第31話 まさかの出会いと結託

 生徒会の二人を加えて、四人でビーチボールで遊んだりして、プールを普通に楽しんだ。


 いったん休憩を取ることとなり、俺は飲み物を買いに自動販売機へ。

 俺はスポーツドリンクを購入して、プールサイドに戻っていく。


「あれ、誰も戻って来てないや」


 どうやら、女性陣も飲み物を買いに行ったらしい。

 プールサイドに桂華ちゃん達の姿は見当たらなかった。


 丁度、建物の日陰になっているスペースが空いていたので、俺はそこへ腰掛けた。

 ペットボトルのキャップを開け、俺はスポーツドリンクをごくごくと飲んでいく。

 水の中とは言え、水分が随分蒸発していたみたいだ。

 身体の中が潤っていくのを身に染みて感じる。

 

「ふぅ……」


 飲み口から口を離して、一つ息を吐く。

 身体に染み渡っていく感覚を実感しながら、プールサイドを見渡した。

 まだまだ夏真っ盛りというように、多くのお客さんで賑わっている。


「ん……?」


 すると、プールの端、人気のあまりないスペースに見覚えのあるシルエットを見つけた。


「あれはもしかして……寺山さん?」



 白い水着に身を包んだ、高身長の育ちの良い女の子。

 遠目から見ても見間違うことのない、正真正銘寺山さんだ。

 寺山さんは、身体をモジモジとさせて、辺りを気にしている。

 そして、自身の身体を隠すようにして縮こまっていた。

 どうやら、周りの視線が気になっているっぽい。


 俺は立ち上がり、日に当たって熱されたアスファルトの上を裸足で歩いて、寺山さんの元へと向かって行く。


「寺山さん!」

「きゃっ⁉」


 俺が後ろから声を掛けると、寺山さんは可愛らしい悲鳴を上げる。

 こちらをバっと振り返ると、驚いたように目を見開いた。


「に、新治君⁉ どうしてここにいるの⁉」


 寺山さんは、声を掛けてきたのが俺だと分かり、あからさまに動揺している様子。


「こんなところで奇遇だね。俺はちょっと訳あって、妹の友達と遊びに来てるんだけど、寺山さんは?」


 俺は出来るだけ下心のないように心がけてここにいる訳を端的に話した。

 辺りを見渡す限り、寺山さんは誰かと一緒に来ているという様子でもない。

 それに、この前俺の部屋で身につけていた、純白の水着を身につけている。

 プールに遊びに行くというのに、コンテスト用の水着を着てくるということはないだろう。

 そこから導き出される答えは一つだけ。


「もしかして、水着姿を人前で見せられるように特訓しに来たの?」


 俺が尋ねると、寺山さんはコクリと頷いた。


「そのぉ……光莉ちゃんに言われて。市民プールなら、人目に慣れるのにはもってこいだって」


 恐らく、プールで一般大衆からの視線に慣れることで、ミスコンでも堂々としたパフォーマンスを見せることが出来るという、上白根の算段なのだろう。


「なるほどな、上白根なら言いそうだな」


 それで、寺山さんは上白根に発破をかけられて、市民プールにその水着姿でやってきたということみたいだ。

 確かに、ここなら海より変な男に声を掛けられる可能性も低いだろうし、トレーニングするには絶好の場所だろう。


「てか、その提案した当の本人は?」

「光莉ちゃんは、今日部活があるみたいで」

「……薄情な奴だな」


 寺山さんに提案しておいて、一人野放しとかどういう神経してるんだアイツは?


