第24話 会長からのお願い

 暦は二月、模試の結果が送られてきた。


「ヤベェ……ヤベェよ……」


 俺は頭を抱えて項垂れていた。

 無理もない、模試の結果が芳しくなかったのだから。

 全国十四万人ほどが受験して、九千六百位という、俺史上最低の結果を残してしまった。

 前回受けた模試が、全国順位三桁代だったことを考えると、笑えないレベルのランクダウンである。


「これはまずい……まずいぞ!」


 自己採点の時点で、南央には敗北。

 canonこと彩音も、自己採点時点で900点以上を獲っていたので、間違いなく俺は一般人レベルに成り下がってしまった。

 学校単位で競っても、学年トップ10入りも厳しいだろう。


 クソ……俺はどうしてこんな結果に……。

 原因はいろいろと考えられるけど、一番の敗因は、俺のメンタルの弱さ。

 試験当日、彩音に出会ったことで、ペースを完全に乱されてしまった。

 特に社会科科目では、彩音のおっぱいに意識が向いてしまい、集中力を欠いた結果、ケアレスミスを連発している。

 彩音の色気に負けて、試験でミスをするとか、受験生失格だ。

 衝動抑制力がないにも程がある。

 これはもう少し、何事にも物怖じしない精神力を鍛える必要がありそうだ。

 もしこれが本番だったら、俺は確実に志望校に合格していないだろう。

 とは言え、俺が第一志望にしている学部はC判定取れてるんだけどね。


「はぁ……」


 ピロン。

 すると、スマホの通知が届く、見れば彩音からのラインだった。

 内容は、返ってきた模試の結果について。


『見て見て!』


 彩音から送られてきた画像を見てみると、そこには、信じられない光景が写っていた。


「八位……だと⁉」


 そう、彼女の総合成績は、十四万人中で八位。

 なんと俺の隣に、全国一桁代を取った受験者がいたのだ。


「し、信じられん……」


 彩音って、本当に頭が良かったんだな。

 俺が現実に打ちひしがれていると、タッタッタっと快活な足音がこちらへと駆け寄ってくる。


「慶悟―! 今回の模試どうだったー?」

「南央……俺はもうダメだ。勉強が嫌いになりそうなぐらい、木っ端微塵に粉砕された気分だよ」

「あぁ……確かに今回の模試ちょっと難しかったよねぇー。私も前回より成績落としちゃったもん」

「ちなみに、総合順位は?」

「えっとね……八十五位だって」

「落としても二桁順位っていうのがすげぇよ」


 マジで南央は、どこかのコブラなのか?


「その様子だと、慶悟はダメだった感じだよね?」

「あぁ……笑えよ。九千六百位だぜ」


 俺が皮肉めいた笑みを浮かべながら言うと、南央がすっと俺の頭に手を当ててきた。


「そっか、そっか……残念だったね。でも大丈夫だよ。まだこれからなんだから、一緒にがんばろ?」

「おう……」


 俺のことを馬鹿にすることなく、労ってくれるところは、昔から変わらない南央の良さである。

 だからこそ、今はその優しさが辛かった。


「ねぇねぇ、今度一緒に試験問題の復習しようよ!」

「あぁ、そうだな。俺は特に必要だからな」

「分からなかったところは私が教えてあげるよ」

「助かる」


 南央と復習会の約束を取り付けて、俺はぐっと悔しい気持ちを心の中で抑え込む。

 しかし、今まで以上に差が開いたことに対して、焦りと喪失感を感じていた。

 なんだかこの場にいるのも恥ずかしくなってきて、俺は席を立ってしまう。


「慶悟、どこ行くの?」

「トイレだよ」


 南央にそう言い残して、俺は逃げ出すように教室から出て行った。

 俺はそのまま階段を下りていき、昇降口で靴を履き替えて、いつもの花壇へと向かう。

 むしゃくしゃする時は、トレーニングで汗を流して発散するのみ。

 やるせない気持ちを力に変えるようにして、俺は校舎の骨組みである鉄の棒につかまり、懸垂を無心に繰り返す。


「あ“ぁクソッ!」


 いつものように五十回を終えたところで、俺は珍しく怒りの声を上げて膝に手を当てた。

 こんな精神状態でサスケに臨んだら、すぐに沼地に吸い込まれるぞ……!


 何やってんだ俺は……クソッ、クソッ……!

