第30話 軽い冗談

 俺と桂華ちゃんは、市民プールの中で、手を取り合っていた。

 と言っても、俺が後ろに人がいないか確認しつつ後ろ歩きをして、桂華ちゃんは俺の手につかまりながら、バタ足の練習をしている。


「ふはぁっ……!」


 桂華ちゃんが顔を上げて身体を起き上がらせたところで、俺は足を止めてその場に立ち止まる。


「どうですか? 大分泳げるようになってきましたか?」

「うん、バタ足は随分と上達したと思うよ」

「本当ですか⁉ それならよかったです!」


 嬉しそうな表情を浮かべる桂華ちゃん。


「それにしても、まさか桂華ちゃんが泳げないとは思っても見なかったなぁ」


 確かに、妹と仲良くしているものの、桂華ちゃんと一緒にプールで遊んできたというのは聞いた覚えがない気がした。


「しょうがないじゃないですか。苦手なものは苦手なんですから」


 そう言って、ツーンと唇を尖らせる桂華ちゃん。

 そんな拗ねた仕草も見慣れてきたからか、可愛らしいと思えてきている俺がいた。


「まあ、誰しも苦手分野ってあるよね。俺も球技全般はまるでだめだし」

「えっ、そうなんですか? お兄さんはてっきり、運動も適度にこなせるものだと思ってました」

「中学の頃はテニス部だったから、テニスは人並みには出来るけど、他のスポーツはまるっきりダメだよ。特にサッカー何て、つま先でしあボール蹴れないし」


 他にも、インサイドキックとか、アウトサイドキック?みたいな種類があるらしいけど、それにはどういう蹴りかたが正しいのかもわからない。


「それじゃあ今度、一緒にバッティングセンターに行って勝負しません? 私、お父さんの影響で野球だけは得意なんです!」

「おっ、いいぞ。何球バットに当てられるか勝負だな」

「ハンデとして、私は80キロの球速ですけど、お兄さんは130キロでお願いします」

「俺も素人なのにそのハンデは流石に厳しすぎない⁉」

「おっぱいばっかり見てるお兄さんには、それぐらいのハンデが必要だと思うんです」

「ご、ごめんなさい……」


 大きいおっぱいを見つけてしまうと、目が行ってしまうのは事実なので、何も反論が出来なかった。

 今さっきだって、桂華ちゃんのバタ足の練習に付き合っていたにもかかわらず、プルプルと揺れるおっぱいに目が行ってしまい、桂華ちゃんの手を離してしまったのだから。


「もう……本当にお兄さんはおっぱい星人なんですから」

「かたじけない」


 俺がヘコヘコと後ろ手で頭を掻きながら平謝りすると、桂華ちゃんは呆れた様子でふぅっとため息を吐いた。


「お兄さん、私のおっぱい、おっきくするの手伝ってくれるんですよね?」

「もちろん、出来る限りのことはしてあげるつもりだよ」


 というか、一つだけ、俺はずっと疑問に思っていることがあるのだ。


「桂華ちゃんはさ、どうしてそんなにおっぱいをおっきくしたいの? 桂華ちゃんは今のままでも十分可愛いし、異性にモテると思うんだけど……?」

「お兄さん、それ本気で言ってます?」


 俺が尋ねると、桂華ちゃんがジト目を向けてくる。

 えっ……もしかして分かってないのって俺だけなの⁉


「まあいいです。いずれ分かる時が来ると思いますから」


 桂華ちゃんは、落胆した様子で息を漏らした。


「あら? 新治君じゃない」


 とそこで、見知った透き通った声が聞こえてくる。

 振り返れば、そこには太陽の光を吸収したような神々しい光が輝いており、お客さんの視線は、そちらへ釘付けになっていた。


 白いまっさらなビキニに身を包んでいるのは、可愛美わが校生徒会長、霧ケ丘みどり先輩だった。


「げっ、なんでアンタガここにいるのよ……」


 その隣には、ブルーの水玉模様の水着を身につけた、森野李亜おりのりあの姿もあった。

 こちらは、むちっとしたそのたわわな胸元を存分に見せつけるように前屈みになっている。

 サービス精神旺盛で何よりだ。


「お兄さん、この方々はもしかして……」

「あぁ、霧ケ丘会長と役員の森野。俺の生徒会仲間だ」


 俺が桂華ちゃんに二人を紹介すると、桂華ちゃんは慌ててプールから出て、会長たちの元へと向かって行く。


「は、初めまして! 私、新治桂華って言います! お兄さんには、小さい頃からお世話になっていまして……」

「ちょ、桂華ちゃん⁉」


 今、新治って名乗らなかった!?


「あら、可愛い妹さんね。確か妹sんの名前は愛実さんではなかったかしら?」


 そうです!

 俺の妹は愛実であってます会長!

 その子は妹の友達で、苗字は台村です!


「新治……アンタ、後輩を妹扱いしてるとか、どうしたらそうなるわけ?」

「誤解だ森野! 今のは桂華ちゃんの軽いジョークみたいなもので!」


 軽蔑した目を向けてくる森野に弁明していると、俺と森野の間に、桂華ちゃんが割って入った。


「森の先輩。私は普段から、新治先輩のことをお兄さんと呼ばせていただいております。ですので、私は主和ったわけです。もう妹と言ってもいいのではないかと」

「……えっと、桂華さんでしたっけ? あなた、本当に正気なの? 新治に弱みとか握られてない?」

「んなわめあるか!」


 桂華ちゃんの軽い冗談は、森野に通じることはなく、誤解を解くのに相当な時間がかかった。

 ってか、森野の俺に対する信頼、マジでゼロだな⁉

 森野を説得している間、胸元へ視線が行かぬよう気を付けていたものの、桂華ちゃんは冷めた視線送ってくるし、マジで何なんだこの状況。

 俺、桂華ちゃんと二人でデートに来たはずなのに、なんでこんな気疲れしてるんだろうというぐらい、へとへとに体力を使い果たしてしまうのであった。

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