第19話 配信者canonの正体

 祝勝会が始まって、二時間近くが経った頃。

 大人たちのお酒も進み、話しは自分たちの仕事や最近の悩みなどに話題が移っていた。

 四人掛けのテーブルを占領してしまっているので、必然的に俺と南央は、のけ者になるわけで……。


 やることも特にないので、俺は母さんの代わりに、食べ終えた料理のお皿などの洗い物を進めていた。

 少しでも時間を有効的することで、面倒ごとを後に回さないという気配り。

 というより、自分の話題がまるで上がってこなかった悲しさを埋めるため、何か作業していたい気分だったのだ。


 黙々と作業を進め、全ての食器を洗い終える。

 大人組の宴は、まだまだ終わる気配はない。

 手持無沙汰になってしまった俺は、ソファでくつろぐ南央の元へと向かう。

 南央は、ソファに寝転がりながら、何やらスマホで動画を視聴している模様。

 お笑い動画でも観ているのか、クスクスと肩を揺らして笑っていた。


「何観てるんだ?」


 俺が後ろから声を掛けると、南央がこちらを振り返り、スマホの画面をこちらへ向けてくる。


「見て見て慶悟! これ!」


 南央のスマホの画面を覗き込むと、そこに映っていたのは、見間違うことなく俺だった。

 俺がサスケサードステージの、【クリップハンガー】に挑戦している時の映像である。

 タイミングを見計り、俺が対面の突起へ飛び移ろうと身体を宙に浮かせた途端。


 キュイン、キュイン、キュイン。


 突如、俺の身体だけがくり抜かれた映像になり、背景が神々しいフラッシュに包まれる。

 グリーンバックになった背景に映ってきたのは、ビルとビルの間を飛び移ろうとするコラ画像。

 さらに、反復横跳びしている生徒に混ざり、一人異質な反復横跳びをしている俺の画像が映し出される。


「これ、今めちゃくちゃ流行ってるんだよ? 慶悟も人気者になったねぇー」

「いや、これ普通にコラ素材として使われてるだけじゃねーか!」


 南央がスクロールして次の動画へ移動する都度、大量の編集された俺の映像が次々と流れてくる。

 どうやら俺は、TikT○k内で、コラ素材として、世界中の笑い者になっているらしい。


 てか、俺の肖像権はどこ行った?

 許可した覚え全くないんだけど⁉


「知らなきゃよかった……」


 俺は無意識に頭を抱えてしまう。

 校内でTikT○kやっている奴らから、俺は笑い者としてバカにされているのかと思うと、今までやってきた努力が無駄なような気がしてきてならない。

 俺はもっと、黄色い声援とか、南央みたいな尊敬の眼差しで注目を集めたかったのに……!


 先日、模試会場で彩音に教えてもらったことからしても、TikT○k内での知名度はかなりあるみたいだ。

 これからは外を歩く際も、他校の生徒にバレぬよう、変装しよう。

 実物見られて、後ろ指を刺されても嫌だからね。

 俺がどんよりした気持ちになって落ち込んでいると、南央のスマホがピロンっと鳴って、通知を知らせる。

 南央が自身の元へスマホを戻すと、パッと華やかな笑みを浮かべた。


「おっ、始まった、始まった」


 そう言って、南央は別の画面へ切り替えていく。

 素早くスマホを操作して、動画視聴ページから、ライブ配信画面へと切り替えると、制服を身につけたオレンジ色の髪をした美少女が画面越しに映り込んでいた。


「皆さんどうも、こんcanonかのん! 現役高校生ライバーのcanonかのんだよー」


 画面に映っていたのは、俺が模試の時に出くわしたオレンジギャルだった。


「あっ……こいつ!?」


 俺は思わず、南央のスマホの画面を指差し、驚きの声を上げてしまう。


「えっ、何々? 慶悟、canonちゃんのこと知ってるの⁉」


 南央は俺の反応を見て、前のめりに尋ねてくる。

 俺はしまったと思ったが、正直に白状することにした。


「あぁ……この前の共通模擬試験の会場で隣だったんだよ。それで、シャーペンと消しゴム貸してあげた」

「えぇ⁉ あの日の模試で、canonちゃんに筆記用具貸してあげた隣の子って慶悟だったの⁉ canonちゃん当時の事凄い嬉しそうに話してたよ! 『彼は私の前に現れた命の恩人だ』って」

「いや、そこまでのことはしてねぇよ」

「そんなことないって! だってcanonちゃん、TikT○kでフォロワー五十万人超えの超人気者なんだよ!」

「コイツって、そんなに凄い奴だったのか⁉」


 この前聞いた時は、フォロワー10万人越えとか言ってた気がするけど、ちょっと謙遜した数字を言ったらしい。

 南央のスマホの画面を見れば、コメント欄ではファンからの温かい応援メッセージが爆速で流れている。

 ライブの同時視聴者数は、まだ開始して五分足らずだというのに四桁を余裕で超えていた。


 試験開始ギリギリにやってきて、周りからのイメージがどうとか言ってたのは、こういうことだったのかと納得した。

 そりゃ、有名サイトで顔出し配信してる配信者となれば、周りからのイメージというのを大切にしなければならないに決まってる。

 TikT○k配信者canonとしての顔がある以上、周りから思われている印象と違うものであってはならないから。


「しっかし、このcanonちゃんってのは、どうしてそんなに人気なんだ?」

「そりゃもちろん! 超絶可愛いからに決まってるじゃん! それに加えて、常に明るくファンに接してくれて、対応も神だから。一部からは『canon神』って崇められてるんだよ!」


