第35話 油断も隙も無い

 ランジェリーショップの中へ、男一人で入っていく勇気はないので、俺は店の外にあるベンチに腰掛け、スマホゲームをしながら時間を潰していた。

 しばらく暇を持て余していると、店内から凜花が戻ってくる。


「佐野……」

「おう凜花、買い物は終わったか?」


 俺が尋ねると、凜花は頬を赤く染めて、視線を泳がせる。


「ん、どうかしたのか?」


 すると、凜花は俺の服の裾をきゅいっと掴んできて――


「ちょっと、ついてきて」


 と小声で言ってくる。

 俺が椅子から立ち上がると、凜花はそのままグイグイと袖を引き、ランジェリーショップの中へと入っていく。


「ちょっと待って凜花。流石に俺が店内に入るのは――」

「私だって恥ずかしいんだから、大人しく付いてきて」


 凜花に窘められていしまい、俺はなすがまま店内の奥へと連れてかれる。

 どこを見ても女性ものの下着が並ぶ店内を、俺は挙動不審になりながら歩ていく。

 そして、辿り着いた場所は、試着室の前だった。

 凜花はくるりと踵を返すと、ズビシっと俺を指差してくる。


「今から試着してくるから、そこで待ってなさい! 逃げたらだめだから」


 そう言って、凜花は四つある試着室の内、一番左側の試着室へと入って行ってしまった。

 俺はランジェリーショップの中に、一人で取り残されてしまう。

 幸いなことに、辺りに店員やお客さんの姿はなくて安堵する。

 しかし、どこを見渡しても下着の展示が並んでいるため、目のやり場に困ってしまう。

 仕方がないので、凜花の試着室のカーテンを凝視することにした。

 とそこで、右隣の試着室のカーテンがシャァっと開かれた。


「あれっ、慶悟じゃん。なになに? アーシの下着、わざわざ覗きに来たわけ?」

「ち、ちげぇっての! 俺はただ、凜花に連れてこられただけで……」

「ふぅーん」


 彩音は辺りを見渡して、試着室のカーテンが締まっていることを確認してから、にやりとした笑みを浮かべたかと思うと、靴を履かずにこちらへとやってきた。


「ちょっと来て?」

「えっ、あっ、おい!?」


 彩音に手を掴まれ、俺はそのまま引っ張られて、試着室の中へと連れ込まれてしまう。

 人一人がやっと入れる狭いスペースに誘われ、俺と彩音は密着してしまいそうなほど近くで向かい合う形になる。


「ちょっと待って……何してんの⁉」

「静かに! もっと声のボリューム下げて」


 彩音が唇に人差し指を当て、声のボリュームを下げるよう窘めてくる。


「なんで俺を試着室に連れ込む必要があったんだよ⁉」

「そりゃ、アーシが選んだ下着を見てもらうために決まってんジャーン」

「えっ、ここでか⁉」

「逆にここ以外どこで見せろって言うの? もしかして、アーシらに店内で堂々と下着姿を見せびらかせとでも?」

「いや、そんなことは言わないけど……」


 てっきり、購入した下着を見せてもらうだけで、装着した状態で見せてもらうことになるとは思っていなかったというだけ。


「勝負なんだから、ちゃんと判断してよね?」


 そう言って、彩音は身につけている衣服のボタンを、一つずつプチッ、プチっと外していく。

 徐々に見えてくる彩音の健康的な肌に、俺の視線は釘付けになってしまう。


「そんなに熱い視線注がれると、アーシも流石に恥ずいんだけど」

「あっ、悪い……」

「まっ、それぐらい期待してくれてるって事だから別にいーけどね」


 満足げな顔を浮かべながら、彩音は三つ目のボタンまで外したところで、その開いた胸元をちらりとこちらへ見せ付けてきた。

 くっきりと見える彩音の胸元から覗くのは、オレンジ色のレースのブラで、汗を掻いているからか、胸の谷間がいやらしく艶めいている。

 俺は思わず、ごくりと生唾を飲み込んでしまう。


「ふふっ、どう? 似合ってるっしょ?」

「う、うん……凄く彩音らしくていいと思う」

「でしょ、でしょ。やっぱアーシのイメージカラーはオレンジだよね」


 言葉で表現することが出来ないほど、彩音の下着は似合っていて、綺麗で扇情的でいやらしくて美しい。

 そんなぐちゃぐちゃな感想が頭に出ては消えていく。


「も、もういいだろ」


 俺が我に返り、踵を返して更衣室から出ようとすると、ガシっと両肩を掴まれた。


「何言ってんだし。本番はこれからだし」

「し、審査はもう終わりだろ!」

「何言ってんだし。下着は、ブラだけじゃないっしょ?」

「なっ……」


 彩音の言葉の意味を汲み取り、俺は言葉を失ってしまう。


「いやいやいや、流石にそれはまずいだろ」

「言い訳無用。いいからこっち向いてそこに座る」

