第17話 会長のお願い

 翌日、放課後の生徒会室にて、俺はいつものように、事務作業を進めていた。

 しかし、先ほどから、霧が丘会長がゴホンゴホンと何度も無駄に咳ばらいをしていて、ちらちらとこちらを見つめてくる。

 流石に鬱陶しくなってきたので、しびれを切らして俺が会長へ視線を向けた。


「どうしましたか、会長?」

「い、いや……別に何でもないわ」


 霧ケ丘会長は、ぷいっと誤魔化すように、視線を机の書類へと戻してしまう。

 あ、怪しい……。 

 俺は訝しみつつも、作業を優先するため、視線を書類へと戻す。


 しばらく作業を続けていると、再び会長がコホンと咳払いをしたかと思うと、「新治君」と、おもむろに声を掛けてきた。


「はい、なんでしょうか会長」

「その……例のことなのだけれど」

「例の事?」


 何のことか分からず首を捻ると、会長はおどおどした様子で、チラチラこちらを窺うように何度も視線を向けてくる。


「こ、これはね……。かっ……風の噂で聞いてきたのだけれど……胸を……そのぉ……もっ……揉んで大きくしたって……」

「あぁ……」


 やっぱ、会長にも噂が行き届いていたか……。


 元凶は妹だろう。

 てか、会長にまで伝わってるとか、妹からの発信情報、広まる速度早くない?

 俺以外の生徒全員が入っているグループラインでも存在しているんじゃないかと疑うレベル。


 まあ、それに関しては、俺も真実は闇の中なので、お茶を濁すことしか出来ない。

 会長に弁論しようとした途端――


 生徒会室の扉が勢いよく開かれた。


 ビクっと驚いてドアの方を振り向くと、ぜぇ……ぜぇ……っと息を荒げた森野がドアの前に立っていた。

 何故か眉間にしわを寄せ、厳しい目を俺に向けてきている。


「新治うぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 ごごごごごぉーっと後ろに炎が燃え上がっているかのように、森野は憤慨した様子でドスドスという足音を立てながらこちらへ近寄ってくる。


「あんたねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「な、なに……?」

「何じゃないわよ!! あんた、妹のおっぱい揉んでたって本当なの⁉」

「はぁ⁉ なっ、なワケねぇだろ!!」

「じゃあどうして、そんなでたらめな噂が出回ってんのよ⁉」

「そりゃその……俺の日ごろの行いが悪かったと言いますか……」


 まあ、普段から『巨乳おっぱい揉みてぇー』って言ってる奴が、妹のおっぱいに手を出したとしても、だれも疑うことないだろうからな。


 森野は腰に手を当てながら、呆れた様子でため息を吐く。


「まったくあんたね。私の胸あんなに揉みしだいておきながら、それに飽き足らず、妹のおっぱいまで触ってるとか、人間として終わってるわよ」

「待て待て待て、そもそも、俺が妹のおっぱいを揉んだって言う証拠はどこにあるんdな?」


 ソースを教えてくれ、ソースを!


「落ち着きなさい二人とも」


 そんなカオスな状況に、鋭い声を上げて、割って入ってくる霧ケ丘会長。

 会長は艶のある黒い髪を揺らして椅子から立ち上がると、俺達を鋭い眼差しで見つめながら、こちらへと近づいてくる。


「森野さんの愚痴は置いておくとして、新治君が女の子の胸を揉むと大きくなるというのは事実よ」


 ……はい?

 今、なんて?


「会長!? 私の扱い酷くないですか⁉」

「仕方ないでしょ。あなたが新治君に触られているのは不意の事故、いわゆる不可抗力であって、新治君が望んで森野さんの胸を揉んでいるわけではないもの。くっ……なんて羨ましい……」


 最後に、余計な一言が聞こえたような気がしたけど、聞こえなかったことにしておこう。

 会長は一つ咳ばらいをして、あらためて俺に向き直る。


「それで新治君。一応例の件を確認しておきたいのだけれど、愛実さんのおっぱいを揉んでおっきくしたというのは、本当に事実なのかしら?」

「なっ……じっ……事実なわけないじゃないですか! どうして俺が妹の胸なんて揉む必要があるんですか⁉」


 まあ、本当の所は、寝ている時に発動してるっぽいんで、分からないけど、ここは真実ではないを貫き通させてもらう。


「普段から疑問に思っていたのよ。新治君は妹さんとやけに距離感が近いでしょ。家での行動は私たちの知れる範囲ではないし、そういう行為が行われている可能性もゼロとは言えないのよ」

「じっ、事実無根です! 確かに、俺が物心ついた頃から愛実と一緒にいますけど、そのような事実は一切ありません!」


 俺が言いきると


「……嘘ね」


 と、森野がきっぱりと言い切った。


「いやっ、なんでおもりのが言い切るんだよ⁉」


 何も知らないくせに!


