第20話 バストアップトレーニング レッスン1回目

「ではさっそく、ここで始めましょう」

「えっ、今から⁉」


 桂華ちゃんの爆弾発言に、俺は目が点になってしまう。


「はい! 即断即決です!」

「いやでも……流石にここはまずいんじゃ……」


 いくら空き教室とはいえ、いつ気づかれて扉の窓から覗かれてもおかしくない。

 万が一バレた場合、俺がリアルに社会的に終わる気がするのだ。


「安心してください」


 そう言って、トコトコと扉の方へと歩いて行くと、桂華ちゃんはガチャリと内鍵を閉めてしまう。


「ちゃんと密室にしましたので」

「窓から覗かれるかもしれないよ?」

「なら、廊下側の壁でやりましょう。窓側から覗かれることはありませんから」


 本当に大丈夫なんだろうか。

 ただ、バストアップトレーニングに付き合うと言ってしまった以上、断るわけにはいかない。


「まあ、桂華ちゃんがそう言うなら」


 俺は椅子から立ち上がり、廊下側の壁際へと寄って行き、桂華ちゃんと向かい合う。


「えぇっと……どうしようか?」

「そ、そうですね……とりあえず、教科書通りにやってみます?」

「そ、そうだな。見せてもらってもいい?」


 桂華ちゃんは手に持っていた例のブツを手渡してきてくれる。

 詳しいトレーニング方法についてはあまり知らないので、ひとまずどんなバストアップ方法があるのか確認することにした。


 そのページを開くと、相変わらず『彼氏と一緒に楽しくバストアップ! ~おまけに、愛の絆もステップアップ!?~』と、いかにも胡散臭いタイトルがデカデカと載っている。

 説明書きを見るに、この教科書の順番通りにトレーニングを進めて行けば、バストアップ効果があるとのこと。


 問題は、そのトレーニング内容なのだが……。

 俺は意を決して、おずおずと内容を見て見ることにした。


 1.始めに、彼女は自身で胸を触ります。彼氏は彼女の胸元へ語り掛けるように、『おっぱい可愛いよ。○○ちゃん大好きだよ』などと、素直な気持ちを囁いてあげてください。これにより、新陳代謝がよくなり、バストアップの下準備と愛が深まります。


「お、おう……」


 一応それらしいことは書いてあるが、これをやる意味が分からない。

 なに胸元に向かって語り掛けるって。

 どこかの宗教ですか?


 一発目から怪しいものの、俺は顔を引きつらせつつ、続きを読んでいく。


 2.次に、彼氏は彼女の後ろに周り、肩甲骨から脇にかけての皮膚を胸元に持っていくようにマッサージします。それを十回ほど繰り返したら、今度はお腹周りの脂肪を胸の方へと押し上げます。


「……」


 チラリと隣を見やれば、桂華ちゃんが頬を紅潮させて、マジマジとトレーニング内容を見つめていた。


「その3。彼氏は、胸元周りをほぐすようにして揉みほぐします。ここで注意することは、胸を直接揉んではいけないということ。くずぐっくてじれったいと思わせることで、さらに彼女の欲望を駆り立て血行を良くします」

「す、すごいこと書いてありますけど、これ本当にバストアップに効果あるのでしょうか?」

「いや、俺に聞かれても……」

「で、ですよね……」


 気まずい雰囲気になりつつも、さらに続きを読み上げていく。


「体が火照ってきて準備が出来たら、彼女は上目遣いで彼氏に一言『わ、私、もう無理……おっぱい、いっぱい揉んで?♡』。こうして理性を失った彼氏は彼女の胸を鷲掴みにして、それからは揉みしだいたり、こねくり回したり、弾いた吸った舐めた噛んだり、何でもヤっちゃってください……って、出来るか!!!!!!」


 本の内容を見て、俺は思わず勢いのままに本を投げ捨ててしまった。


「桂華ちゃん。この本は信用しちゃならない。というか、俺には無理だ」


 俺が必死に桂華ちゃんを説得しに入ると、彼女は恥ずかしそうに俯きつつ、少し悲しい表情を浮かべていた。


「で、でも……私はおっぱいをおっきくしたいですし……お兄さんにも迷惑をかけたくありません」

「だ、大丈夫だって、桂華ちゃんは今のままでも十分可愛いし、魅力的な女の子だよ?」

「でも、お兄さんは手に収まり切らないくらいおっきくてフワフワおっぱい女子が好きなんですよね?」

「いやっ……俺はそうだけど……」


 俺以外だったら、ちっぱいでも他の所で賄えば、十分に魅力的な女の子になれるよ!


「なら、私、頑張ります! お兄さんのために理想のバストを手に入れて見せますから!」

「ちょ、桂華ちゃん⁉ どうしてそんなに躍起になってるの⁉」


 桂華ちゃんは暴走したように握りこぶしを掴み、やる気満々といったような姿勢を見せている。

 確かに、女の子の胸元を合法的に触れるのは、棚から牡丹餅だけど……そこまで桂華ちゃんが身体を張る必要性が分からない。


「と、とりあえず、ステップ1だけでもいいので実践してみませんか? 本当にこのトレーニングが効果あるかも確かめたいですし」

「ま、まあ……ステップ1ぐらいならいいけど……」


 桂華ちゃんの言うことにも一理ある。

 とにかく、この胡散臭いバストアップトレーニングは、どれほどの効果があるものなのか?

