランとの初めての顔合わせの場所は美術館で、ということに決まった。……なんで美術館だったのかしら? 分からないことだらけだわ。私はマーガレットと相談して、作戦を立てた。私は彼に嫌われる必要があった。だから趣味の悪いケバケバしいドレスを身に纏い、これでもかというくらい濃いアイシャドウを塗りたくった。唇に真っ赤な紅も引いた。鏡を見るとね――剥き出しの自分がそこに立っている気がしたの。この姿が本当の私だわ――そう思った。怒りに駆られ、コントロールが利かない――誰も私を止めることはできない――自由だ! 私は歓喜のあまり叫び出したかった」


「美術館ではどうなったの?」


「大暴れ。あの時の私は下品で馬鹿げていて、狂気に満ちていた。彼の引き攣った顔が忘れられない――出会って数秒で嫌われたのが分かった。私は嬉しかった。これだけ嫌われてしまえば、彼と一緒に暮らさないで済む。けれどその場に居合わせた美術館の警備員が、私に手荒な対応をしたことにはショックを受けた。きっと彼らは心配したのでしょう――下品に喚き立てる女が貴重な絵画を傷つけやしないかと。彼らは私の手首を乱暴に掴んで、ゴミでも捨てるみたいに美術館から放り出した。そういう扱いをされても当然なのだけど――とうとう人の道から外れてしまったわ、そう思った。……それからは会うたびに同じことを繰り返した。義理の母に邪魔されないよう、婚約者との面会場所は慎重に選んだ――上流貴族があまり行かないような、下町に近い公園だとか、ライトめな夜会であるとか。そこで無茶苦茶なことを繰り返すうちに、私はいつの間にか『悪役令嬢』と呼ばれるようになっていた。マーガレットが彼を好きだというから、彼の関心がマーガレットに向くように、彼女を執拗にいじめたりもした」


「ああ、なんてこった、神様」


 リアムが小声で呟きを漏らす。


「君はまさか……ああお願いだ……そうだと言ってくれ」


「リアムさん?」


「君の本当の名前は……オリヴィアではないんだね?」


 一瞬の間。オリヴィアは彼が何を言っているのか理解できなかった。


 ……どういう意味だろう? 彼は私がオリヴィア・クロエ・ワイズ――あるいはオリヴィア・クロエ・ギル(父のもうひとつの爵位であるギル子爵名)だと知っているはずだ。自分には元々名前がふたつあって、ファーストネームである『オリヴィア』ではなく、ミドルネームの『クロエ』が通り名だったが、それは彼も知っているはずよね?


 オリヴィアが口を開きかけた時――


「クロエ!」


 懐かしい声が響いた。少し高めで、元気いっぱいな声音。オリヴィアはハッとして振り返った。


 ――二十メートルほど離れた場所に、妹のクラリッサが立っていた。なんだか興奮しているようだ。頬は赤らみ、彼女のブルネットの髪は風になびいていた。


「クラリッサ!」


 オリヴィアが歓喜の声を上げると、クラリッサはウサギのようにピョンと跳ねるようにして、一目散にこちらに駆けてきた。――なんとまぁ足が速い――懐に飛び込んでくるまで、あっという間だった。オリヴィアはクラリッサの小柄な体を抱き留めた。


 オリヴィアの耳に妹の鼻声が届く。


「クロエぇ……久しぶりー」


 それを聞いたオリヴィアはふふ、と笑みを零してしまった。――少し前まで泣いていたこともあって、オリヴィアの鼻の頭は少し赤い。目元も。けれど彼女のおもてに浮かんでいるのは、幸せそうな笑みだった。


「クラリッサ、あなたが来るのはもっと先だったはずでしょう?」


「クロエが心配で……じゃなくて、そう……用があって来たの! 私、手紙を出したのよ、読んだでしょう?」


「手紙? いいえ」


「でも私、出したわ。え……手紙よりも早く着いてしまった? そういえば数時間前にセントクレア公爵家に辿り着いた時、執事さんに名乗ったら、目を丸くしていたっけ。オリヴィアがリッツ・ギャラリーにいるって聞いて、馬車で駆けつけたのよ」