 自身の不甲斐なさが限界に達してしまい、俺は思い切り壁を拳で殴ってしまう。

 もちろん、鉄筋製の校舎はびくともせず、衝撃はすべて、俺の拳に痛みとして返ってくる。


「クソッ……!」


 今日はもうだめだと思い、昇降口へ戻ろうとした時、こちらを心配そうにのぞき込む生徒会長の凜花りんかの姿を見つけた。


「おう凜花か。どうした?」


 俺が無気力な状態で声を掛けると、角で覗き込んでいた凜花がひょっこりと姿を現す。

 凜花は腕を組みつつ、俺に近付いてくる。


「八つ当たりなんてしてどうしたの? あなたにしては珍しいじゃない」

「悪いな、ちょっとむしゃくしゃしてて」

「そう……ただ、学校の備品を破壊する行為だけは止めて頂戴。私もあなたを、器物損壊で警察に引き渡したくはないから」

「分かってるよ。んで、凜花は何しに来たんだ?」

「試験の結果を聞きに来たのだけれど、機嫌が悪そうだから今度でいいわ」

「別にいい。結局馬鹿にされて終わるだけだからな」

「……その言い草だと、あまり芳しくなかったようね」

「あぁ、聞いて笑え。総合九千六百位だ」


 俺は自虐的な笑みを浮かべて、自分の順位を凜花に公表する。

 すると、生徒会長はすっと嗜虐的な笑みを浮かべる。


「そう……私も今回は失敗したのだけれど、三千二百三十五位だったわ。私も結構落ち込んでいたのよ」

「……そうだったのか。まあでも、俺に比べれば可愛いもんじゃねぇか」

「ふっ……試験当日に熱を出してしまったのよ。体調管理が出来ないなんて、生徒会長失格ね。笑いなさいよ」

「いや、笑わねぇよ。風邪なんて誰しもが引くものだ。コンディションが悪い中でその順位なら上出来じゃないか」

「そんなことないわ。私にとっては最悪の結果よ」


 どうやら彼女も、俺と同じ穴のムジナだったらしい。


「まあでも、負けは負けだ。お前の勝ちだ凜花。この前言った通り、何でも言うことを一つ聞いてやるよ」

「えっ……でも本当にいいの? こんな結果なのに……」

「言いも何も、勝負してたことに変わりはねぇよ。それに、試験はいつも一発勝負なんだ。体調が悪いとか言い訳しても、結局はその日のパフォーマンスですべてが決まる。そんで、俺の方が結果が悪かった。それだけのことだ」


 あのサスケの舞台を経験したからこそ言える。

 ファイナルステージへ進出できるほどの実力者たちが、ファーストステージで次々と沼地へ吸い込まれて行く姿を……。

 それを目の当たりにして、改めて本番という難しさを肌で感じた。

 そして、今回の模試、俺がその本番の空気に呑み込まれてしまった。


「ほんと、そう考えると受験って残酷だよな。その試験で実力が出せなければ落とされる。ほんと、実力主義がどうとかあるけど、実のところ大切なのは、当日のメンタルや体調管理なのかもしれないな」


 特に、既に志望大学A判定を取れている人ほど、なおさらそっちの方が重要な気がする。


「そうね……そこまで言うなら、今回は私の勝利ということにさせてもらうわ」

「あぁ、そうしてくれ」


 こうして、俺は幼馴染の南央だけでなく、隣家との勝負にも敗れてしまった。

 今回は実力を発揮できなかったとはいえ、悔しいことに変わりはない。


 けれど、約束は約束だ。

 凜花と掛けた罰ゲームを果たさなければならない。


「それで、負けたら勝った人の言うことを何でも聞くっていうルールだったわけだが、凜花の望みは何だ?」

「そうね……」


 凜花は顎に手を当てて、しばし考える仕草をする。


「俺が出来る範囲なら何でもするよ。雑用なり下っ端なりコキ使ってくれ」

「そ、そんな雑な扱いはしないわよ」

「そうなのか?」

「まったく……私を何だと思ってるのかしら」


 負けず嫌いのマウント少女だとは、口が裂けても言えない。


「そうね……だったら……」


 俺が失礼なことを考えていると、凜花は何か思いついたのか、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせる。


「ん、どうしたんだ?」

「な、何でもないわ!」


 凜花は一つ咳払いをして、体制を整えた。

 しかし、相変わらず身体をもじもじとさせ、指を突き合わせている。

 どうしたんだろうと俺が首を傾げていると、凜花は意を決した様子で胸元に手を当てて、顔を俺の方に向けて言い放った。


「佐野慶悟! 私と……デ……デートしなさい!」

「……はい?」


 佐野慶悟17歳。

 模試試験で勝負して負けたら、デートに誘われました。

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