第3話 2人サイズのホールケーキは甘い味
青春してんじゃねぇよ。
教室にスマホを忘れた私は、扉の前で生徒同士の会話を盗み聞きしている。
『明日一緒にケンタッキーに行かない?』
いや安っ。いくらなんでも安すぎるだろ。ついてっちゃダメだよ。手が油っこくなって、ニキビできて、太って終了だよ。
『バカじゃないの…』
そうだよ。この男、というか男全般バカなんだよ。気付いて良かっ…
『…なんで私なの?』
ちょっと待ったー!?めっちゃ照れてるやないかーい!!これは流れでOKして付き合っちゃうパターンやん…。なんでぇよ。クリスマスイブの力エグっ。
『好きだからだよ』
はい決まったー。決まりましたー。はいはい終了ー。全女子が落ちましたー。
『…バカじゃないの』
はいもうもはやツンデレー。『あんたバカァ?!』レベルの確定演出来ましたー。せいぜいクリスマス楽しんどけ。新生バカップルどもが。塾すっぽかして怒られてしまえ。バーカ。
ガチャ。
「「あっ、先生」」
「ヤバっ」
たとえ心の中といえど先生が生徒のことをバカ呼ばわりしてたらヤバいだろう。
そう、私はこの塾の数学教師なのだ。
「何がヤバいんですか?」
キザに決めてた細井が冷静に聞いてくる。しかし顔は真っ赤だ、可愛い奴め。
「あっそうそう、私スマホ教室に忘れちゃってさ〜」
嘘ではない。断じて。
「いつからそこにいましたか?」
ツンデレ大戸ちゃんが拳握り締めながら聞いてきてるんですけど。怖い怖い。5分前から全部聞いてたって言ったら殴られるのかな私。
「ついさっき焦って来たよ〜。なんで?」
「いえ、なんでもないです。」
顔を真っ赤にして、可愛い奴め。
若い衆はいいのぉ。
私なんかもうおばさんよ。
可愛いだけが武器だったのに…。
『もう別れよう』
そう言われたのは去年のクリスマスイブ。別れ方さえカッコつけたがる年上の男だった。そんな男に惚れて、溺れて、縋りついて、捨てられて、忘れられない私はバカだ。
いつか言われるって分かってた。他に若くて可愛い女がいるって知ってた。
なのに…
「先生大丈夫?」
「えっ、あっ、大丈夫大丈夫〜」
「じゃあさようなら」
「うん、じゃあね〜」
並んで帰っていく2人、
せいぜいイブの力が切れるまでお幸せに。
大人気ないただの僻みだ。
青春の甘酸っぱさが充満した教室に入る。スマホを手にとる。
通知は大量の公式LINE。古い名前がその中に埋もれていた。
『今夜会いたい』
『俺には君しかいない』
嘘だ。絶対。きっと彼女にフラれたか浮気でもされたんだろう。今夜の分の欲望をただ処理したいだけなんだ。私はもうただの道具じゃない。
「なのに…」
私はまた彼に会いたい。
私はまだ彼に会いたい。
ガチャ。
車に乗り込む。1年たった今も彼の家を覚えてる。
国道沿い。夜も更けて、寒い中、1人の男子学生がトナカイの格好をしてコンビニの前でケーキを売っている。
きっと彼はケーキなんて食べずに私を押し倒すだろう。
なのに私は気がつくとコンビニに駐車していた。
「2人サイズのホールケーキを1つください」
「2300円です」
学生くんは寒さで鼻を真っ赤にしながら接客していた。
赤鼻のトナカイだなとまた失礼なことを心の中で考える。
「お姉さん可愛いのでおまけあげますね」
「え?」
お姉さん?可愛い?
自分に合わない言葉すぎて頭が回らない。
「はいどうぞ」
小さな袋を渡される。明らかにコンビニの商品ではなかったが、頭が回らなかったので受け取ってしまった。
「自分を大切にしていきましょうね」
学生くんが何を指してこの言葉を言ったのかは分からない。
なのに…
「そうね」
「フォークは2本ですか?」
「1本でいいわ」
「分かりました」
学生くんは安心したように、真っ赤な手でプラスチックのフォークを1本袋に入れる。
可愛い奴め。
車に戻る。LINEを開く。
『私にはあなた以外にもいるの』
嘘ではない。が本当でもない。
えいっ。気合を入れて送信。
通知音がしたが無視する。
ブロックするのも癪に触る。無視だ。無視。
家に着く、静まりかえったアパート。
クリぼっちバンザイ。
ケースを開ける。無造作にフォークを突き刺す。
私はあなたがいなくても生きていけるの。
ホールケーキみたいに甘くはないけれど。
「そういえばおまけってなんだろ…」
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