第16話 熱の籠った指導
「ど、どうぞ」
「お、お邪魔します」
午後の授業を終えた放課後。
俺は小塚さんと昇降口で待ち合わせをして、その足で俺の家を訪れていた。
小塚さんを玄関に迎え入れると、彼女は辺りをキョロキョロと見渡して緊張している様子。
「おかえりー。って、あらぁ随分と可愛い子じゃない。もしかして彼女?」
帰宅早々、リビングから出迎えてくれた母ちゃんが、小塚さんを見るなり、面倒くさい近所のおばさんムーブをかましてくる。
「違うっての。この子は小塚雛さん。学校の後輩で、俺のサスケでの活躍を見ててくれたらしいんだよ」
「は、初めまして。小塚雛です」
小塚さんが、母ちゃんに向かってヘコヘコとお辞儀する。
「こんにちは。慶悟の母です。いつも応援してくれてありがとうね。こんな息子だけど、仲良くして頂戴」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
小塚さんが緊張しながら、何度もお辞儀を繰り返すマシーンになっちゃってるよ……。
「ささ、上がって頂戴」
「お邪魔します」
母ちゃん促されて、靴を脱いで廊下へと上がる小塚さん。
俺も後に続くようにして、佐野家のリビングへと向かって行く。
リビングへ入ると、なんだか豪勢な飾りつけが施されていた。
「母ちゃん、これは何?」
「あら、言ってなかったっけ? 今日の夜、南央ちゃんの祝勝会をやるって」
「あぁ……そう言えば聞いたような気が……」
小塚さんのことで頭がいっぱいでうろ覚えだが、朝食を取っている際に言われたような気がする。
キッチンでは、パーティーに向けた準備が進められているようで、美味しそうな香りが漂ってきていた。
「忙しいときにお邪魔してしまって申し訳ありません」
「気にしないで頂戴。慶悟が南央ちゃん以外の女の子家に連れてくるなんて初めてだから、お母さん嬉しいわ!」
「母ちゃん。余計なことは言わないでくれよ」
「あらいいじゃない。せっかく応援してくれる女の子が出来たんだから」
母ちゃんは悪びれた様子もなく、終始にこやかな表情を浮かべている。
「小塚さんは、何か飲みたいものとかあるかしら? コーヒー、紅茶、緑茶なんでもあるわよ」
「いえ、お構いなく……」
「そう言うわけにはいかないわ。お客さんをもてなさないなんて出来ないわ。遠慮なく言って頂戴」
「で、では紅茶をお願いします」
「分かったわ。すぐに準備してくるわね」
そう言って母ちゃんは、踵を返して、ステップしながらキッチンへと向かって行ってしまった。
俺が南央以外の女の子を家に連れてきたことが相当嬉しいらしい。
「ごめんね小塚さん。うちの母ちゃんが鬱陶しくて」
「ううん。平気です。ちょっとびっくりはしましたけど、素敵なお母さまですね」
「そうかぁ?」
ただ面倒なだけだと思うけど……。
「とりあえず座ってよ。今、サスケのDVD用意してくるからさ。第何回大会が観たいとかある?」
「えっと、出来れば先輩が出場した去年の大会がいいです」
「おっけい。ならまだ、DBにデータが残ってるはず」
俺がローテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、録画一覧を開いて、過去ログを遡っていく。
その間に、小塚さんをソファへに座るよう促した。
小塚さんはコートを脱ぎ、カバンと一緒にソファの脇に置くと、小動物のようにちょこんと座り込む。
「おっ、あったあった」
俺が録画してあったところから、前回大会のサスケを見つけ出して、再生ボタンを押した。
直後、テレビの画面にOPが流れてきて、『サスケ』とアルファベット表記のロゴが映し出される。
『さぁ今年もやってまいりました、20××年第○○大会サスケ。今年も100人の選ばれし挑戦者たちが、完全制覇を目指して挑んでいきます。まずは最初の挑戦者はこの方。人材派遣会社取締役、烏沢栄一《からすさわえいいち》54歳です!』
毎大会恒例になっている、バーベル100キロの持ち上げに成功して、ヘロヘロの状態になった状態で、スタート音が鳴り響く。
そして、烏沢さんは最初のエリアである、四枚の斜めになった板を渡っていく【クイットステップス】の一枚目の板へ、ドッシリとした体で何とかへばりついた。
そして、ゆっくりと二枚目、三枚目と渡っていき、最後の四枚目までたどり着く。
迎えた次のエリア【ローリングスロープ】への飛び移り。
烏沢さんは重い身体で懸命にジャンプするものの、跳躍が足りず、そのまま身体を【ローリングスロープ】の丸太にぶつけてから、跳ね返るようにして、池の中へ水しぶきを上げて吸い込まれて行った。
テレビの中の観客席にいるお客さんからの、『あぁー』っというため息と笑い声の交じった歓声が聞こえてくる。
「おまたせー」
とそこで、母ちゃんが紅茶を運んできてくれたので、俺は一時停止ボタンを押してテレビの画面を止める。
母ちゃんはソファの前にあるローテーブルの上に、入れたての紅茶を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
「あとこれ、良かったら食べて頂戴」
お茶菓子に、お皿に載せたクッキーも置いていく。
「ゆっくりして行ってね」
「あ、ありがとうございます」
小塚さんがぺこりと一礼すると、母ちゃんはくるりと踵を返して、俺の方へ顔を向けてきた。
