第31話 フードファイター
俺が二人を宥めて、ぐったりと背もたれにもたれかかった。
すると、隣に座っていた凜花が、耳元で話しかけてくる。
「何なんですかあの古村さんの横暴な態度は? いくら佐野君が幼馴染とはいえ、失礼すぎません?」
「いえ、南央は昔からこういう性格してるから、もう慣れたよ」
「あなたも色々大変な思いしてるのね」
凜花が俺に同情してきた。
なんだか俺、凄い可哀そうな人扱いされてない?
とこそで、店員さんがやってきて、注文した料理が運ばれてくる。
次々と店員さんが入れ代わり立ち代わりで料理を置いていき、気づけばテーブルの上には隙間がないほど大量の料理が運ばれてきていた。
その品数を見て、凜花が眉を引きつらせる。
「なんなんですのこの量は……これ、全部食べるんですか?」
「あぁ、南央の胃袋はフードファイターよりも大きいんだ」
テーブルの上に置かれた大量の料理を目の前にして、凜花は恐怖じみた目を南央に送っている。
「信じられません。私、食べる気が逆に失せてきたんですけど……」
「まあ、気持ちは分かる」
俺と凜花の食欲が削られる一方で、当の本人は目をキラキラと輝かせていた。
そして、手を合わせると「いただきます!」と挨拶をして、ナイフとフォークを手に持ち、食事にかぶりついていく。
南央の爆食っぷりに、凜花が明らかに引いている。
「佐野君……あれは本当に人間ですの? 猛獣の間違いではなくて?」
「見間違うことなく、古村南央だよ」
目の前にいる南央にはもう、食のことしか頭にない。
大きな口を開き、ぺろりと料理をいとも簡単に平らげていく。
その食べっぷりからは、乙女さなど、微塵も感じられない。
「あぁ……私、なんだか頭痛がしてきました」
こめかみを押さえて、ぐらついてしまう凜花。
俺は咄嗟に、凜花の肩を支えてあげる。
「少し、外の空気を吸いに行こうか」
「えぇ……そうさせてもらうわ」
俺と凜花が席を立とうとすると、両手にチキンを持っていた南央が、手を止めてこちらを見つめてきた。
「あれっ? 二人とも食べないの?」
「悪い、ちょっと凜花が気分悪くなっちゃったらしいから、外の空気吸わせてくる」
「えっ、大丈夫?」
「えぇ……平気ですわ」
そうは言うものの、凜花の表情は明らかに悪く、げっそりしていた。
「俺と凜花の頼んだ分も食ってていいから」
「ホント⁉ それじゃ、遠慮なくいただきます!」
南央は嬉しそうに、俺と凜花の前に置いてあったお皿を、自身の元へと引き寄せていく。
「さっ、一旦外へ行こう」
「えぇ……」
ふらふら状態の凜花を支えながら、俺たちは一旦店舗の外へと向かった。
ショッピングモールの外へ出ると、肌に突き刺さるような冷たい北風が吹き荒れる。
凜花はそんな中で、深く深呼吸を繰り返していた。
「少しは気分良くなった?」
「えぇ……だいぶ落ち着いてきたわ。ごめんなさい、介抱してもらっちゃって」
「いいですよ。誰でもあんな化け物見たら、気分が悪くなるのも当然なので」
「古村さんは毎食あんな量食べるの?」
「そうですね。基本あれが通常モードです」
「信じられないわ。本当にあの子は人間なの? 食べている姿はまるで人食い狼にしか見えなかったわ」
「あははっ……今頃、店内大騒ぎになってるでしょうね」
美少女高校生が、テーブルに並べられたメニューをいとも簡単に平らげていく姿は、さぞかし圧巻だろう。
あれを平然と平らげて、あのスポーディーな体系を維持できるのだから、本当に南央の代謝が羨ましい。
俺だって、運動部男子高校生の平均並みの食事は摂るけれど、南央には到底及ばないし、体型維持にもかなり気を使っているというのに……。
これが、天性の才能という奴なのだろうか。
「普段は外食すると値がついちゃうんでセーブしてるんですけどね。今日はちょっと俺への腹いせもあるのかもしれないです」
「私、古村さんを見くびっていたわ。あんな化け物に立ち向かおうとしていた自分が恐ろしくなってきたわ」
凜花はすでに戦う気力を失い、南央のことを化け物認定している。
戦意喪失とは、まさにこのことを言うのだろう。
「一ついいことを教えてあげる」
「な、何かしら?」
ここで、凜花に戦線離脱されてしまっては困る。
なので、俺しか知らない、南央の唯一と言える弱点を、凜花に伝授することにした。
「南央はあれだけの量を一食で食べてるんです。この後どうなると思いますか?」
