第33話 タンバリン
二着目は普通のドレスに感じられた。
……いや、そうでもないのかな?
一着目がすごかったので、あれと比べると、なんでも普通に見えてしまうというという、奇妙な現象が起きている。
よくよく見てみると、二着目のドレスはかなりヒラヒラしているようだ。地は水色で、その上に薄い白のレース編みがつけられている。裾はふわりと甘く広がり、フリル、フリル、フリル……。腰にはリボン。そして襟首周りもフリル。
え? これ……二十七歳が着ていいデザインじゃないような?
「髪は左右ふたつに分けて、編み込みね」
オリヴィアの肩をぐいーっと下に押してスツールに座らせ、鼻歌交じりで髪をいじくり出すジョルジェット。
オリヴィアは冷や汗が出てきそうだった。
「あ、あの……この服に、ふたつに分けた編み込みって、十二、三歳くらいの女の子がするスタイルのような……」
少なくともバンクス帝国とパールバーグ国では十代を過ぎたら、ふたつに分けて結んでいた女性はいなかったように思う。
「あなたは童顔だから、五つ六つ下の格好をしたところで、さして違和感ないし」
いやいやいやいや。五つ六つ下どころじゃないですよ!
「あの、私は二十七歳なんですけど」
「十七?」
「いえあの、にじゅうなな」
このやり取り、以前にリアムさんとしたなぁと考えながら、オリヴィアは背後にいるジョルジェットのほうを振り返ろうとした。そうしたら頭頂部をぐいっと指先で押され『動くな!』的な圧をかけられる。
オリヴィアは諦め、前を向いたまま体を縮こませた。……前面に鏡があるので、なまじ自分の姿が見えてしまうのがつらい。いっそ見えなければ、心も楽なのに……。
ジョルジェットはきつく眉根を寄せ、編み込み途中の髪を持ち上げながら、首をコテンと横向きにして、オリヴィアの横顔を凝視する。
「……あなたどこかで不老不死の薬でも飲んだ?」
「飲んでいません」
「怖っ、……何これ。近くで見ても若い」
「バンクス帝国の東部の出なので」
「確かにあのあたりは若く見える人、多いわよねぇ。でもここまでじゃないと思うけれど」
「そうですか?」
そうでもないと思う。――現ワイズ伯爵夫人は三番目の妻で、オリヴィアとは血が繋がっていないが、彼女もこんな感じだけれど。
子供の時に見た夫人と、今の夫人は、そんなに変化していない気がする。少しふっくらしたかな、くらいで。
「世界って広いわよねぇ。色んな人がいる」
なんだかジョルジェットはしんみりしてしまったようだ。オリヴィアの編み込みしかけの髪を握ったまま、グルグル回して遊び始めてしまう。
「……確かに色んな人がいますね」
そんなにグルグルされると、耳に髪束がこすれてくすぐったいです……。
「ああ、あなたを着せ替えするの楽しい! またいらっしゃいね」
ジョルジェットがにっこり笑い、編み込み作業に戻った。
オリヴィアはちょっとだけへの字口になり、眉尻を下げた。
……二十七歳って伝えて、誤解が解けたはずなのに、左右に編み込むスタイルをやめてくれないんですけどー!
* * *
「軽歌劇の『ミリー』って分かる?」
オリヴィアの髪を編み終えたジョルジェットが尋ねてきた。
「はい」オリヴィアは小さく頷いてみせた。「児童養護施設で育った十三歳の女の子が、幼い頃に生き別れになったお母さんを探すため、犬を連れて旅に出る話ですよね」
オペラよりライトな庶民向け歌劇の演目だ。
「そう。あなたの格好は、主役の『ミリー』をイメージしてみた」
そういえば『ミリー』は赤毛で、髪をふたつに分けて三つ編みにしていたっけ。元気で前向きな女の子なのよね。
……ていうかやっぱりどう考えても、大人の女性に対して、十三歳の女の子をイメージして着せ替えするの、おかしくないかしら? どうしてもやりたいならば、実年齢が十三歳の子にやってほしかった。
若干凹んでいるオリヴィアには一切気を遣わず、ジョルジェットはタンバリンを押しつけてくる。
「私が『ミリー』の劇中歌を歌いながら出ていくから、あなたはこのタンバリンを叩きながら盛り上げて」
「……え?」
耳を疑った。……ど、どういうこと?
