第10話 彼女の頭を撫でたくなり、反省するリアム


 オリヴィアは話し始めてしまったので、一生懸命彼に伝えた。


「服も質素だし、公爵家の方から見ればすごく貧乏に見えると思うのですが、そうでもないのです。パールバーグ国で十年過ごしていたあいだに、あちこちに投資していたので、そちらで利益が出まして。贅沢をしなければ、現状の蓄えで一生食べていけると思います」


「それはすごい」


「でもそれは、贅沢をしなければ、なんです。だから服を買うなら、下町の手頃な店に入って、既製品を買おうと思っています」


「支払いのことは心配しなくていい」


 テーラーはセントクレア公爵家で呼ぶので、請求書はこちらに来る、とリアムは考えながら彼女に告げる。


「え、それはいけません。だって今の私はただの居候ですし」


 オリヴィアが仰天したようにそう言うので、リアムは我に返った。……うん? 自分は常識外れなことを言っているのか?


 C・ワイズからの手紙に『オリヴィアはそちらにずっと滞在しますから、偏見から差別せず、セントクレア公爵家で、ちゃんと家族として丁重に迎えてください』とあったから、生活費全般は当然こちらで持つつもりになっていた。


 いやだけど……確かにそうか。食事を提供するのは当然の話だが、オリヴィアは確かに居候という位置付けであるから、こちらで服飾品を買い与えるのは筋が通らないのかもしれない。


「すまない、変なことを言って」


「いいえ、気にしないでください」


 オリヴィアが一心にこちらを見上げ、頬を赤らめながら『大丈夫です』というようにコクコクと小さく頷いて見せるので、リアムはどういう訳か彼女の頭をポンポンと撫でたくなってしまった。


 ……危ない! 絶対だめだ!


 リアムはヒヤリとした。自分は危険思想の持ち主だ、とすら思った。婚約者でもない女性の頭を撫でたくなるって、変態か!


 リアムは内心大混乱だが、オリヴィアは懸命に話を続ける。


「あ、でも、公爵家ではドレスコードってあります?」


「なんだって?」


「いえあの、今私が着ているような庶民ぽい服で滞在されると、品格が落ちるから困る、とか」


「まさか、そんなのはないよ」


「よかった~」


 気が抜けたように、へへ、と笑うオリヴィア。


 ……もうなんなの、オリヴィア……こちらを仕留めにかかっているのか? リアムは内心で弱音を吐いていた。砂漠を丸二日、水なしでさまよったような心地だった。


 こちらの気も知らず、オリヴィアは生き生きとした瞳で語る。


「じゃああの、私、たぶん数日以内にお買い物に行かせていただくかと思いますので」


「ひとりで行く気?」


「そうですけど」


「いやいやいや、だめだ」


 リアムは慌てて引き止める。自立心旺盛なのも結構だが、さすがにこれはだめだろう。


「どうしてですか?」


 なんでキョトンとしてるんだよ。君みたいな子を下町にたったひとりで放り出せるわけないだろう。五秒で攫われると思うぞ。


 ていうかよく無事にここまで着いたな! 今更ながらにヒヤッとするんだが。


「私も一緒に行こう」


 これはなんと言われても譲れない。彼女は『そんな、だめです!』と遠慮しそうだけれど、これについては絶対に退かないからな、と。


 けれど。


 オリヴィアはふわりと笑った。――まるで花がほころぶように。


「……嬉しいです」


 時間が止まったかと思った。


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