第33話 もう一人の邪魔者
スポーツアミューズメント施設を後にして、俺はもう腕の力が入らずに、ゾンビのようにブランブランになっていた。
「だ、大丈夫?」
「あぁ、なんとか……」
俺は凜花に薄い笑みを浮かべながら答える。
「次どこ行こうか!」
一方の南央は、先ほどの勝負がウォームアップだったかのようにぴんぴんしていた。
「あっ、見て見て! クレープ屋があるよ! ちょっとお腹空いたし食べようよ!」
「えっ、まだ食べるの?」
凜花は化け物を見るような目で南央を見つめる。
「何言ってるの? 食後のデザートだよー! 女の子のデザートは別腹でしょ?」
そう言って、南央はそそくさとクレープ屋へと向かって行ってしまう。
「し、信じられないわ……」
「あははっ……まっ、俺達も昼に何も食べてないし、ちょっとお腹満たす程度に食べようか」
「え、えぇ……そうね」
こうして、俺達は三人でそれぞれ好きな好みのクレープを頼んだのだが――
「ふぅ……満足、満足」
頼んだジャンボクレープを、一気に平らげ、満足げにぽんぽんとお腹をさする南央。
一方の凜花は、げっそりとした表情を浮かべていた。
「凜花、大丈夫か?」
「うぇぇっ……も、もう無理……甘いもの見ることすらできないわ……」
「無理しなくていいよ。食べきれなかったら俺が食べるから」
「なら、お願いしてもいいかしら」
老婆のようなカスカスの声で、凜花がクレープを手渡してくる。
俺はそれを受け取り、パクっと頬張った。
食べ物を粗末にしちゃもったいないからね。
すると、南央が申し訳なさそうに凜花へ手を合わせた。
「ごめね凜花。甘いものが苦手だったとは知らなかったよ」
「謝らなくていいわ。私が断れば良かったもを言わなかったのが悪いんだから」
凜花は青ざめた顔でそう言うものの、明らかに体調が悪そうだ。
「悪いんだけど、少しお花を摘みに行って来てもいいかしら」
「あっ、はい。どうぞ」
凜花は老婆のように腰を丸めて、お手洗いへと向かって行った。
「南央、悪いんだけど、凜花の様子見てきてくれるか?」
「ラジャ! 付き添ってくるね」
俺が女子トイレまでついて行くわけにはいかないので、付き添いを頼むと、南央が元気よく返事をして、凜花の後を追って行った。
その間に、俺は手元に残った凜花の残りのクレープを平らげる。
この香ばしい生地の匂いと、苺と生クリームの味が絶妙にマッチしていて、とても美味しい。
俺が一人で、クレープの感想を抱いていると――
「あー!? やっと見つけたし!」
ふと後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは、オレンジ色の髪を揺らして、こちらに近づいてくる彩音だった。
「げっ、彩音!?」
「ちょ、その反応はなくない? 何、『げっ!?』って。まるでアーシをのけ者扱いしてるみたいじゃん」
「いや、悪い悪い」
適当に謝ったものの、彩音と会うんじゃないかという予兆はあった。
昨夜から、デートの待ち合わせ場所、時間などを事細かに尋ねてきたことに加えて、先ほどから鬼のように通知が絶え間なく来ていたから。
大きなターミナル駅だから、そう簡単に見つからないだろうと思っていたけど、こんな早く見つかってしまうとは……。
なんとタイミングの悪い。
「あれっ? ってか一人? 暇なら、アーシと今からデートしない?」
当たり前のように、彩音は俺の腕に腕を絡めてくる。
「いや、今お花摘みに行ってるから待ってるところ」
「えっ、そうなん? んじゃあ、今から三人で一緒に遊ぼうよ」
嫌な予感が的中した。
南央と同じようなセリフを言ってくる。
しかも彩音に関しては、デートだと公言しておいたのにこれだから、さらにたちが悪い。
「――あっ、戻ってきた」
すると、お手洗いの方向から、南央が凜花の背中をさすりながら、こちらへと戻ってくる。
「お待たせ慶悟……って、えっ、canonちゃん⁉」
あーあ、ほら、面倒なことになっちゃったよ。