 それは、俺としても気になるところ。

 本当に効果があれば、桂華ちゃんに彼氏が出来た暁には、子のバストアップトレーニングをしてもらえば、巨乳になれる道筋が見えてくる可能性だってある。


「わ、わかった。桂華ちゃんがそこまで言うなら、ステップ1だけでもやってみることにしよう」

「は、はい……よろしくお願いします」


 投げ捨てた雑誌を再び拾い上げ、俺はステップ1のやり方をもう一度黙読する。


 ステップ1。彼女の胸元へ語り掛けるように、『おっぱい可愛いよ。○○ちゃん大好きだよ』と気持ちを囁いてあげてください。これにより、新陳代謝がよくなり、バストアップの下準備と愛が深まります。


 愛が深まるかどうかはさておき、ひとまず桂華ちゃんの胸元に向かって俺が褒めちぎればいいんだな。


「とりあえず桂華ちゃん。壁に寄り掛かってくれるかな?」

「はい……こうでいいですか?」


 言われた通り、桂華ちゃんは背中を壁に寄り掛からせてくれた。

 俺は、桂華ちゃんの正面へと周り、向き合う形になる。

 目の前には、頬を染める桂華ちゃんと、セーター越しに広がる平原が広がっていた。


「よしっ……そ、それじゃあ、む、胸触ってみてくれる?」

「は、はい……」


 お互い緊張した面持ちで息を呑み、桂華ちゃんは自身の胸を手で掴んだ。

 セーター越しに露わになる、可愛らしい胸の全体像。

 それだけでも背徳感が半端ない。

 俺は頭のねじを外して、そのまま立膝にしゃがみ込むと、桂華ちゃんの胸とご対面。

 そして、少し前屈みになって、桂華ちゃんの胸元へ視線を向けながら、優しく語り掛けた。


「け、桂華ちゃんのおっぱいは可愛らしいね。最高だよ!」

「んっ……」

「ほら、もっと胸を強調して見せて欲しいな? うん、そうそう。いい感じ、凄く素敵で、きれいな形のおっぱいだよー!」

「んっ!」


 何だこの羞恥プレイは!?

 恥ずかしすぎて、顔から火が吹き出しそうなんですけど⁉

 しかし、男として、途中で止めるわけにはいかない。

 俺は煩悩を捨て去り、仏の境地で言葉の羅列を唱えていく。


「桂華ちゃんのおっぱい、柔らかそうでいいなぁー。触ってみたいなぁー。きっとぷるぷるで柔らかいんだろうなぁー」

「はうっ……」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして身悶える桂華ちゃん。

 桂華ちゃんが自身で胸を揉む姿を視姦しながら、その胸を褒め称えるという、傍から見れば完全に変態の構図だ。

 誰かに見られた暁には、即警察直行案件である。


「桂華ちゃんのお胸は素敵だよー。可愛いよー。もっと成長できるよー」

「んんっ……はぁっ……♡」


 桂華ちゃんは、可愛らしい嬌声な声を上げて身悶える。

 そしてついには、これ以上耐えきれないといったように、頬を真っ赤に染め、手で胸元を隠してしまった。


「ど、どうしたの桂華ちゃん。それじゃあ可愛いお胸が見えないじゃないか」

「せ、せ、せ、先輩! もう結構ですから! 効果は十分にわかりましたから!」

「えっ……そ、そう? で、でももう少し血行を良くしておいた方が……」

「もう心臓バクバク言ってますし、ドクドク血が流れるように湧きあがってるの感じてますので大丈夫です!」


 瞳を潤わせて、これ以上はダメだと視線で訴えかけてくる桂華ちゃん。


「そう? なら、ここでストップしておくけど……」


 胸を褒めちぎるという何とも言えぬ斬新なトレーニングは、一定の効果があったらしい。

 正直言って、俺も何か変な悟りを開きかけていた。

 俺は視線を雑誌の方へと戻して、次の内容を確認する。


 2.次に、彼氏は彼女の後ろに周り、肩甲骨から脇にかけての皮膚を胸元に持っていくようにマッサージします。それを十回ほど繰り返したら、今度はお腹周りの脂肪を胸の方へと押し上げます。


「えっと……続き、する?」

「へっ!?」


 いかにも驚いた様子でピクっと身体を震わせる桂華ちゃん。

 その目には、明らかに恐怖の色が混じっている。


「いやっ、無理してやらなくても平気だよ!」


 俺は慌てて取り繕うように手を振る。

 決して、邪な気持ちで言っているわけではないと弁明するように。


「え、えぇっと……この先はまた別の機会にしましょう……」


 俯きがちに、ぼそっと呟く桂華ちゃん。

 耳を真っ赤に染めて、これ以上は無理だと示していた。


「お、おう。わかった」


 何とも言えぬ、甘酸っぱい雰囲気が、教室の中に流れていた。


「せ、先輩……」


 すると、桂華ちゃんが上目遣いで恥ずかしそうに見つめてくる。


「こ、今度は、次のステップまで一緒に進みましょうね……」

「う、うん……分かった」


 なんだろう。

 このドキドキとした胸の高鳴りは……。

 

 やってしまったという背徳感と、謎の優越感とが入り混じり、俺の方まで身体が火照って熱を帯びてきている気がする。

 

 こうして、俺と桂華ちゃんの初めてのバストアップトレーニングは、少し変な空気感を漂わせながら、幕を閉じた。

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