 なるほど、それでクラリッサはここに現れたのか。


 ここでリアムが口を挟んだ。


「あー……もしかして君がC・ワイズ?」


 オリヴィアにぎゅーっと抱き着いていたクラリッサはハッと体を硬直させ、そうっと姉から離れ、赤面しながら背筋を伸ばした。


 とはいえ十一歳の彼女の体はまだ小さくて、気取ってみても威厳の欠片もなかったのだけれど。


「お初にお目にかかります、わたくしはクラリッサ・ワイズと申します。姉のクロエ――じゃなかった、オリヴィアがお世話になっています。……オリヴィアにこの超絶可愛い服を着せたのは、あなたですか?」


 ……超絶可愛い? オリヴィアは耳を疑った。この軽歌劇『ミリー』フリフリドレスが? どういう感性しているの? クラリッサは大人っぽいクールな子だと思い込んでいたけれど、そうでもなかった? これ、罰ゲームで着させられているのですけど。


「そうだよ」リアムが優しい瞳でクラリッサを眺めおろす。「初めまして、僕はリアム・セントクレアだ」


「姉の旦那様になる人ですね。可愛い服をオリヴィアに着せてくれてありがとうございます。私が一番初めに書いた手紙で頼んだことを、ちゃんと守ってくださったのですね」


 クラリッサは大人っぽく喋ろうとして、台詞がなんだか棒読みになっていた。


 ところで……一番初めの手紙とは? オリヴィアはよく分からなくて小首を傾げる。……え? そういえばワイズ伯爵家から持たされていたあの手紙、中身については把握していなかったのだけれど、もしかしてあれを書いたの、クラリッサなの? 何を書いたの? 何も疑わずに、初日にリアムに手渡してしまったわ。


 オリヴィアが盛大に混乱していることに気づいたのか、リアムがこちらを流し見る。


「出会ったその日に君から渡された手紙にはね――オリヴィアを大切に扱うようにと書かれていたんだ。妹さんは君が大好きなんだね。心配で仕方なかったんだ」


 クラリッサがかぁっと赤面した。


「違います! 結婚は両家の結びつき――契約事だから、ちゃんとしていただきたかったの。それだけです」


「じゃあまったく心配はしていないの?」


 リアムに尋ねられ、クラリッサは耳まで赤くなってしまった。


「それは……姉ですから、一応……なんていうか」


 モゴモゴと口ごもるクラリッサを眺め、オリヴィアは悶えそうになった。……なんて可愛いの! 普段クールなだけにみぞおちにくる。


 ニコニコして妹を眺めていたら、リアムに手を引かれた。


「――オリヴィア」


「え?」


 何がどうなったのか――気づいた時には彼に縦抱きにされていた。視界が三十センチほど高くなる。


 クルリとそのまま回されて、慌てて彼の肩をぎゅっと掴んだ。リアムのアメジストのような美しい瞳には、これまでに見たこともないほどの歓喜が浮かんでいた。


「――ああ、オリヴィア――僕のオリヴィア」


「リアムさん?」


「結婚しよう!」


「あの、でも……」


 婚約は破棄するつもりだと、先日、あなたは言っていたのに。


「愛している――心から愛している――僕と結婚しよう――ねぇお願いだ、イエスと言って、オリヴィア」


 彼から切なそうに懇願されて、断れるわけがない。急展開に混乱しきっていたけれど、オリヴィアは彼の瞳を覗き込み、小さく頷いてみせた。


 胸が高鳴り、周囲の景色が輝いて見える。


 あなたが好き――気持ちを伝えられることが嬉しい。愛おしい気持ちが溢れてくる。


「ええ――私、あなたと結婚するわ。私も愛している」


「本当に?」


「本当よ」


「本当に本当?」


「本当に本当よ」


「もう一度愛していると言って」


「愛しているわ」


 伝わっている? 溢れてくる気持ちに言葉が追いつかない。でもそれは彼も同じだったみたい。


「僕も愛している――ああ、この台詞を百回言いたい」


「さすがに百回は言いすぎよ」


 たしなめるオリヴィアの顔にはチャーミングな笑みが浮かんでいる。


 この場でひとりポカンとしているのは、十一歳のクラリッサだけだ。彼女はこっそりと呟きを漏らす……「確かに百回は言いすぎ」……「あとお姉様に触りすぎ」


 けれど想い合うふたりは互いの姿しか見えていない。


「今日は人生最高の日だ!」


 リアムが嬉しそうに笑い、オリヴィアを高く掲げてまたくるくると回した。


 初めは目を丸くしていたオリヴィアだが、彼があまりに幸せそうな顔をしているので、それに釣られてくすくすと笑い出してしまった。



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