「えぇ⁉」

「ほら、早く!」


 彩音に急かされて、俺は慌ててその場にしゃがみ込む。

 狭い空間で腰を下ろすのは無理なので、立て膝の状態になった。


「そんじゃ、こっちもイくよ?」


 にやりと妖艶な笑みを浮かべながら、彩音はスカートの裾を掴み、シュルシュルっと捲し上げていく。

 焦らすようにゆっくりと上げていく姿は、俺を誘っているかのよう。

 俺はまんまと彩夏の術中にはまってしまい、そのスカートの内側の絶対領域から目が離せなくなってしまった。

 徐々にたくし上げられていき、彩音のムチっとした健康的な太ももがドンドンと露わになっていく。


「ふふっ……すっごい熱い視線感じる」

「うっ……うるせぇ……いいから早く終わらせてくれ」

「そんなに急かさないでよ。こういうのは雰囲気が大切なんだから」


 妖艶な笑みを浮かべつつ、ゆっくりジワジワとスカートを捲し上げていく彩音。

 じれったい時間が続く中、ついに太ももの付け根まで辿り着いた。

 そしてついに、彩音の秘部を隠すようにして、オレンジ色のレースのショーツが露わになって――


「あーっ! やっぱり!!」


 シャァッ!

 刹那、カーテンの敷居が勢いよく開かれた。


「なっ⁉」


 俺が振り返ると、目の前にいたのは、黒地のフリルのついた下着を身につけた状態で、南央仁王立ちしていた。


 スラリと伸びる長い脚を惜しげもなく晒していて、綺麗な形をしたTバックからはみ出すように出ているプリッとしたお尻。

 引き締まったお腹周りにたぷんっと乗っかった柔らかそうな胸元。

 まさに、モデルと言われても遜色ないような体系に、俺は思わず見惚れてしまう。


 とそこで、俺はふと我に返った。

 南央が立っているのが、更衣室の外だということに……。


「ちょ、南央! そこ外だから!」


 しかし、今の南央には恥じらいという言葉は存在していないらしい。

 鬼の形相で俺の後方にいる彩音を睨みつけている。


「隣から怪しい声が聞こえると思ったら……何抜け駆けしてるのよ!」


 そう言って、南央がドスドスと更衣室へと進入してくる。

 俺は咄嗟に更衣室のカーテンを閉めた。

 更衣室内に三人が入り込む形となり、心なしか、二人の女の子の香りが漂ってくる。


「別に抜け駆けなんてしてないし。慶悟に公平なジャッチをしてもらってただけだし」

「そのパンチラのどこが公平なジャッチよ。扇情的に煽ってるじゃない」

「あら、だってこの勝負、慶悟をムラっとさせた方の勝ちなんでしょ? 下着の見せ方については、特にルールは取り決めてなかったし」

「だからってね、やっていいことと悪いことぐらい分かるでしょ!」

「ちょ、二人とも落ち着いて……」


 立膝状態で二人の間に挟まれているため、眼前に二人の下着が露わになっていて、目のやり場に困ってしまう。


「アンタ、そうやって扇情的に煽らないと自信ないんでしょ? だから慶悟をたぶらかしたのね?」

「ふぅーん。アーシに喧嘩売るとかいい度胸してんじゃん。その勝負乗ってやる」


 すると、カチャカチャっと何か外すような音がしたかと思えば、彩音がスカートをさっと脱いで、下着を露出させてしまったのだ。


「なっ⁉」


 さらには、上も脱ぎ捨て、お互いに下着だけ身につけた状態になってお互いに睨み合っている。


 俺の視界には、一面に広がる艶やかな肌と下着。

 心なしか、女の子の甘い香りも漂ってきて、目がくらんできてしまう。


「どう? あんたより私の方が魅力的でしょ」

「そんなことないし。アーシの方が慶悟のことをムラっとさせてるっつーの」


 身体全体がぶわっと熱くなっていくのを感じる。

 ヤバイ、早くこの場から逃げないと……。

 しかし、それは叶わなかった。

 俺は腕を掴まれその場に立たされてしまう。

 そして、お互い俺の腕を掴んでくる。


「ちょっ!?」

「ねぇ慶悟、私の方が魅力的でしょ?」

「アーシの方がエロいっしょ?」


 狭い密室で密着され、二人が下着しか身につけていないので、色々と柔らかい女の子の部分が俺の身体にダイレクトに当たって――


「や……」


 そして――


「やめてくれぇぇぇぇーー!!!」


 俺は逃げるようにして、更衣室から飛び出したのであった。

 この勝負は、両者不戦勝という形で幕を閉じる。


「あの……佐野? そこにいるのよね⁉ いたら返事をして頂戴!」


 俺が大変な目に合っている中、凜花はずっと恥じらいつつ、更衣室の中で俺を呼んでいたことは、知る由もないのであった。

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