第15話 あなたは可愛いハリネズミ


「その画家は、今は髪を切っているかもね」


 リアムがそう言うと、オリヴィアは不思議そうな顔をした。


「どうしてですか?」


「イーデンス帝国でも、男性が髪を伸ばすのは珍しいんだよ」


「そうなんですか?」


「これには意味があって。――『私はしばらく結婚するつもりがありません。放っておいてください』という」


「え?」


 オリヴィアが目を瞠っている。


 我ながらなんだかおかしくなって、笑みを零してしまう。少し苦い気持ちもあったけれど、馬鹿馬鹿しさが勝った。


「適齢期にも関わらず、まだ縁談はお断り、という場合に髪を伸ばしておく。――分かりやすいだろう? 男性で長髪は目立つから、いちいち口で説明するより早い。大抵の人は四十歳くらいになれば、切ってしまうんじゃないかな。独身のまま通したいとしても、その頃になれば周囲も諦めて、うるさく縁談を勧めやしないだろうから」


「結婚することになったら、どうするのですか?」


「式の直前に切るケースが多い」


「そうですか……」


 オリヴィアの眉尻が少し下がっている。


「どうかした?」


「その髪型、とても似合っているわ。切ってしまうんだ、と思ったら、残念で」


「手入れも面倒だよ。……いつも思うんだけど、女性ってさ、長い髪をキープしていて偉いよね」


「そんなこと、考えたこともなかったわ。当たり前のことだから」


「僕にとって長い髪は当たり前ではなかったから、たまにげんなりするんだ」


「どうしてそこまでして伸ばしているんです?」


「兄が未婚だったから」


 リアムは肩を竦めてみせた。


「彼の場合、未婚で通している事情が事情だったし、いつ結婚するつもりなのかが分からなかった。兄が結婚していないのに、僕が先にするわけにはいかなくて。でも縁談はどんどん舞い込んでしまうから、いちいち丁重にお断りするのも面倒でね」


「結婚したいと思ったことはなかったのですか?」


 ストレートに尋ねられて、少したじろいだ。


 リアムは彼女のあどけない顔を眺めおろし、口角を上げて笑みを作った。もしかすると上手くできていなくて、少し困った顔に仕上がっているかもしれない。


「ほら、僕には友達が少ない。……少数派組はね、親しい人を作るのが下手なんだ。皆が『ちょっと人とは違うマシューの弟』という目で僕を見るから、努力してまでその壁を壊す気も起きなかった。女性との関係は、友達作りとも違うのかもしれないが、一歩踏み込む過程は同じだろう?」


「あなたはハリネズミだったのね」


「え?」


「警戒して針を立てているから、誰も近くに行けない」


「……僕が孤独だったのは、自分自身のせいだったのかな」


「あなたのせいじゃないわ」


 オリヴィアが瞳を細めて笑う。零れるような笑みだった。


「あなたは肝心なことに気づいていない」


「どんなこと?」


「あなたって――」


 自由に喋っていたオリヴィアが、不意に口を閉ざす。『ああ、いけない』という顔つきで。


「何?」


「いえ、これはちょっと、言うべきではないかも」


「僕たちは友達だろう? なんでも打ち明けられるのが友達だ」


「あー……」


 まずったわ、というようにオリヴィアがこちらを困り顔で見上げ。


 そうして観念したように、こう言った。


「ハリネズミのあなたは可愛いと思う。だから可愛いあなたには、なんの非もないの」


 ああもう、どうしたらいいんだ。


 ……耳まで熱いよ。


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