 テンション高めに語ってくるあたり、どうやら南央も相当、このcanonちゃんとやらに心酔している様子。

 現在、canocちゃんが配信で話している内容は、他愛のない日常会話。

 何か、中身ある話をしているかと言われたら、そうではない。

 けれど、ネットが身近になった今、こうしてより身近で手軽に推しを探して応援することが出来るというのが、今の主流なのだろう。

 しばらく俺は、南央と一緒にcanonちゃんのライブ配信を見ることにした。


「あっ、そうだ!」


 とそこで、canonちゃんが何かを思い出したようにスマホを弄りだす。


 ――何々?

 ――どうしたの?


 と、コメント欄もざわつきだす。

 スマホで配信しながらスマホを弄っているため、canonちゃんの顔がかなり近距離で映し出される。


 ――canonちゃんマジ天使

 ――ガチ恋距離助かる

 ――そのまま俺にキスしてくれ


 と、その真剣な表情を見たリスナーのみなさんは、見事に心を撃ち抜かれいた。


『あった、あった……! じゃじゃーん! 見てこれ!』


 すると、配信画面が切り替わり、映し出されたのは一枚の画像。

 それは、見覚えのある用紙で……。


『なんと、この前受けた共通試験の模擬試験自己採点の結果、見事、945点を取ることが出来ましたー! いぇーい!』


 ――しゅごい!

 ――👏👏👏👏

 ――流石canon神! 

 ――おめでとう!

 ――勉強を怠らないcanonちゃんはやっぱり神

 ――ご褒美10000円


『あっ、投げ銭ありがとー! えへへっ、みんなもコメントありがとねー!』

「あの試験、やっぱりcanonちゃんの方が点数上だったかぁー! 流石canonちゃん。やっぱり上には上がいるねー」


 南央は頭が上がらないといった様子で、額にペチっと手を置いて感服している。

 一方の俺は、対照的に口をポカンと開き、唖然としていた。


「コイツ、そんなに頭良かったのか⁉」

「うん。私なんか、手も足も及ばないぐらいだよ。過去の模試でも、全国一位二回ぐらい取ってるらしいし」

「な、なんだと……⁉」


 あのオレンジギャルが……全国一位を二回もだと……⁉

 全国一位レベルの人って、もっとこう、根暗で眼鏡をかけていて、化粧っ気なんて無い、SNSとかやってない物静かな人が取ってるっていうイメージだったから、余計に驚きだ。

 人を見た目で判断しちゃいけないなと、改めて認識されられる。

 それにしても、まさか最も頭の良い子が、俺の隣の席で受験していたとは……。

 世間って意外と狭いなと実感させられる。


 模試の用紙を見せ終わり、配信画面を元に戻したcanonちゃんは、胸に手を当てて、甘美な吐息を漏らした。


『ほんと、試験会場で筆記用具忘れた時は頭が真っ白になっちゃったけど、困ってる様子を見て声を掛けてくれた上で、ペンと消しゴムを貸してくれた隣の席の子には感謝しきれないよ』


 ――隣の席がcanonちゃんだっていうだけでも羨ましい限りなのに、ペンと消しゴムまで貸すことが出来るなんて……俺もcanonちゃんに声を掛けてあげたい人生だった。


 いやいや、そんな大げさな……。

 というか、状況を知っている身としては、少し美化しすぎな気がする。


『今度またその子に会った時は、またペンと消しゴム貸してもらおっと! 彼はきっと、私にとって神様だ!』


 ――canon神にとっての神とは、それはもう具現化できない存在では!?

 ――きっと俺達とは違って、顔もよくてキラキラオーラ全開の優男なんだろうなぁ……。


 ヤバイ、勝手にイメージが先行して、どんどん美化されていっている。

 ってか、次回以降は、普通に自分の筆記用具持って来いよ⁉

 まあ、同じ試験会場になることは、もうないだろうけど。


「えへへっ」


 すると、南央がニッコリ顔でこちらへ視線を向けてきた。


「な、なんだよ?」

「ん? いや、canonちゃんを助けた救世主が慶悟だって知って、やっぱり私の幼馴染は自慢だなぁーって思っただけ」

「バーカ。よく見ろ。ただの陰キャボッチのパッとしない男だぞ」

「そんなことないよ。少なくとも私は……」


 と、何か言いかけたところで、南央は口を結んでしまう。


「私は、なんだよ?」

「や、やっぱ何でもない! 慶悟のバーカ」


 南央はツーンと唇を尖らせながら悪態ついて、プィっとそっぽを向いてしまう。

 心なしか、南央の耳は真っ赤に染まっている。


 まあ長年の勘から察するに、『私にとってはフツメンぐらいにはいい男だと思う』的なフォローでもしてくれようとしたのだろう。

 そう勝手に折り合いをつけて、俺は南央と一緒にcanonちゃんのライブ配信を、最後まで視聴するのであった。

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