第19話 手作りとトレーニングのお願い

 桂華ちゃんに先導されて向かったのは、誰も使用していない空き教室。

 室内へ足を踏み入れると、少し埃っぽい感じがした。

 辺りには使用されていない机が積み上げられており、紐でがっちりと固定されている。

 教室の中央には何故か、机と椅子が二つずつ向かい合わせで並べられており、そpこだけ二人っきりで話し込めるスペースになっていた。


「ささっ、お兄さん。座ってください」

「おう……」


 桂華ちゃんに促されて俺が腰掛けると、向かい側の席に桂華ちゃんが座り込み、机の横に置いたカバンを、何やらガサゴソと漁りだす。

 しばし待っていると、桂華ちゃんがランチパックに包まれたものを、こちらへ差し出してきた。


「どうぞ!」

「えっ……これってもしかして……」

「はい! お兄さんのために、お弁当作ってきました!」

「桂華ちゃんがお弁当!? 俺に!?」


 桂華ちゃんの手作り弁当を目の前にして、俺は驚きを隠せず、ついつい自分を指差してしまう。


「迷惑……でしたか?」

「いやいやいや、迷惑だなんてとんでもない。すごい嬉しいよ! ありがとう」

「ならよかったです」


 ほっと胸を撫で下ろす桂華ちゃん。

 まさか、女の子から手作り弁当を作ってもらえる日が来るなんて思っていかなったので、感動である。


 今日の放課後、雷でも落ちるんじゃないだろうか?


「どうぞ、食べてください」

「じゃあ早速だけど……」


 俺は可愛らしく結ばれた結び目をほどいてお弁当を取り出すと、オレンジ色の二層のお弁当箱が姿を現す。

 お弁当箱の紐を取り外して、蓋に手を掛ける。

 俺は恐る恐る、お弁当を開封した。


 刹那、神々しい光と共に、お弁当の中身が露わになる。

 お弁当には、焼き鮭、卵焼き、ブロッコリーにプチトマトと、彩り豊かなラインナップのおかずが詰め込まれていて、白米は神々しく艶を帯びていた。

 見ているだけでもよだれが垂れてきてしまいそうなほど美味しそうなお弁当を目の当たりにして、俺は思わずスマホを取り出して写真を撮ってしまう。


「お兄さん、そんな私のお弁当ごときで写真なんて……」

「いや、そんなことはない! こんな手作りお弁当を頭の中だけで記憶しておくなんて無理だ! これは写真に記録しておくべき傑作なんだよ!」


 俺が熱弁をふるうと、桂華ちゃんも気圧された様子で納得してくれた。


「早速だけど、食べてみてもいい?」

「はい、どうぞ」

「いただきます」


 俺は手を合わせて、お箸を手に持ち、桂華ちゃんの手作りお弁当に手を付けていく。

 まずは、お弁当のおかずの定番ともいえる卵焼きを口へと運んだ。

 咀嚼した途端、口の中にほんのり香る塩気と甘い風味。

 そして何より、お弁当を作ってから時間が経っているので冷え切っているにも関わらず、ほのかに感じる手作り感の温かみ。

 人はこれを、真心と呼ぶのだという。


 初めて体感した真心と、桂華ちゃんの優しさ溢れる味わいに、俺は自然と目から水が流れ出てきてしまう。


「どうしました先輩⁉ もしかして、お口に会いませんでしたか?」


 心配した様子で尋ねてくる桂華ちゃんに対して、俺はふるふると首を横に振る。


「違う……そうじゃなくて、感動のあまりつい涙がこぼれてきちゃって」


 俺は咄嗟に目元の涙を拭きとってから、満面の笑みを浮かべて桂華ちゃんに言い放つ。


「本当に美味しいよ。今まで人生の中で食べてきたお弁当の中で一番おいしいよ」

「お気に召していただけたようで良かったです。作った甲斐がありました」


 そう言って、ほっと胸を撫で下ろすのと共に、嬉しい表情を浮かべる桂華ちゃん。

 俺はこの感動を余すことなく味わうために、桂華ちゃんのお弁当を噛み締めながら味わっていく。


 気づけば、あっという間に桂華ちゃんの弁当を食べ終えてしまった。


「ご馳走様でした」

「お粗末様です」


 お腹は腹六分目といったところだが、それとは違う幸福感に俺は満たされていた。


「それにしても、桂華ちゃんって料理上手なんだね。普段から作ってたりするの?」

「はい! 母が仕事で遅いときは、私が夕食を作るので、日ごろから料理はやってます」

「そうなんだ。桂華ちゃんはすごいなぁー。俺なんて、全部母ちゃんに任せっきりだからなぁー」


 家に帰れば、食卓には既に飯が並んでいる。

 俺は改めて、家庭的に恵まれているのだなと実感した。

 得意な料理と聞かれたら、真っ先に出てくるのが、インスタントラーメンしかないからなぁ……。

 ちなみに、愛実に同じ質問をしても同様の答えが返ってくるに違いない。

 アイツの女子力はゼロだからな。


「でも、急にどうして俺なんかにお弁当を作ってきてくれたの?」

「それはその……これからいろいろとお世話になると思うので、その前払いも兼ねてたりはします」

「な、なるほど……ちなみにそれって、アレのことだよね」

「はい……」


 恥じらいながら頷く桂華ちゃん。


 あはははは……どうしよう。


 確かに、バストアップに付き合うとは言ったけど、まだ桂華ちゃんの胸を揉むとは約束してないんだよなぁ。

 でも、こんな手作り弁当まで作って貰っちゃったら、断るに断れん!

 クソッ……まんまと桂華ちゃんの策略に嵌ってしまったというわけか!

 俺の弱い意志よ!


「安心してください。先輩に迷惑をかけるようなことはしないので!」


 頭を抱えて身悶えていると、桂華ちゃんが俺に向かって声を掛けてくる。

 腰に手を当てる桂華ちゃんの表情は、どこか自身に満ち溢れていた。


「どういうこと?」

「実は、手数を掛けずに出来るバストアップ方法を見つけたんです」

「えっ、そうなの⁉」

「はい! 実は……これに載っていたんです」


 再び桂華ちゃんがバッグの中から取り出したのは、とある女性向けの雑誌だった。

 その特集付録的な察しに書かれていたのは『一緒に楽しくバストアップ! ~おまけに、愛の絆もステップアップ!?~』という、いかにも胡散臭い特集記事のタイトル。

 表紙には、『これをマスターすれば、あなたもきっと、男のハートを鷲掴み! 魅力あふれる女のカラダを手に入れることが出来ること間違いなし!』と書かれていた。


 いかにも怪しい売り文句だが、桂華ちゃんは自信満々に豪語する。


「これで私も、バストアップ間違いなしです。ただ、一人で出来ないようなトレーニングもあるので、先輩に手伝って欲しいなと思いまして。もちろん、直接胸を揉むとか、そういう類のものはないので安心してください」


 まあ、本当にバストアップ出来るのか根拠はないけど、手作りお弁当まで振舞ってもらったうえで、断るわけにはいかなかった。


「分かったよ。そう言うことなら、出来る限りのことは手伝ってあげるよ」

「本当ですか⁉ ありがとうございます!」


 桂華ちゃんは本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら、感謝の言葉を述べてくる。

 頼りにされるのはありがたいことなんだけど、どうして桂華ちゃんはそこまでして巨乳になりたいんだろうか?


 やっぱり、女心というのは繊細なものである。

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