俺の腕に抱き付く彩音を見て、一瞬でライブ配信者canonであることを見抜いた南央。
突然現れた推しに、驚きのあまり目を大きく見開いていた。
「うわっ、背高!? 慶悟の連れってこの子なん?」
「紹介する。こいつは古村南央、俺の幼馴染だ」
俺が南央を紹介してあげると、彩音はシャキンとピースしながら言い放つ。
「初めまして! TikTokライバーのcanonです!」
「うわぁ! 凄い、凄い本物だぁ!」
キャッキャキャッキャとはしゃぎまくる南央。
まるでアイドルを目の前にしたような喜びっぷりだ。
「ってか顔ちっさ! 画面越しで見るよりめちゃ可愛いんですけどー! ってか慶悟、いつからcanonちゃんとそんな仲良くなったわけ⁉」
「ほら、この前言ったろ。Canonちゃんの隣の席になったの俺だって。それでまあ、成り行きで連絡先交換して……」
「はっ⁉ ちょ、後半の方初耳なんですけど⁉」
だって、言ってなかったもん。
面倒なことになるってわかってたから。
「私と慶悟はあの試験会場で出会って、そこからチョー仲良くなって、アーシの運命の相手になったワケ」
「いつから俺が運命の相手になったんだ?」
「もうーそんなに恥ずかしがらなくてもいーじゃん。アーシらあんなことやそんなことまで済ませちゃったんだからさ♪」
「何もしてないだろ……」
ただ、ファミレスやファストフードで駄弁ったりしただけだ。
「ふ、ふぅーん、そうなんだぁ……へぇー」
南央は俺にジト目を向けてくる。
あの……怖いんですけど……。
南央は笑顔を張り付け、眉根を引くつかせている。
canonこと彩音は南央の反応を見て、わざとらしくさらに密着してきた。
彼女の胸元が、俺の腕に当たってムニムニと変形している。
思わず、俺の背筋がピンと伸びてしまう。
「慶悟、いくらcanonちゃんから気に入られてるとはいえ、流石にそのスキンシップはどうかと思うなぁー」
すると、南央が屍状態の凜花から手を離すと、俺の元へと近づいてきて、何を血迷ったのか、彩音とは反対側の腕に抱き着いてきた。
「ごめんなさいcanonちゃん。いくらファンとはいえ、慶悟は今、私とデート中なの」
「えぇーっ。ねぇ慶悟、幼馴染なんかより、アーシとデートしたいっしょ?」
ムニュ、ムニュ。
「慶悟は私とデートしたいわよね⁉」
ムニ、ムニ。
うわぁ、やめてくれぇぇぇ!!!
左右からそれぞれ質感の違うおっぱいがグイグイと俺の腕に押し付けられて、全神経が集中しちまう!
「canonちゃん。慶悟はcanonちゃんみたいなキラキラした女子高生のお眼鏡に叶う逸材じゃないですよ」
「そんなことないし。アーシにとっては命の恩人だっての」
「でもほら、慶悟も心なしか嫌がってますよ?」
「そんなことないっしょ? ねっ、慶悟?」
そう尋ねつつ、ふぅーっと俺の耳穴に吐息を吹きかけてくる彩音。
俺にゾクっとした刺激が襲い掛かる。
その刺激に耐えられず、俺はぶんぶんと首を縦に振ってしまう。
「ほら、慶悟もアーシがいいって」
「そ、そんなことないし! 私の方がいいよね、慶悟?」
今度は右側の耳に、何やらチロリと生々しい感触が――!?
「い、嫌なわけないだろ……ははははっ」
さらに強い刺激がもたらされ、俺はどっちつかずの返答をすることしか出来なくなってしまう。
私はAIロボットです。
どちらも魅力的ですので、喧嘩は止めましょう。
世界平和を私は望んでいます。
(棒読み)
南央と彩音は、俺を挟んでバチバチと睨み合う。
「こうなったら、この後のデート権を掛けて、私と勝負するっしょ」
「いいわ。絶対に負けないから!」
ほらやっぱり、そういう展開になっちゃったよ。
どうして俺の周りの女の子たちは、決着をつけないと気が済まないのかしら?
もっとみんなで仲良くワイワイすればいいのに……。
俺はため息を吐き、虚空を見上げることしか出来ないのであった。
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