第4話 気が抜けたコーラは理想の恋の味
「ジャーン!コーラもらった。クリスマスボトルだよ!どう?ケーキ売れた?」
親友の桐也がトイレから戻って来た。
お前サンタのままトイレ行ったのかよ。
「さっき可愛いお姉さんが来たよ」
「ええズルっ。謙太郎のどスケベ!」
お姉さんが通った後、極寒のクリスマスには誰も来ない。
プシュっとコーラを開ける。
「それ俺のせいじゃなくない?スケベじゃないし」
「俺のいないところで可愛いお姉さんを見るな!」
「じゃあお前はトイレに行くな」
「ここで漏らしていいの?」
「今確信した、お前がスケベだ」
くだらない口論をしていたら、恋人つなぎをした中学生ぐらいの男女がやって来た。
「「2人サイズのケーキください♡」」
「はいはい、フォークは2つですね」
桐谷の雑な接客で怒り出さないかと焦るが、男女は何も気にしていないようで、
「「はい♡」」
確かに雑にしたくなるわぁ。お前らなんかのために俺たちは労働しているのかと思うと殴りたくなる。
かくいう俺もついこの前まで、細かく言えばつい3時間前まで、こういう他人のことを全く考えていない男女だったわけだが。
「3000円です」
「おい謙太郎間違ってるぞ。すいません2300円です」
桐也が俺の背中をバシッと叩きながら訂正する。
やだな、冗談だよ。しかもお前だって付け髭の下で笑ってるじゃん。
「トナカイさんも間違えちゃうんだね」
「可愛いな」
桐也、サンタが大きな声で謙太郎と呼んだのにも関わらず女は俺のことをトナカイだという。
「ねぇ凌、高くない?…無理しなくてもいいよ?」
こっちとしては無理してもらいたいね。
「2300円で美桜の笑顔が買えるなら安いよ」
カッコつけちゃって。本当はすごい金欠なんだろ?あれ、俺ってこいつらにケーキ買わせたいんじゃなかったっけ?
「凌♡」
「美桜♡」
マジで殴りたい。隣を見ると案の定桐也も拳を強く握りしめている。額にデカデカと『このクソガキバカップルが』って書いてあるよ。
「ということで2人サイズのケーキください」
何をまとめた『ということで』なんだよ。俺らは何にも言ってないぞ、お前らが勝手に広げてただけだ。
「メリークリスマース」
棒読みだが、ちゃんと言える桐也は本当にすごいと思う。まぁ今日怒りっぽいのは俺の精神状態がボロボロだからなのもあるが。
「そんでどうだったの?」
クソガキバカップルがケーキを持ってスキップで消えて行ってから、また誰も来なくなった。
「ダメ」
「まぁそうだとは思ったよ」
「なんだよそれ。じゃあ止めろよ」
「止めたよ。高校生が大学生に本気で相手されるわけないって何度も言っただろ」
「…俺がイケメンで、高身長で、超頭良くて、金持ちで、同い年だったらいけたのか?」
もう誰も見てないしいいや。俺は無気力に机に突っ伏す。
「元の条件と違いすぎてよく分からん。対照実験にしてくれ」
「ひでぇ。慰めろよ。この期に及んでディスるなよ…」
でもその通りだ。
「まぁでも俺は天才だからな。どれだけ難しい問題でも解いてみせるさ」
「言葉の端々にバカがにじみ出てるよ」
「皮肉言えるぐらい元気じゃねーか」
「心も頭も冷え切ってるからね」
本当寒いよ。
「そろそろ天才サンタ桐也様の答えを言うぞ」
「キャラ統一しろや」
「お前がもしお前と反対の人間だったとするとだな、」
「追い討ちかけんなし」
「お前はそもそもあんな女と付き合ってない」
「はぁ?」
予想外の回答だった。
「そもそもあんな女のどこがいいんだ!確かにケツもオッパイもデカいがそれだけだ!常にブランド物を身につけてマウントをとってるし、自分で稼いだことは一度もないくせに労働者をバカにする!非常識で自己中心的な女だ!!」
俺は3時間前、そんな女にフラれた。
『こんな安い指輪しか買えないのね』と言われた。
LINEもインスタもなんの説明もなく全てブロックされた。
「…なんか腹立ってきた」
「おおそうだとも!それが正常だ!!」
「俺はバカな女のためにあんな頑張って働いて指輪を買ったのかと思うと殴りたくなってきた!」
「おおそうだそうだ!!」
「だけどなんかあいつのために殴って手を痛めるのも、警察に連れてかれるのも嫌になってきた!!」
「連れてかれたら面白いけども!!」
「おいっ!」
桐也の背中をバシッと叩く。
屋外で野郎と2人きりのクリスマスも悪くない。
傷心中の俺の判断も悪くない。
「なぁ俺さ、お前がトイレ行ってる間に来た可愛いお姉さんに突っ返された指輪渡しちゃったんだよね」
「はぁ?」
桐也は口を開けすぎて、付け髭が取れた。ものすごくマヌケだ。
「我ながらナイス判断じゃね?」
「お前、また年上に泣かされても知らんぞ」
「ご忠告どうも」
すっかり気が抜けてしまったコーラに口をつける。
もう、炭酸は入らない。ぬるい恋がしたい。
そう思いながらも俺はまた報われない恋に刺激を求めるのだろう。
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