第30話 デート中に現れた人物

 映画を観終えて、俺は凜花と一緒に、ショッピングモール内のレストラン街

 にあるファミレスを訪れていた。



「凜花は何頼む?」

「佐野からでいいわよ」

「じゃあ俺は、このデミグラスソースのハンバーグセットにします」

「なら私は、このチーズ明太子のパスタにするわ」

「じゃあ私、ビッグステーキ!」


 二人の会話の中に、しれっと割り込んでくる声。


「……」

「……」


 俺と凜花は、お互いに視線を合わせてから、向かい側に座る人物へ顔を向けた。


「なんでお前がここにいるんだよ南央」


 俺と凜花が座るソファ席の向かい側には、何故か先ほどまでいなかったはずの南央が座っているのだ。


「えっ? 別にいいじゃーん。だって、慶悟と凜花は二人で遊んでたわけでしょ? 別にデートじゃないなら、私が加わっても何ら問題はないと思うけど? それとも、何か二人だけでどうしても遊ばなきゃならない理由でもあるの?」


 そう追及してくる南央に対して、俺は苦笑を浮かべることしか出来ない。


「ねぇ……南央さんもしかして怒ってる?」


 耳元で、凜花が恐る恐る尋ねてくる。


「いや、怒っているというより、珍しいものを見て面白そうだからおもちゃにしようっていう魂胆だと思います」

「南央さんって、結構無神経なところあるのね」

「なんかごめんなさい。せっかく二人きりのデートだったのに」

「いいわよ。私たちが南央さんから逃げ切れるわけないもの」


 映画を観る前、俺に一通のメッセージが届いた。

 連絡は南央からで、『今どこにいる?』という類のものだった。

 事前に俺は、南央に凜花のことを相談していたため、今日がデート当日だということは知っているはず。

 俺は場所を特定されぬよう、『外出中』とだけ返事を打ち、スマホを機内モードに設定。

 そのまま、凜花との映画観賞を楽しんだ。


 しかし、映画を観終わり、出口へ向かうと、何故かそこには南央がいた。

 聞けば、母さんからどこへ行ったのか教えてもらったとのこと。

 クソ……母さんめ。

 南央にはすぐ教えやがる……。


「それで、どうして私に教えてくれなかったワケ?」

「そりゃだって、二人だけの時間を邪魔されたくないだろ?」

「ふぅーん。慶悟って、そんなに橘田さんの事が好きなんだ?」

「んなっ⁉ そ、そう言うことじゃなくてだな……」

「んじゃ、私がいても問題ないよね? 二人は罰ゲームでデートしてるんだからさ?」


 そう言って、俺の手を引いて連れて行こうとする南央。

 俺は咄嗟に腕を振りほどいた。


「なんでだよ、今は凜花と遊んでるんだから、邪魔しないでくれ!」

「橘田さんは、私のこと邪魔だと思う?」

「へっ、そ、それはその……」


 南央に問われ、戸惑ってしまう凜花。


「おい、凜花は関係ないだろ!」

「なんで? 当事者であることに変わりはないでしょ?」

「もういい! 行こう橘田さん」


 俺はそう言って、橘田さんの手を引いて、南央の前を後にしようとする。

 しかし、南央の運動神経を侮ってはいけなかった。

 俺たちは逃走を試みたものの、全国優勝レベルの身体能力を持った南央から逃げ切ろうなど、百年早かったのだ。

 俺と凜花がバテバテになっても、南央から距離を取ることが出来ないどころか、当の本人は息切れすらしていない始末。

 全く、こういう時に体力お化けの幼馴染を持っていると面倒だとしみじみ実感した。


 ということがあり、今こうして三人でファミレスを訪れているのである。

 それぞれメニューを注文して、南央が向かい側でドリンクバーの新しいフレーバー開発に勤しんでいる間、俺と凜花はため息を吐くことしか出来ない。


「それで? どうして南央は俺たちを追いかけてきたわけ?」

「だって、二人が逃げ出すからいけないんじゃん」

「お前な……これがどういう状況か分からないの?」

「ん? 三人で仲良くランチタイムでしょ?」

「違ぇわ!」


 俺は思わず、目の前の机をバンっと叩いてしまう。

 その音に、辺りにいたお客さんから鬱陶しそうな目で見られてしまった。

 俺はしゅんと委縮してから、辺りの視線が無くなったところで、再び南央を睨みつける。


「今日は凜花と二人で遊ぶ約束なの。南央がここにはいることで、どうなるか分かる?」

「うーん……慶悟が疲弊する」

「それもそうだけど! 二人がわざわざ休日に外に繰り出してんだ。少しは気遣いってものをな……」

「気遣い? あははっ、そんなの気にしてたらキリないって!」


 南央は何がおかしいのか、けらけらとお腹を押さえて笑いこけている。


「お前な……」


 俺の怒りの沸点が限界まで近づいたところで、隣に座っていた凜花がちょいちょいと手招きしてくる。


「どうした?」

「古村さんって、こんなに横暴なキャラだったっけ? もっと学校では、品行方正ってイメージだったんだけど」

「俺も、今日の王様気取りにはびっくりしてる」


 いつもは周りの空気を読むのがめちゃくちゃ得意で、誰からもヘイトを買わないことで有名な南央なのに……この立ち周りは何が目的だ?

 南央の言動や行動が分からず、俺が困惑していると、笑い終えた南央がすっと身を乗り出してくる。


「そんでさ、橘田さんに聞きたいことあるんだけど」

「え、えぇ……何かしら?」


 突然矛先を向けられ、身構える凜花。


「そんなに身構えなくていいってば。ただ私は、彼女いない歴=年齢の慶悟のどこがいいのかなって、純粋な疑問を思っただけ」


 南央が質問を投げかけると、凜花は視線を泳がせて、最終的に俺へ助けを求めてくる。

 いや、そこは俺に求められましても……。

 凜花は俯いてしまったかと思うと、覚悟を決めた様子で腑っと息を吐いて、南央に真正面から向き合った。


「佐野君は素敵な人です! 運動だって得意で、成績だって優秀です! コミュニケーションに多少難はありますが、十分魅力的な男の子だと、私は思っているわ!」


 り、凜花!?

 なにこれ⁉

 凄い恥ずかしいんですけど……。


「まあ、幼馴染の古村さんには、佐野君の良さなんて分からないのかもしれないですけど?」


 挑発めいた口調で凜花が言い切る。

 すると、南央がポカンと呆けたような表情を浮かべる。


「何言ってるの? 私が慶悟の良さを知らないわけがないでしょ」

「なっ……」


 当然のように南央が発言するため、俺はさらに驚きと羞恥に苛まれる。


 やめて!

 これ以上、俺なんかのために争うなんて……!


「ってか、私が言いたいのはそうじゃなくて……慶悟に橘田さんじゃ役不足ってこと♪」

「なっ……なんですってぇ⁉」

「当たり前じゃん。慶悟が努力してるのは、私が一番知ってるもの。見くびってもらっちゃ困るね」

「あなたこそ、さっきから何なのよ、私の邪魔ばかりしてきて」


 お互いにいがみ合って火花を散らし、今にも喧嘩が勃発しそうなところで、俺は遂に重い腰を上げた。


「二人とも落ち着いて!」


 あぁもう!

 どうしてこんな面倒なことになっちまったんだ!


 俺は、二人を抑えるため、さらに労力を使う羽目になった。

 今後、この二人を引き合わせるのは絶対にやめようと心に誓った。

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