第41話 断り

 後日、俺は葵先輩へ連絡をして、会う約束を取り付けた。

 向かったのは、都内にあるおしゃれなカフェ。

 店内だけでなく、テラス席にもお茶を楽しむマダムたちが嗜んでいる。

 その店内の窓際の席、カウンターの席に座る葵先輩の姿を見つけた。

 カウンター席の隣に腰掛けるものの、何かの番組の脚本だろうか、葵先輩は真剣に黙読している。

 その集中具合に、声を掛けるタイミングを失っていると、葵先輩はちらりとこちらを見据えた。


「ちょっと待ってて、もうすぐ読み終わるから」

「はい……」


 俺が居住まいを正して腰掛けて待つことにした。

 数分の程待っていると、台本を読み終えたらしい葵先輩がふぅっと息を吐いて、つけていたサングラスを外す。

 その所作はどこか大人びていて、葵先輩が本当に芸能人であることをひしひしと感じさせられる。


「それで、わざわざ私を仕事の合間に呼び出したって事は、答えを出してくれたということなのかな?」

「はい」


 俺はコクリと頷いてから、カバンの中からファイルを取り出して、そのままの状態で葵先輩に差し出した。

 葵先輩はファイルを受け取ると、中に入っている一枚の用紙を取り出す。

 それは、葵先輩が俺の元に訪れた時、俺に渡してきた婚姻届け。

 葵先輩が婚姻届けに目を通して、すっと視線を下におろした。


「そう……これが、君の答えってわけだ」

「はい」


 婚姻届けの欄には、加筆された部分はなく、葵先輩が手渡してきた状態のままで返却された用紙があるだけ。

 これこそ、俺が出した答えだった。


「俺は、葵先輩と結婚することは出来ません」


 俺の意思をはっきり告げると、葵先輩は何も言わず、すっとそのファイルを自身のバッグの中に仕舞い込んでしまう。

 そして、そのまま無言で席を立ち、出口へと向かって行こうとする。


「ちょ、先輩⁉」

「ありがとう。君ならこうすることは分かっていたわ。まっ、いきなり婚姻届け何て渡されて求婚されても、戸惑っちゃうのも仕方ないもの」

「……すいません」

「謝る必要ないわ。だって私が無理やりお願いしたようなものだもの」


 俺が謝ると、葵先輩はふっと柔らかな笑みを浮かべてくれる。


「でも、よく覚えときなさい。朝陽は絶対に、決断した選択を後悔することになるわ。そして、必ず私の元へ戻ってくる」

「そんなことないですよ。だって俺には……」

「だから言ってるのよ」

「……どういうことですか?」


 まるで、俺の未来を予知しているような発言に、首を傾げると葵先輩は肩を竦めて誤魔化した。


「まっ、まだ分からない方が幸せなこともあるわ。ただ君は、いずれ自分の下した選択に苦しむことになる」

「……」

「それじゃ、わざわざ報告しに来てくれてありがとうね」


 葵先輩は踵を返して、トコトコとヒールを鳴らしてお店を後にしていく。

 一人カフェの店内に取り残された俺は、カウンター席に座り込み、葵先輩が最後に言い放って言った言葉について、しばらく考えさせられてしまうのであった。

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