「そりゃまあ、満腹感で眠気が襲ってくるでしょうね」
「そうです。食べる量は化け物級でも、奴もれっきとした人間。食後は知能と働きが鈍くなりますし、運動能力も低下します」
「つまり、どういうことが言いたいのかしら?」
「勝負を仕掛けるのであれば、直後がチャンスということです。南央の思考能力は低下しているので、勝つことが出来る可能性が高いということです。そこで、俺が条件として、ここからの時間は凜花と二人きりにして欲しいという条件を付けるんです」
「なるほど……佐野が古村さんを打ち負かすことが出来る千載一遇のチャンスということね」
「そういうことです。なのでここは、共闘を組みましょう! 二人で挑めば、勝てるかもしれないです」
「……そうね! 私からもお願いするわ。一緒に古村さんに勝ちましょう!」
こうして、俺と凜花は固い握手を結び、打倒南央に向けて共闘戦線を組むのであった。
◇◇◇
凜花の体調が回復してから店内へと戻ると、既にすべての料理を平らげられている。
その机に陣取る南央は、幸せそうな表情を浮かべてお腹をさすっていた。
「本当に全部食べ切ったのですね」
改めて南央の無尽蔵の胃袋に、凜花は驚愕を隠せない様子で眉根を顰めている。
「おいしくいただきましたー! でも良かったの? 二人の分も食べちゃったけど?」
「それは平気だ。気にしないでくれ」
俺たちは、再び南央の向かい側の席に座り込んでから、どちらからとでもなく視線を合わせた。
そして、一つ咳払いをしてから、凜花が先に口を開く。
「古村さん。この後予定とかあるのかしら?」
「ううん。特にないけど?」
「なら、私たちと勝負でもしませんか?」
「勝負?」
「えぇ……ここ最近、近くにスポーツアミューズメント施設が出来たのはご存じですか?」
「うん、知ってるよ! 家にも広告入って来てたし」
「では、今からそこへ行きませんか? 私と佐野君VS古村さんで、三本勝負をしませんか?」
「おっ、いいねー! 丁度お腹いっぱいだから、ちょっと身体を動かしたい気分だったんだよー!」
「その代わり、条件があります」
「条件?」
「はい。この勝負、一つでも私たちが勝利したら、この後は二人きりにしてもらうと約束してもらえますか?」
凜花が言い切ると、南央が少々考え込んでから――
「いいよー! 分かったー!」
と快く快諾してくれた。
俺と凜花は顔を見合わせて、笑みを湛える。
「よーしっ、やってやるぞー!」
南央の反応も上々で、肩を回してやる気は十分だ。
すると、凜花がこちらへ小声で話してくる。
「本当に勝機はあるのですか? 見るからにやる気満々なんですけど」
「まあ、一勝できればいいんです。競技だって、こちらが決めちゃえばいいんですし」
「ちなみに、南央さんの苦手な競技とかあるのかしら?」
「これと言って、苦手としてるものはないかと」
「それ、敗戦フラグビンビンに立ってない?」
俺達が小声で話しているのをよそに、南央はパっと席から立ち上がる。
「それじゃあ早速行こう、行こう!」
「えぇ、行きましょうか」
俺達も席を立ち、ひとまず会計を済ませるためにレジへと向かう。
会計を済ませ、アミューズメント施設へと向かう間、凜花は恐怖じみた顔を浮かべていた。
「たった三人来たファミレスで、五桁の数字を始めてみましたわ……」
会計の合計金額に、驚きを隠せなかったようだ。
「あははっ……ちょっと今日は食べすぎちゃったかも。普段は外ではセーブしてるんだけどね」
「いや、別に褒めてねぇから。ったくお前の栄養はどこに吸収されてるんだっつーの」
「ちょっと! お腹叩かないでよエッチ」
「別にこれぐらいいいじゃねーか」
「ダメダメ。今は満腹でお腹膨らんじゃってるんだから。あっ、それとも慶悟は、私と妊娠プレイを楽しみたいの?」
「ちげぇわ! ったく、今回は俺達も多少払ってやったけど、今度からは自分が食った分は自分で払えよな」
「ゴチになりまーす」
全く、悪気がないし食べっぷりが凄いから、怒るに怒れないんだよな。
責任を取って、俺が南央の食事代の半分を負担したわけだが……。
こりゃしばらく、お小遣いを節約しなくてはならないな……。
改めて、幼馴染の食事量を目の当たりにして、頭が痛くなるのであった。
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