「光莉ちゃんを責めないであげて! 結局本番は、一人でやらなきゃいけないわけだし、光莉ちゃんに付き添ってもらうわけにもいかないから……」


 なんという健気な心意気。

 寺山さんのミスコンへの想いがここまで人一倍強いとは、俺も感動を覚えてしまう。

 協力してもらっている以上、他の人の期待に応えたい。

 そんな熱意さえ感じさせられる。


「でも、現実は上手く行かなかったと」

「うん……だってこの審査用の純白水着、身体のラインがいつも以上に出てて、すごく恥ずかしいんだもん」

「そりゃまあ、審査用の水着だからね」


 可愛く見せる水着と違い、身体のラインをより強調するために出来ているのだから、仕方ないだろう。


「それで、寺山さんはどうするつもりなの?」

「どうするって、何が?」

「その水着のままもう少し人前での視線に慣れたいなら、俺も協力するけどって話」

「でも、今日は新治君、他の人と遊びに来てるんでしょ? そっちはいいの?」

「事情を説明すれば許してくれるとは思う。あっ、ほらあそこ、戻ってきた」


 すると、女子更衣室の方から、ペットボトルのドリンクを手に持った三人がプールサイドへと戻ってくる。

 俺の存在にいち早く気付いたのは桂華ちゃん。

 眩しい笑みを浮かべながら、テトテトとこちらへ歩いてくる。

 そして、俺が寺山さんと一緒にいることを見た途端、明るかった表情を一瞬で引っ込んだ。


「お兄さん……何やってるんですか?」

「何って、丁度クラスメイトの寺山さんがいたから、話してたところ」


 俺がそう言うと、寺山さんが桂華ちゃんの方へ一歩前に出て、身を屈めた。


「こんにちは、新治君のクラスメイトの寺山和泉てらやまいずみです」

「初めまして、お兄さんの妹の親友、台村桂華だいむらけいかです」


 桂華ちゃんはぼそッとした口調で挨拶を交わす。

 にしても、桂華ちゃんの身長に合わせて屈んだろうけど、そのポージングがグラビアアイドルのそれにしか見えない。

 正面から見たら、さぞ絶景なんだろうなぁー。

 そんな妄想をしていると、寺山さんが桂華ちゃんに事情を説明し始める。


「実は今、新治君にミスコンに向けて特訓を手伝ってもらってるところなの」

「はい、お兄さんから話は聞いてます」


 桂華ちゃんの口調は、どこかむすっとしている。

 理解はしているが、納得はしていないといったという感じだ。


「それで、寺山先輩はどうして市民プールなんかにいるんですか?」

「実は――」


「あら新治君、そこにいる美人はどなたかしら?」

「新治……あんたね……懲りることなくナンパとか、本当に最低ね」


 と、寺山さんが桂華ちゃんに説明しようとしたところで、後から歩いてきた霧ケ丘会長と森野がそれぞれ声を上げる。


「待て待て待て。森野は見たことあるだろ! ほら、バレー部の寺山さんだよ」

「へっ? あっ、知ってる! バレー部で凄く背が高くて有名な」

「あははは……私ってそんな認識なんだね」


 森野の指摘に、寺山さんは苦笑してしまう。

 

 おいやめろ森野!

 寺山さんはこう見えて結構繊細な女の子なんだぞ!

 高身長だって、俺は好きだけど、意外とコンプレックスに思ってたりするんだぞ!


「それで、どうして新治なんかと話してたわけ?」

「その……実はだな」


 俺はそこで、寺山さんがミスコンに出場すること。

 周りからの視線が気になって猫背になってしまうこと。

 それを克服して、堂々としたパフォーマンスをしたいことを説明した。

 

 俺の話を聞いて、真っ先に反応したのは、去年の優勝者である霧ケ丘会長だった。


「なるほどね。つまりは人前で堂々と立ち振る舞いたい。そう言う認識で合っているかしら?」

「はい。会長は、昨年のミスコン優勝者ですもんね」

「えぇ、でも残念ながら、私は元々人前に立つことが好きなの。緊張するタイプではなかったから、アドバイスを求められてもなかなか難しいのよね」


 確かに、壇上でスピーチをしている姿は、人目を惹き付ける何かを持っているように見える。

 会長がはきはきとした口調で、全校生徒に向けて演説している姿が容易に想像つく。

 こういう会長みたいにあカリスマタイプは、人前で緊張とか、無縁の存在なんだろうな。


「し、仕方ないわね……」


 すると、咳払いをしながら躍り出たのは森野だった。

 森野は一歩前に出ると、腰に手を当てて寺山さんと向き合った。


「いい? まずは男は全員ゴミムシだと思うの。話す価値もないクズ野郎だと思って見下せばいいのよ。寺山さんはそもそも身長が高いんだから、相手を見下ろすのは得意でしょ?」

「えぇ……⁉ そ、そんなことして大丈夫? 嫌われたりしない?」

「平気よ。ゴミクズの男子達には、ご褒美にしかならないわ」


 いや、待て待て森野。

 確かに一部の人たちにとってはご褒美かもしれないけど、普通に話しかけただけで蔑まれるのは普通にショックだからな⁉


 しまったな……相談する人選を間違えてしまっただろうか?

 俺が頭を抱えていると、隣にいた桂華ちゃんが、寺山さんの元へと近づいていく。


「あのっ……! 私も寺山先輩の特訓に協力させてください! 実は私も、あまり人の視線が得意じゃなくて……良かったら一緒に克服できたらいいなぁーなんて思ってるんですけど、ダメですか?」

「台村さん……」

「私のことは桂華でいいですよ」

「なら桂華さん。ありがとう。本当にいいの?」

「はい! 私で良ければ、一緒に頑張りましょ!」

「桂華さん……えぇ! 一緒に克服しましょ!」


 意気投合して、熱い握手を交わす寺山さんと桂華ちゃん。


「お兄さん!」

「新治君」


 そして、二人は俺の方を見つめながら、にこりと微笑みを浮かべてくる。


「これからご教授の程、よろしくお願いします!」

「特訓、これからもよろしくね!」


 二人がほぼ同時に頭を下げながらお願いしてくる。


「お、おう……任せろ!」


 俺はそう返事を返すものの、具体的に何をすればいいのか、全く分かってないんだけどね!

 それよりも、桂華ちゃんが寺山さんと意気投合するとは思ってもいなかった。

 案外この二人、引っ込み思案という性格が似ているのかもしれないな。

 ということで、寺山さんの特訓に、桂華ちゃんが加わることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る