第37話 妹の気持ち

 桂華ちゃんを送り届けて家路へと着いていた。

 送り届ける際も、ずっと桂華ちゃんは心配そうに俺をちらちら見つめて来てくれていて――

「大丈夫、安心して」


 と言って、桂華ちゃんの頭を撫でてあげたけど、彼女の不安は拭いきれなかったらしく、何とも言えない表情をしていた。

 桂華ちゃんを変な形で巻きこんでしまい申し訳ないと思いつつ家に戻ると――


「あら朝陽、おかえり!」


 母ちゃんが家に帰ってきていた。


「もう朝陽! びっくりさせないで頂戴よ!」


 そして開口一番、母ちゃんは俺の背中を思い切り叩いてきた。


「いてててて……何がだよ?」

「もうとぼけなくてもいいわよ! 結婚を誓い合った人がいるなら、どうして私に教えてくれなかったのよ!」

「はぁ⁉」


 どういうことだってばよ⁉

 状況が読み込めず、俺は助けを求めるように愛実へ視線を向ける。


「なんか、葵先輩がお母さんの会社に来て挨拶していったんだって。『これから何卒よろしくお願いします』って」


 おう、マジかよ……。

 葵先輩、まさか外堀から埋めていくとは……。

 やるじゃねぇか。


「いきなりオフィスにタレントの三保みほが現れて、『朝陽さんと結婚を前提にお付き合いさせてください』なんて言われちゃったんだから!」

「あの母さん……実は俺――」

「もう! 恥ずかしがらなくていいわよ! お母さんは葵さんならいつでも大歓迎だから!」


 母ちゃんは聞く耳を持たず、完全に浮かれている。

 こりゃ、葵先輩が勝手に言っているだけであって、俺の方は同意してないと言っても信じてくれない奴だ。

 というか、俺が認めてないなんて言ったら――


『あんたね! あの三保みほよ⁉ 逆に断る理由があるの⁉』


 とか問い詰められそうだ。

 母さんはその後も嬉しそうに、会社で葵先輩と話した出来事を説明してくれる。

 俺はその話を、二つ返事で聞くことしか出来なかった。



 ◇◇◇



「ふぅ……疲れた」


 俺はベッドに横たわり、ようやく一息つくことが出来た。

 寺山さんと桂華ちゃんのスク水トレーニングから始まり、葵先輩からのプロポーズと、今日一日だけでイベントがありすぎて疲れがMAX。


 コンコン。


 すると、部屋の扉がノックされた。


「はい、どうぞ」


 俺が一声かけると、扉がガチャリと開かれて、愛実が心配そうに顔を覗かせてくる。


「お兄ちゃん起きてる?」

「あぁ……何とかまだ起きてるぞ」

「良かった……」


 愛実は後ろ手で扉を閉めると、俺の元へと向かってくる。


「横、寝転がっていい?」

「……あぁ」


 俺が少し間を置いてから返事を返すと、愛実はゆっくりとベッドへ上がってきて、隣に寝転がってきた。

 天井を見上げつつ、ちらりと愛実の様子を窺うと、どこか不安げな顔を浮かべている。


「どうしたんだ急に?」

「あっ……いや……そのぉ……」


 愛実はモゴモゴとしてしまう。

 兄貴がいきなり見知らぬ先輩にプロポーズされたのだ。

 気持ちの整理が追い付かないのも無理はない。

 すると、愛実はきゅっと俺の服の袖元を掴んでくる。


「お兄ちゃんはさ……葵先輩が初めてだったんだよね?」

「初めてとは?」

「その……性に目覚めたというか、おっぱいに顔を埋めたりとか、エッチなことしたりしたの」

「まあ、そうなるな」


 俺がそう答えると、愛実の袖を引く力がさらに強まった。


「ねぇ……お兄ちゃんはやっぱり、葵先輩と結婚するの?」


 心細い声で尋ねてくる愛実。

 それに対して、俺はふっと鼻で笑う。


「んなわけないだろ。結婚なんて考えたこともねぇよ」

「でも……葵先輩はお兄ちゃんにとってかけがえのない人で、おっぱいもおっきくて、非の付け所がないよね? お兄ちゃんに断る理由ってあるの?」


 どうやら愛実は、俺の心が既に葵先輩に傾いていると思っているらしい。

 俺は一つ息を吐いて、身体の向きを愛実の方へと向ける。


「あのな愛実。いくら俺がおっぱい星人で、葵先輩が恩人だったとしても、結婚はまた別だ。俺は葵先輩に恋愛感情はないし、結婚する気もないよ」

「でも、分からないじゃん。お兄ちゃんコロっと意見変えちゃいそうだし……」

「いや、確かにおっぱいに目移りはしちゃうけど、結婚とかってなったら話は別だぞ?」


