第12話 自己採点

 無事に共通テストの模試試験も終わり、いつもの日常が戻ってきた。

 俺はいつものようにスポーツウェア姿に身を包み、河川敷をランニング。


 昨日は試験が終わった後、彩音に見つかってしまい、マックで強制的に連れていかれ、彩音自身の自慢話を散々聞かされた。

 聞いた話によれば、彩音はTikT○kでフォロワー十万人を超える人気TIkT○krなのだそう。

 一分程度のショート動画を定期的にアップしたり、ライブ配信を行ったりして活動しているとのこと。


 俺の存在は、コラ画像を使ったショート動画が大量に流れてきて知ったらしい。

 まさか、動画で流れてくる本人が模試の会場で隣になるとは、思っても見なかったであろう。


 彩音も彩音で、クラスでは浮いている存在らしく、あまり親しい友達がいないとのこと。

 まあ結局のところ、寂しさを紛らわすため、いい暇つぶし相手として気に入られたというわけだ。

 夜遅くまで付き合わされ、彩音は話したいことを話して帰って行ったというのが、昨日の出来事。



 俺は急斜面になっている堤防を駆け下りて、河川敷沿いにある公園へと辿り着く。

 公園内にある鉄棒に両手を掛けて、早速朝の懸垂を始める。手すりのある場所で懸垂を始める。

 それから、一気に堤防を上がっては下がってを繰り返す。

 この堤防、斜面が急なこともあり、1STステージのそびえ立つ壁の練習には好都合なのだ。

 ランニングをしてやってきたのも、タックルで足が疲労困憊である状態を想定しての事。

 日常の場所で、どれだけサスケに向けたシュミレーショントレーニングが出来るかどうかが、カギになってくる。

 そびえ立つ堤防を五回ほど登り終えた所で、慶悟は一旦堤防の上に大の字に倒れ込む。

「はぁっ……疲れた」

 朝からいきなり高負荷運動はかなりきつい。

 けれどこれも、すべては完全制覇の為。

 南央を超えるには、こうするしかないのだ。

「にしても、もうちょっと褒められてもいいんじゃないのかなぁ……」

 南央のウィンターカップ制覇のせいで霞んでしまっているけど、サスケでサードステージ進出って、確率的にはかなり凄い事なんだけどなぁ……。

「一人ぐらい、テレビを見てくれてて、ファンになってくれてもいいのに」

 そんな独り言をぼやいていた時だった。

「あの……佐野慶悟さんですよね? この前サスケに出場していた」

 唐突に名前を呼ばれて、慶悟は勢いよく起き上がる。

 慶悟の視線の先にいたのは、ちょこんと可愛らしい姿をした女の子だった。

 サイドテールに結んだ髪の毛。顔は小さく童顔で、小柄な体格をしている。

 胸元に手を当てて、緊張した様子でこちらを見据えてくる目はクリッとしており、庇護欲をそそられてしまう。

 慶悟ははっと我に返り、その女の子に向かって声を上げる。

「う、うん。佐野慶悟です」

 答えると、女の子はぱぁっと表情を明るくした。

「やっぱり! あのっ……私、この前放送されたサスケを観て感動したんです」

「えっ……それってつまり……」

 慶悟が唖然としていると、女の子はバッと手を差し伸べながら頭を下げてきて――

「よかったら、私と握手してくれませんか!」

 そう言ってきた。

 突如目の前に現れた、慶悟のファンだという女の子。

 慶悟は当然、嬉しさのあまり頬が緩んでしまう。

「も、もちろんだよ」

 そう言って、慶悟は彼女の手をぎゅっと掴んであげる。

「あっ……」

 すると、彼女は目をぱちくりとさせ、顔を真っ赤に紅潮させる。

 なんだか、一気に人気者になった気分で、慶悟の顔はさらに緩んでしまう。

「えっと……俺の活躍を観てくれてありがとう。これからも頑張るから、応援してくれると嬉しいな」

「はい! もちろんです!」

 彼女の返事も健気で、すごくはきはきとしている。

 慶悟は、サスケに出場した効果をようやく実感していた。

 嬉しさのあまり、目元が涙で歪んでしまう。

「えっと……君、名前は?」

「あっ……失礼しました。えっと、私は小塚雛っていいます」

「雛ちゃんか……よろしく!」

「はい、よろしくお願いします」

「にしても、どうしてこんな朝早くに?」

「そのぉ……実は私、忍高校一年なんです」

「あっ、そうだったの⁉」

 まさかの後輩登場に、驚く慶悟。

「それで、ずっと声を掛けようと思っていたんですけど、中々勇気が出せずにいたんです。そしたら、河川敷で朝からトレーニングに勤しむ先輩をたまたま部屋からお見掛けしまして……。あっ、私の家そこなんですよ」

 そう言って指差した先には、二階建ての一軒家が立っていた。

「そうだったんだ……」

「あのっ! 先輩!」

「ん、どうしたの雛ちゃん?」

「私に何か手伝えることはありませんか? 先輩はまた次回のサスケに向けてトレーニングをしてるんですよね?」

「えっ……まあ、そうだけど」

「それなら、私にもお手伝いをさせてください! 私、先輩の完全制覇してる姿、是非見たいんです」

 雛ちゃんから告げられた、完全制覇という言葉。

 慶悟が今最も欲している目標である。

「気持ちは嬉しいよ。でも、雛ちゃんに手伝えることかぁ……」

 慶悟は顎に手を当てて思案する。

 実際問題、サスケのトレーニングは走り込みだったり筋トレだったりが中心になって来るので、雛ちゃんみたいな少女に手伝ってもらうとなると、限られてきてしまうのだ。

「あっ、そうだ!」

 すると、雛ちゃんが何か妙案が思いついたように手をパンっと叩いた。

「この手がありました! 私、先輩のお弁当を作ってあげます!」

「えっ、お弁当⁉」

「はい! 身体づくりはトレーニングも大切ですけど、必要な栄養素が何よりも大切だと聞きました! 私が先輩に栄養ある食事を作ってあげれば、先輩の身体もさらに鍛えあられてパワーアップするに違いありません!」

「で、でもそこまでしてもらうのは流石に申し訳ないというか……」

「心配無用です。こう見えて私、料理は得意なので」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

 雛ちゃんは既にやる気満々と言った様子で握りこぶしを作っているけど、出会って十分も満たない人にお弁当を作ってもらうのは、流石の慶悟でも気が引けるのだ。

「早速今からお弁当作りますので、お昼休み楽しみにしてくださいね!」

「あっ、ちょっと!」

 雛ちゃんは聞く耳を持たず、踵を返して猛ダッシュで家へと戻って行ってしまう。

「嵐のような女の子だったな」

 でも、慶悟は自身のファンが身近にいたことが嬉しくて、ちょっぴり浮ついている自分もどこかにいる事を密かに思っているのであった。

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