第22話 謝罪とトレーニング

 昼休み、俺は小塚さんに、土下座をかましていた。


「本当に申し訳ありませんでした」


 俺が地べたに額を点けて謝罪の言葉を口にするものの、相変わらず小塚さんの表情は厳しいままだ。


「私、先輩のためにいっぱいトレーニング考えてきたんですよ?」

「はい……重々承知しております」

「それなのに、朝川辺で待ってても、全然先輩が来ないんですもん」


 南央と一緒に寝泊まりしたことで、母さんに説明していたら、浅野トレーニング時間が無くなってしまったのだ。

 そして、昨日約束した小塚さんとのトレーニングをすっぽかす形になってしまったのである。


「最近の先輩は怠惰です。本当に完全制覇する気あるんですか?」

「そりゃもちろん!」

「ならっ、どうして今日の早朝トレーニングをサボったんですか?」

「そ、それはその……のっぴきならない事情というのがありまして」

「私に言えないような事なんですか?」


 小塚さんは腕を組みながら、ジトリとした視線を送ってくる。

 あっ、ヤバい。

 完全に幻滅されてるやつやんこれ。

 俺は頭の中で必死に言い訳を考える。


「今日は朝起きたら母さんに家事を頼まれちまったんだよ。それで、トレーニングが出来なかったんだ」


 我ながらうまい言い訳が出てきたと思う。


「ふぅーん。先輩って、普段は家事は家の人に任せっきりのプー太郎なんですね」


 直球ストレートの球が、俺にグサリと突き刺さる。

 小塚さんの言う通りなので、何も言い返すことが出来ない。


「はぁ……まあ、今日の所は先輩のお母様に免じて許してあげます」

「あ、ありがとうございます」


 小塚さんから何とか許しを得て、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「んんっ……では早速、午後のトレーニングを始めますよ」

「イエッサー!」


 俺は敬礼をして、小塚コーチの考えてきたトレーニングメニューを実践することにする。


「まず先輩は、根本的に身体のバランスが良くありません。上半身に特化し過ぎなので、もう少し下半身を強化する必要があります」

「でも、サスケの3rdステージクリアには、上半身の力が必須条件だと思うんだけど」

「甘いです! ミルクチョコレート並みに甘すぎます!」


 小塚さんにビジっと一刀両断されて、俺は怖気づいてしまう。


「いいですか? 確かにサスケは、3rdステージに特化したら、上半身がメインになってきます。けれど、今回先輩が脱落した【クリップハンガー】は別物です。指先の力だけでなく、身体の振りも重要なんです。つまり、下半身の動かし方ひとつで、飛び移りの成功率が変わってくるんです!」


 俺が今回脱落した【クリップハンガー】を例に挙げて、熱弁を振るう小塚さん。

 実際リタイアしている場所なので、小塚さんの言葉には妙に説得力がある。


「ですから、まずは下半身と跳躍力の強化のため、うさぎ跳びのトレーニングから始めます!」

「う、うさぎ跳び!?」


 確かうさぎ跳びって、屈んだ体勢から反動をつけて飛ぶトレーニングだよな?


「あれって確か、腰を痛めるから効果がないんじゃ……」

「何か文句でもありますか?」

「い、いえ。何もありません」


 ダメだ、今小塚さんに逆らうことは出来ない。

 目が怖いもん。


「いいですか? 一回私がお手本を見せるのでよく見てて下さい」


 小塚さんはその場にしゃがみ込むと、腕を後ろに組んで足を曲げた。


「この状態で、ほっ! 前に跳躍です!」


 小塚さんが跳躍した途端、ふわりとスカートが浮かび上がり、際どい所まで生足が見えそうになっていたので、俺は咄嗟に視線を逸らした。


「こうです! って、どうして見てないんですかぁ!?」


 顔を逸らしていたことで、俺が手本をちゃんと見ていなかったと思われ、憤慨する小塚さん。


「ちゃんと見てたぞ! ただ、そうじゃなくて……そのぉ……」

「なんですか歯切れが悪いですね! 見てないから見てないとはっきり言ってください! もう一度手本を見せるので!」

「いや、手本はもう十分だ」

「本当ですか? これでちゃんと手本通りに出来ていなかったらぶっ飛ばしますからね?」

「分かった。分かったから!」


 俺は小塚さんに圧を掛けられ、その場にしゃがみ込む。

 そして、後ろで手を組み、うさぎ跳びを始めていく。


「ストーップ! ダメダメ! 腰を反り過ぎです! 背中をまっすぐにして腰は軽く曲げてください」

「こ、こうか?」

「そうです! そのままビヨーンとジャンプ!」

「ほっ!」


 俺は指摘された通り、気持ち前のめりになるぐらいでうさぎ跳びをする。


「そうです! いい感じです。それじゃあそのまま、十回連続でやってみましょう!」

「じゅ、十回もするの⁉」

「なんですか? 文句でもあるんですか?」

「い、いえ……ありません」

「ほら、早くしないと、昼休み終わっちゃいますよ」


 小塚さんに急かされて、俺はうさぎ跳び連続十回を行っていく。


「ちゃんと一回一回お尻を落としてください!」 


 俺のすぐ後ろに小塚さんが付いてきて、逐一喝を入れてくる。

 これ、本当に意味あるんだろうか?

 そんな疑問を思いつつ、俺は昼休みの小塚さん考案トレーニングを終えた。

 うさぎ跳びの効果は全く感じない。

 果たして、本当に完全制覇への近道なのだろうか?

 段々と小塚さんにトレーニングメニューを一任したことを、後悔してくるのであった。

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