第17話 共闘

「という感じです。分かりましたか?」

「は、はい……」


 リビングには明かりが灯り、外は既に暗闇に包まれている。

 俺がリタイアになった【クリップハンガー】までのすべてのエリアに対する力説を終え、小塚さんはやり切った表情を浮かべていた。

 一方の俺は、情報量が多すぎて、処理が追い付いていない状態になっている。


 まさか、小塚さんがここまでのサスケオタクだとは思っていなかった。

 ファンだと言われ、完全制覇のために協力したいと提案された時は浮足立っていたものの、今はもう、小塚さんが鬼コーチにしか見えなくなっている。

 きっと、三食お米のお供サスケでも全く飽きないのだろう。

 それほどに、小塚さんからの熱い情熱はこれでもかと伝わってきた。

 と同時に、俺の競技に対する改善点が多すぎて、一年後に完全制覇達成することが出来るのか不安になってくる。


 史上四人しか達成していないのだ。

 それほどまでに、完全制覇というのは程遠い道のりであるということを改めて思い知らされたような気がする。


「今の改善点を元に、明日まで先輩が完全制覇するためのトレーニングメニューを作ってきますので」

「えっ⁉ いやいや、そこまでしてもらう必要は……」

「何言ってるんですか⁉ 先輩の今のトレーニング方法では、身体のバランス感覚や身体全体の動きがちぐはぐ過ぎます! 身体のバランス作りと、指の力が何より大切なんです! 本当に理解してますか?」

「す、すいません……」


 もう小塚さんに逆らうことは不可能だと悟る。。

 俺はしゅんと項垂れて、素直に言うことを聞くことしか出来ない。


「いいですか? 日々の積み重ねで、結果は大きく変わってきます。それはトレーニングも一緒です。これから完全制覇に向けて、一緒に頑張りましょう!」

「うん、そうだね。頑張ろう」


 小塚さんからの固い握手を受けて、佐野慶悟完全制覇に向けての特訓が始まろうとしていた。

 こりゃしばらく、地獄の特訓の日々が続きそうだと覚悟する。


 ピンポーン。


 とそこで、インターフォンが鳴り響いた。

 母さんが応対して、玄関へと向かって行く。

 時計を見れば、既に夜の十八時を回っていた。


「どうぞ、上がって頂戴」


 玄関で応対した母さんの声がリビングへと近づいてくる。

 ガチャリと扉が開かれると、現れたのは南央だった。


「やっほー慶悟! ってあれ……? 慶悟が女の子家に連れ込んでる⁉」

「ちょ、言い方、言い方。ほら、昼間話しただろ。俺のファンがいるって」

「あぁ! この子なの⁉ 可愛い―!」


 南央が小塚さんの元へ近づこうとすると、彼女は先ほどまでの威勢はどこへやら。

 タッタッタっと逃げるようにして、俺の後ろへと隠れてしまう。


「ちょ、小塚さん?」

「助けてください先輩。私、あぁいう天性の才能タイプが苦手なんです……」

「えっ、南央ってそう言うタイプなの?」

「そりゃそうですよ。成績優秀、運動神経抜群。あんなの、努力だけでは培われません」


 まあ確かに、俺が物心ついた頃から、南央は何もかもがスーパーだったもんな。

 それが全国に知れ渡ったのが、今回のウィンターカップだったってだけで、逸材として発掘されるのも時間の問題だったのかもしれない。

 流石は将来の日本を背負うプリンセス。


「えっと、紹介するよ。こちら、小塚雛ちゃん。うちの高校一年生だ」

「は、初めまして……」


 俺の袖をつかみながら、小塚さんが怯えた様子で挨拶を交わす。


「初めまして、古村南央です! 聞いたよ? 慶悟のファンなんだって?」


 南央の問いかけるような優しい質問に、コクリと頷く小塚さん。


「これからも慶悟の事よろしくね。コイツ、あんまり学校で仲いい友達いないから」

「お、おい……余計なこと言うなっての」


 思わず、俺がツッコミを入れてしまう。

 学校生活とサスケは関係ないやろがい。


「はい……任されました」

「いやいや小塚さん。南央の言葉を鵜呑みにしなくていいからな?」


 そうこうしているうちに、南央のご両親も部屋に入ってきてしまう。

 これはそろそろ、小塚さんを撤退させた方がよさそうだ。


「それじゃあ俺、小塚さん送り届けてくる」

「またね雛ちゃん! 慶悟の指導、ビシバシやって頂戴」


 キッチンでせわしなく調理をしていた母ちゃんが、とんでもない言葉を口にする。


「お、お邪魔しました」


 ソファの横に置いていたコートとカバンを手に取り、そそくさとリビングを後にする小塚さん。


「またね、小塚ちゃん」


 南央が手を振ると、小塚さんは一礼してスっと足早に廊下へと出て行ってしまう。


「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」

「行ってらっしゃい。私の祝勝会なんだから、早めに帰って来てね」

「分かってるよ」


 南央と言葉を交わしてから、俺も玄関へと向かって行った。

 家を後にして、小塚さんの家がある河川敷へ向かって歩いて行く。

 街はすっかり夜の住宅街の景色へと様変わりしており、電柱の街灯が辺りを灯すだけ。

 家々から部屋の明かりが漏れ出ているものの、どこか心もとない。

 俺と小塚さんは、家を出てからずっと黙り込んだまま歩いていた。


「お二人はどういう関係なんですか?」


 すると、小塚さんが唐突に尋ねてきた。


「ん、何が?」

「先輩と古村先輩の事です」

「小さい頃からの幼馴染だよ」

「そうですか……」


 端的に答えると、小塚さんが悩ましげな様子で顎に手を当てて考え込んでしまう。

 しばらく小塚さんからの言葉を待っていると、彼女ははぁっと深いため息を吐いた。


「……先輩も色々と大変な思いをされてるんですね」


 まるで同情するような返事に、俺はふっと息を吐く。


「まっ、もう慣れたよ。ずっと南央にはすべてにおいて叶わなかったからね」


 小さい頃から、何においても負けてきた。

 努力で補おうとしても、叶わない者がある。

 それを小さい頃から身にしみて感じてきた。


「だからこそ、俺は南央に、いつか何かで勝てればなと思ってる。それが五年先なのか十年先なのかは分からない。でも、挑み続けない限り、負け続けるだけだから」

「先輩はそれで、完全制覇を目指してるんですか?」

「それもあるけど、サスケは小さい頃からの夢だったから。初めて自分で決めたものは、なんとしてもやり遂げたい。そう言う気持ちもあるよ。まっ、南央が全国制覇しちゃったから、完全制覇できたとしても、対等な立場になるだけなんだけどね」


 俺が頭を掻きながら苦笑いを浮かべると、小塚さんがふるふると首を横に振った。


「そんなことないですよ。先輩は十分凄いです。目の前にある壁が高すぎるだけなんですよ。だから、もっと自信を持ってください」

「小塚さんにあれだけ指摘された後に自信持てって言われる方が無理なんだけど」

「それはその……私もつい熱が入ってしまったと言いますか……。でも、完全制覇できそうな人にしか、私はあんなに力説しませんから」


 小塚さんの証言から紐解けば、俺は完全制覇できる素質を十分に秘めているということなのだろう。


「ありがとう小塚さん。改めて、明日からよろしくね」

「はい! 完全制覇目指して頑張りましょう! そして、南央さんをぎゃふんと言わせて見せるんです!」


 こうして、俺たちは再び固い握手を交わして、お互いに共闘を誓い合うのであった。

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