第32話 羞恥トレーニング

 寺山さんと桂華ちゃんが、人前での視線に慣れるという同じ目標で結託してから数日後。

 俺は再び、二人と一緒に市民プールを訪れていた。

 プールサイドに二人を立たせ、俺は首から笛を下げている。

 桂華ちゃんと寺山さんは、恥ずかしそうに身体をもじもじとさせ、落ち着きがない。


「ほら、二人とも、そんな身体を捩らない! もっと堂々としなきゃダメじゃないか!」

「で、でもお兄さん。これはあんまりです!」


 桂華ちゃんが涙目で訴えてくる。


「甘い、甘いぞ桂華ちゃん。そんなんで恥ずかしがってるようじゃ、人目なんて克服することはおろか、巨乳になったときにもっと内気になるだけだぞ」

「でも……でもっ……!」

「言いたいことは分かる。けど俺だって心を鬼にして我慢してるんだ。二人にはこの試練を乗り越えて欲しいと心の底から願っている」

「お兄さん……分かりました。そこまで言うなら、私、頑張ります!」

「そうだ、その心意気だぞ桂華ちゃん! 頑張って視線に慣れていこう!」

「はい!」


 桂華ちゃんを説得することに成功。

 そして、もう一人の美少女はというと……。


「うぅ……っ、視線が突き刺さってる……」


 寺山さんは、身を捩りながら、頬を真っ赤に染めている。

 腕を前で組みながら左右に動くので、胸元がより強調されてゆらゆらと横揺れしていた。

 無意識に、男子の欲を煽る形になってしまっている。


「て、寺山さん……一旦手を横にビシッと置こうか」

「はっ、はい……」


 寺山さんは前にしていた手を横に置いて硬直する。

 あれ……おかしいな。

 前屈みになっている時より、胸元がより強調されてるぞ?

 これが、巨乳サイズのおっぱいの実力とでもいうのか⁉


「何やっとんじゃアンタは!!!!」


 俺が寺山さんの、胸の可能性について考えている時だった。

 バシンっと、後頭部を鈍器のようなものでぶん殴られた。

 衝撃的な痛みに、俺は咄嗟に後頭部を抑える。


「いってぇ……何すんだよ上白根!」


 振り返ると、そこには、ハリセンを片手に持つ上白根の姿があった。


「それはこっちのセリフよ! なにこれ? どんな罰ゲームよ!」

「何言ってるんだ? これぐらいしなきゃ、周りの視線に慣れないだろ?」

「だからって、スク水はないやろ! スク水は!」


 そう、寺山さんと桂華ちゃんは、学校指定のスクール水着を着用していた。

 公共の市民プールで、学校指定のスクール水着を身につけている女子高生など、絶滅危惧種に等しい。

 となれば、必然的に周りからの視線が集まるわけで……。

 しかも、プールサイドに立たせている、笛を持った男がいれば、その異質感は二倍になる。


「アンタね……変質者で逮捕されたいわけ?」

「嫌に決まってるだろ」

「じゃあ大人しく、二人を開放しなさい!」


 上白根は、二人の間に割って入ると、それぞれの腕を取り、強制的に女子更衣室へと引きずっていく。


「ひ、光莉ちゃん⁉ どうしたの⁉」

「止めてください? 私はまだ、お兄さんとの約束が――」

「いいから二人ともついてきて! あのクズ野郎に刻み込まれた洗脳を解いてあげるから!」


 そう言って、上白根は二人と一緒に女子更衣室へと入って行ってしまった。

 異質な空間が無くなったことで、市民プールは普段の喧騒を取り戻し始める。


「ちぇー。せっかくいい案だと思ったのに」


 俺が残念に思っていると――


「そこの君、ちょっといいかね?」


 振り向けば、シックスパックに腹筋が割れている、水泳帽を被った係のお兄さんに声を掛けられた。


「他のお客さんに迷惑になるような行為は、控えて欲しいんだがね」

「も、申し訳ありませんでした!」


 俺は深々と頭を下げることしか出来なかった。

 その後、理由を説明すると、今回は大目に見てくれて、厳重注意だけで済んだ。


 どうやら、今回は俺がねじを外しすぎたらしい。

 あと一歩間違っていたら、社会的に抹殺されていた。


 危ない、危ない……。

 二人の為とはいえ、盲目になりすぎていた。

 俺はほっと胸を撫で下ろし、次から気を付けようと身を引き締めた。

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