第23話 変化した日常
ピピーッ!
「終了!」
「ぐはっ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「ほらほら先輩、何へばってるんですか! そこからそそり立つ壁十回」
「おう……」
小塚さんのトレーニングを受講し始めて、一週間が経過した。
結論から言うと、小塚さんの考案したトレーニングは、鬼畜の所業の一言。
昼休みのうさぎ跳びトレーニングが可愛いぐらいに思えてくる。
朝は懸垂を中心とした上半身のトレーニングとタイヤ押し。
そこから堤防をそそり立つ壁と想定して登っていくトレーニングを十回。
昼休みはうさぎ跳びからの懸垂。
放課後も、家でクランクにスクワット。
週二回のバーピートレーニングと、徹底的に身体を絞っていく。
「十回!」
俺はそそり立つ壁十回目を登り切り、河川敷の堤防にへたり込んだ。
「お疲れ様です。しっかり水分補給してください」
「ありがとう……」
小塚さんは、トレーニング中は厳しいものの、ノルマを達成すると必ずと言っていいほど労いの言葉を掛けてきてくれた。
すぐにスポドリとタオルを渡してきてくれるところとか、専属マネージャーみたいになっている。
「まずは、朝のトレーニングお疲れ様でした。あとこれ、今日の朝食に摂ってください」
そう言われて、小塚さんから手渡されたのは、トマトとサラダチキンの入ったタッパー。
身体作りに必要なのは食事管理だと言い張り、小塚さんは栄養バランスを考えた食事を提供してくれているのだ。
「いつも悪いね」
「いえ、これも先輩が完全制覇するためですから」
そう言って、にこりとした笑みを浮かべてくる小塚さん。
「でも、こんなに俺につきっきりだと大変じゃない? 小塚さんにも友達付き合いとかあるだろうし……」
「平気ですよ。私はその……あんまりクラスに仲いい友達いないので」
「……ごめん、なんか変なこと聞いちゃって」
「いえ、平気です」
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
二人の間に、気まずい雰囲気が流れる。
「でも、毎日頼りっきりは心苦しいから、今度レシピ教えてくれると助かるな」
「分かりました。まあ私も、家族の予定とかで時間が取れない時もありますし、今度持ってきます」
「ありがとう、そうしてもらえると助かるよ」
小塚さんにレシピを持ってきてもらう約束を取り付けて、浅野トレーニングはこれにて終了。
「それじゃ、俺はこのまま走って家まで帰るわ」
「はい、ちゃんと足をお尻まで付けて走るんですよ?」
「分かってるって。小塚さんも、学校遅刻しないようにするんだよ」
「平気です。もう見えて私、朝は強い方なので」
腰に手を当てて、自信満々に胸を張る小塚さん。
「それじゃ、また学校で」
「はい!」
早朝トレーニングを終えて、俺と小塚さんは一旦別れ、それぞれ学校へと向かう。
◇◇◇
お昼休み。
「慶悟ー! たまには一緒にご飯食べよ」
「悪い南央。今日もトレーニングしなきゃだから」
「えぇーたまにはいーじゃん。休もうよぉー!」
「ごめんな、また今度埋め合わせするから」
「むぅ……分かった。頑張ってね」
「おう、サンキュ。それじゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
南央に見送られて、俺は教室を後にする。
向かったのは、プール脇にある花壇。
既に、小塚さんは花壇のわきに座っている。
「お待たせ。授業お疲れ様」
「お疲れ様です。ささっ先輩! 早速今日もトレーニング行きますよ」
「おうよ!」
こうして俺は、うさぎ跳びと懸垂トレーニングに励んだ。
「よしっ!」
昼間のトレーニングノルマを終えて、腕に乳酸が溜まらないよう、プルプルと手を振る。
「お疲れ様です。時間もないのでお昼にしましょう」
トレーニングを終えるなり、小塚さんはあずま袋を手に取りだして、俺に手渡してきてくれる。
「ほんと、いつもありがとう」
「いえいえ。これも、先輩の為ですから」
そうはいってくれるけど、ここまで献身的に毎日のようにお弁当を作ってきてくれる人は、そうそうないと思う。
あずま袋の結び目を解き、黄色い蓋の二段弁当を開封する。
お米は十五穀米を使用しており、おかずゾーンには、ミートボールにウインナー、卵焼きにさつまいものお浸し、ブロッコリーとプチトマトのサラダに、仕切り代わりのレタスが敷き詰められている。
色とりどりで、バランスの考えられたお弁当。
これを毎日作って来てくれているのだから、小塚さんには本当に頭が上がらない。
「それじゃ、いただきます」
頂きますの挨拶をしてから、俺は早速お弁当にありついた。
まずは、卵焼きからパクっと一口。
「んんっ、ウマい!」
「お口にあったのであればよかったです」
隣では、にこやかな表情を浮かべる小塚さんの姿があった。
小塚さんも自身の膝元に、一回り小さめのお弁当を広げている。
女の子から毎日手作り弁当を貰える日々。
こんな日常が訪れるなど、去年の俺は思っていただろうか?
「ご飯食べて栄養とって、午後の授業が終わったら放課後元レーニングですよ」
「おう、望むところだ!」
冬真っ只中の外での食事だというのに、俺の身体はトレーニングとやる気で温かくて、寒さなど全く感じてない。
それよりも、ここまで献身的に尽くしてくれる小塚さんの為にも、絶対に結果を残したいという気持ちの方が勝っていた。
「そう言えば先輩」
「ん、どうした?」
「この前の模試の結果、そろそろ来ますよね?」
「あっ……」
思い出したくない記憶をぶり返されて、俺はお箸で摘まんでいたプチトマトをポロっと落としてしまう。
「そうだ……模試……終わった……」
俺は絶望のどん底へと落とされたように、頭を抱えてしまう。
「明日はトレーニングお休みにしますね」
「いや、でも……」
「ダメです。私たちは学生なんですから、勉学が優先です。今回は先輩、生成が振るわなかったみたいですし、しっかりと復習してください」
「はい、分かりました……」
やっぱり、小塚さんには叶わないなと、改めて器の違いを思い知らされるのであった。
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