「新治君知ってた? あなた、嘘を吐く時、目線が上を向いているのよ」

「えっ……し、知らなかった……」


 会長から明かされる。俺に関しての新事実。

 これから、目線には気を付けよう……。

 って、そうじゃなくて!

 

 愛実に関しては本当に揉んではいない!(多分!)

 スキンシップは受けたけど、揉んではいない!(きっと)

 会長は、さらに質問攻めしてくる。


「なら、どうして愛実さん本人の口からその言葉が出てくるのかしら?」 

「妹が流したデマですよ。確かに、妹にバストアップを手伝ってほしいと頼まれましたが、丁重ていちょうに断りましたし」

「頼まれたのは事実なのね……あなたの妹さんは何を考えているのかしら」


 会長は頭痛でもするのか、こめかみに手を当てている。

 しかし、はぁっと短くため息を吐いて再び向き直ると、会長は自身の胸元に手を当てて、恥じらいながら尋ねてくる。


「そ、それで新治君。もしもなのだけれど……私がこの貧相な胸を揉んで欲しいと言ったら、あなたは揉んでくれるのかしら?」

「はい!?」


 会長、今何て!?


「ちょっと会長!? こんな獣の毒牙に先輩を放つなんて、そんなの出来ませんよ!」


 そうだそうだ!

 先輩の貧相な胸なんて、全くも見心地が無くて……って、やめてください先輩、こんな怖い顔で睨まないで!?


「私だって、昨年のミス可愛美国際かわみグローバルを取った実績があるの。でも私には、この虚しい胸元という大きなハンディキャップがあって、一切芸能界からのオファーがないのよ」


 霧ケ丘会長は、去年の学園祭で行われたミスコン。

 通称【ミス可愛美国際かわみグローバルグランプリ】にて、優勝を果たしているのだ。

 元々美女揃いの可愛美うちでは、グランプリに輝くために、美貌やオーラ以外のスタイル勝負という現実もあるわけで……。

 貧乳であるというのは、グランプリ獲得には大きな障壁となりうるのだ。


 でも――その圧倒的オーラと美貌を兼ね備えていた会長は、貧乳にも関わらず、ミスコンを制覇したのである。

 そして、選考委員からは、多くの著名芸能プロダクションも関わっているため、ミス可愛美グランプリは、芸能界の門戸を開く通りもんとも言われているのだ。


「てか会長って、芸能界に興味あったんですか?」

「いいえ、別に興味はないわ」

「なら、別に気にする必要なくないですか?」

「そんなことないわ。歴代受賞者の中で、私だけ貧相なんて、プライドが許さないの。だから新治君。あなたのその力で、私の胸を大きくして頂戴!」

「いやいやっ、そんな陳腐なプライドで、自分の身体を犠牲にするような行為に出ないでください!」


 もっと自分の身体大切にして!?


「新治君。あなたは今、私にとっての希望の光なの。だから今日は、首を縦に振るまで、逃がすつもりはないわ」

「な、なんでそこまでして……?」


 いいじゃん別に貧乳で!

 貧乳最高だよ⁉

 需要あるよ⁉

 俺は興味ないかもだけど!


 俺が困惑していると、今まで黙って話を聞いていた森野が、はぁっとため息を吐いた。


「つまり新治の手は、おっぱいを大きくする力がある神の手だということなのね」


 どこをどう受け取ったらそういう解釈しちゃうわけ⁉

 というか、妹の噂みんな鵜呑みにし過ぎ!

 まさか、噂に脂がのって、こんな事態になるとは、夢にも思っていなかった。


「さ、新治君。私の計画、手伝ってくれるわよね?」


 あっ、ヤバい。

 会長の顔がマジだ。


「はぁ……私、中学の頃から新治に揉まれ続けたから、こんなにおっきくなっちゃったんだ……」


 森野は森野で、なんかすげーお通夜モードに入っちゃったし……。

 何、このカオスな空間は?


「新治君」


 絶望に打ちひしがれる俺は、びくりと身体を震わせて、ギギギギっとびたロボットのように首を縦に振るしかないのであった。


 こうして俺は、計三人の貧乳ちゃん達から、バストアップをせがまれてしまうのであった。


 ……なんだこれ?

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