「ほら、慶悟もそんなところに立ってないで、座ったらどうなの?」
「お、おう……」
母ちゃんに促されて、俺はソファの奥の方へと向かって行き、小塚さんの隣へと腰掛ける。
「し、失礼します」
「ど、どうぞ……」
小塚さんに触れぬよう、出来るだけ距離を取って端に腰掛ける。
「……」
「……」
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「紅茶、飲んでいいからね」
「あっ、はい! いただきます」
俺が促すと、小塚さんはカップを手に持ち、何度かフーフーっと冷ましてから、一口飲んでいく。
「あっ……これ美味しい」
紅茶を見ながら、ポツリと感想を漏らす小塚さん。
どうやらお気に召してくれた様子。
「それじゃ、続き観ようか」
「あの……先輩、ちょっと待ってください」
俺が再生ボタンを押そうとしたところで、小塚さんから待ったの声を掛けられる。
「ん、どうしたの小塚さん?」
「その……私、先輩がパフォーマンスしてるところが観たいです」
「えっ、俺の所?」
「はい……」
手を膝に置いて、コクリと頷く小塚さん。
「分かった。じゃあそこまで飛ばすよ?」
「はい、お願いします」
俺は早送りボタンをタップして、挑戦者たちの映像を次々と飛ばしていく。
そして、21番目の登場である俺のシーンに辿り着いて、再生ボタンをタップする。
『さぁ、20〇〇年、第××大会サスケ。現在二十人の挑戦者が競技を終えましたが、未だにクリア者はゼロ。その中で、今大会予選会から勝ち上がった現役高校生の登場です。予選会第三位で突破、
南央とリアルタイムで見た時と同じ実況が流れて、声援に応える俺の姿が映し出される。
プッ、プッ、プッ、プゥー!
お馴染みのスタート音が鳴り響き、画面の中の俺が、1STステージへと挑んでいく。
俺が最初のエリアである【クイットステップス】の一枚目の板へ飛び移ろうとした瞬間。
「ストップ! 止めてください!」
小塚さんに言われて、俺は慌てて一時停止ボタンを押した。
「ど、どうしたの小塚さん⁉」
いきなりはっきりとした声で言われて、俺は戸惑いながら小塚さんの様子を覗ってしまう。
すると、小塚さんは膝元に置いていた手をぎゅっと握り締めると、プルプルと拳を震わせたかと思うと、顔を上げて、鋭い目つきで俺を見据えてきた。
「先輩は全然なってません! いいですか? ここの【クイットステップス】の場面。先輩は脚力の力があるので何とかなってますが、上半身のバランスが皆無です! 常連選手はもっと、身体が地面に対して垂直になっています!」
「えっと……小塚さん?」
突然饒舌になったかと思えば、俺の競技に対してのダメ出しを指摘してきた。
「次、再生してください!」
「は、はい……」
強めの口調で言われ、俺は再び再生ボタンを押す。
最初の烏沢選手と違い、一歩で軽やかに板を蹴り上げて、四枚を飛び跳ねるように進んでいくテレビの中の俺。
そして、先ほど烏沢さんが飛び移りに失敗したエリアである【ローリングスロープ】への飛び移りの場面。
俺は四枚目の板を蹴ったその勢いでジャンプして、丸太に飛び移ると、そのまま一気に駆け上がっていく。
「ストップ! 止めてください」
再び、小塚さんから声がかかり、俺は一時停止ボタンを押した。
「ここの飛び移りも危なかったです。今回は運よく丸太と丸太の間に足が入り込んだので回転せずに済みましたけど、ここで付け根の部分に足が入ってなかったら即池の中へ一直線ですよ⁉ どうしてこんなリスキーなことを犯したんですか⁉」
「えっ……そりゃだって、他のエリアに時間を割きたかったから、出来るだけ時間を短縮したくて」
「だとしたら、もっとここは完璧にできるよう練習すべきです。とくに【クイットステップ】の身体の体制は何度繰り返し見ても危なっかしいです! 先輩は今、懸垂やウェイトなど、3rdステージをクリアするために特化したトレーニングをしているみたいですが、それでは1STステージの沼に嵌りますよ!」
初対面の印象はどこへやら、俺を叱咤するように熱弁を振るう小塚さん。
どうやらこの子、サスケに対する情熱が半端じゃない。
「いいですか? ここを先輩のように確実に攻略している選手はですね――」
そこから、小塚師匠による身体の使い方講座が始まった。
先ほどまでの借りてきた猫のような慎ましやかな彼女とは打って変わって、今は鬼の形相で俺に対して指導を行っている。
まさか、小塚さんがこんな熱血キャラだったとは予想外だ。
その後も、小塚さんの松○修造バリの熱弁は止まらず、1STステージのクリアボタンを押すところまで、俺の協議に対する各エリアの指導が入った。
「以上です。明日以降これをしっかり意識してトレーニングすること。いいですね?」
「は、はい……畏まりました」
気づけば、後輩先輩の立場が逆転している。
今は俺が弟子で、小塚さんが師匠だ。
「小塚さん、一旦落ち付こうか。俺の悪いところは十分わかったからさ」
「いえ、まだ駄目です。完全制覇するためにも、こんなところで満足してはいけません。次は2ndステージの改善点を説明していきますので、映像を飛ばしてください」「は、はいぃぃぃ……」
結局この後、小塚さんによるサスケ指導講座は、陽が沈むまで続けられるのであった。
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