 俺だって、結婚となればちゃんと考えて判断だってする。

 おっぱいが大きいとか、毎日揉み放題とか、そんな邪な理由で考えるわけにもいかない。


「というか、さっきから聞いてる限りだと、愛実は俺が葵先輩とくっ付くのを嫌がってるようにしか聞こえないんだが?」

「嫌って言うか……急展開過ぎて、頭が追い付いてないの……」

「まあ、そりゃそうだよな。俺だってまだ整理がついてないよ」

「でもね、もしお兄ちゃんが葵先輩と本当に結婚して、私の傍から離れることになったらって想像してみたら、凄く寂しい気持ちになったの。私が入り込む余地なんてどこにもなくて、凄く怖くなった。お兄ちゃんに忘れられるんじゃないかって」


 自身の危惧している気持ちを吐露する愛実。

 その言葉を聞いて、俺はふっと笑みを浮かべて、愛実の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「バーカ」

「ちょ、やめてってば! 髪の毛なくなっちゃう!」

「こんな程度じゃなくならねぇっての」


 俺がわしゃわしゃと目一杯頭を撫でてから、愛実を優しく胸元へと抱き寄せてやる。


「お、お兄ちゃん⁉」

「平気だよ。仮に俺が誰と付き合うことになろうが、愛実のことは絶対に忘れない。だって俺の唯一の兄妹なんだぜ? それぐらい信頼してるっての」

「お兄ちゃん……」

「だから安心してくれ。俺はちゃんと、いつだって愛実の傍にいるからさ」


 俺が今愛実へ思っている気持ちを出来るだけ頑張って伝えると、彼女はすっと力を脱力させて、身を任せてきてくれた。


「お兄ちゃん……」

「うん、ヨシヨシ」


 背中に腕を回してきて甘えてくる愛実。

 こんなか弱い愛実を見たのは久しぶりな気がするけど、兄として頼られるのは悪い気分じゃなかった。


「ごめんな、優柔不断なせいで、愛実に沢山心配かけちまって」

「ううん大丈夫。お兄ちゃんがそう言ってくれるだけで、私も安心できるから」

「なら、もっと安心させてやらないとな」


 そう言って、目一杯の力でムギュっと愛実を抱きしめる。


「うぅぅ……お兄ちゃん苦しい」

「それぐらい、愛実のことを想ってるって事だ」

「お兄ちゃんの愛が重いよ……」

「悪かったなシスコンで」


 俺が力を緩めてあげると、愛実はふぅっと息を大きく吐いた。


「もう……仕方ないお兄ちゃんなんだから! えいっ!」


 そして今度は、愛実が思い切り俺に抱き着いてくる。

 愛実の成長したおっぱいがむにゅりと直撃して、俺はつい顔を緩めてしまう。


「お兄ちゃん……今、『あぁ……おっぱい気持ちぃー』って思ってたでしょ」

「なっ……なぜバレた?」

「はぁ……ほんとお兄ちゃんは相変わらずお兄ちゃんだよね」


 愛実は呆れた様子で肩を竦める。

 しかし、すぐさまクスっと笑みを浮かべると――


「でも、そういう所も含めて、私も大好きだよ!」


 そう言って、再び身体を大胆に密着させるようにして、腕を回してきただけでなく、足まで絡めてきた。

 妹の成長した女の子の部分を感じて、俺は変な声が出そうになってしまう。


「ふふっ……お兄ちゃん」

「ん、どした?」

「私の事、いっぱい愛してね♪」

「あぁ、もちろんさ」

「エッチな目で見てね?」

「それはダメだろ」

「えーいいじゃん。禁断√入っちゃお?」

「入りません」

「ちぇー」


 そんな会話をしていると、どちらからともなく笑いが込み上げてくる。

 何がおかしいのか分からないのに、二人はけらけらと笑い合った。

 これが普通の家庭の兄妹像でないことは分かっている。

 けれど、これが新治家の俺と愛実だけが作り上げてきた関係性なのだ。


「ありがとな、愛実。俺、ちゃんと今の現状に向き合うよ」

「うん、頑張ってお兄ちゃん。私から出来ることは少ないかもだけど、応援してる」


 こうして俺と愛実は、兄弟愛を深めて、より一層強い絆で結ばれた。

 後は俺が状況を整理して、きちんと答えを出すだけ。

 愛実の為にも、しっかりしなければ……!


 俺は、葵先輩からのアプローチに対し、明確な答えを導き出すことを、心に決めるのであった。

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