ジョルジェットは言いたいことだけ言うと、鼻歌交じりに小部屋の出口に向かい、リアムが待っている部屋への扉を開け放つ。
そのまま彼女は勢い良く飛び出していった。――と同時に、向こうから声が響いてくる。
『♪つらい、時も、前を~向いて~、どんどん、あ、る、け~♪』
うわぁ、本当に歌い出したぁ!
度肝を抜かれたオリヴィアであるが、言うとおりにしないとあとが怖そうなので、嫌々スツールから腰を上げ、駆け足で小部屋から走り出る。
オリヴィアはほとんどヤケクソになり、元気良くタンバリンを叩いた。
リアムのほうに視線を遣ると、呆気に取られているようだった。
……は、恥ずかしい……なんの罰ゲームなの、これ。
初めはただびっくりしていたリアムであるが、段々と様子が変わってきた。少したつと彼の口角は微かに上がり、興味深そうにこちらを眺めているではないか。
オリヴィアは辱めを受けている気持ちになった。
ジョルジェットは一番を全部歌い切る気らしく、全然やめようとしないし、オリヴィアもタンバリンを叩き続けるしかない。
……ていうかサビ以外ってこういうメロディなんだ。
次第に無の境地になり、伴奏に専念するオリヴィア。
――リアムさん、体をくの字に折ってこっそり爆笑している件、絶対に許しませんよ。
『♪どんどん、あ、る、け~♪』
ジョルジェットが両手を広げ、高らかに歌い上げる。
ふぅ、やっと終わった……!
オリヴィアはシャンシャンシャリ~ン! と派手にタンバリンを揺らしたあと、ふたたび駆け足で奥の小部屋に戻った。
* * *
「あー、大満足」
ジョルジェットはやりきった顔をしている。
「本当はあと二、三着、際どい服を着せて楽しみたかったんだけど、『もう二度と来ない』って言われても困るから、やめておくわね」
よかった~。オリヴィア的にもう限界だった。
オリヴィアが子犬のような瞳で『助かりました』と訴えると、ジョルジェットが苦笑しながら頭を撫でてくれた。
「……イーデンス帝国で最近はやっているドレスを三着ばかり見繕ってくるわ。ストライプ柄と、今は丸襟がキテるから、そういう系統ね」
「はい」
「サイズはもう分かっているからピッタリだと思うけれど……試着する?」
「いえ、お任せします。なんか疲れました」
ジョルジェットの見立ては確かで、これまでの二着もサイズはジャストだった。だから彼女がオリヴィア用に選んだものなら、体に合わないということはないだろう。
ストライプ柄と丸襟のドレスなら、着てみて変になることもないだろうし。
「じゃあ準備するから、ちょっとここで待っていて。――元のドレスに着替えてね」
「分かりました」
やっとこのフリフリ十三歳『ミリー』ドレスを脱ぐことができる。
オリヴィアが着替えをしているあいだに、ジョルジェットは忙しく行ったり来たりしていた。何度かリアムがいるほうの部屋にも出ていくのが見えた。あちらで服を包んでくれているのだろう。
帰り際、オリヴィアは自分で支払いをした。
いつの間にかリアムも何か購入していたようで、彼はジョルジェットから、オリヴィアが購入したぶんと、別の包みを受け取っていた。不思議に思いそれを眺めていると、淡く微笑みかけられ、「自分用に買った」と説明された。
……この時、もっとちゃんと訊いておけば……。
あとでリアムから「似合っていたから買っておいたよ」と告げられ、ズボンとベストの一着目、それからフリフリ『ミリー』の二着目、その両方を渡される破目に陥るなんて。
こんなふうに意地悪なからかいを受けて、オリヴィアはふたたびドングリを口に入れたリスみたいな顔をすることになる。
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