第9話 試験会場に現れたギャル

 絶対に避けては通れないテストがそこにはあるんです!

 一月の第三土曜日。

 今日は、全国共通テストの試験日。

 俺が本番を受けるのは来年だが、今自分の実力がどのぐらいであるのかを試すため、各予備校で全国共通テストの模擬試験が行われる。

 過去のデータを参照して、同一レベルの試験を、本番さながらの状態で受けることが出来るという模試。


 俺が受けるのは、【いつやるの? 後ででしょ!】で有名な、某通信制個別予備校の模擬試験を受けることになっていた。

 もちろん、南央と生徒会長も、同じ試験を受験する。

 家からほど近くにある通信制個別予備校の校舎へと向かうと、大学生のアルバイトと思われるスーツ姿の青年に案内されて、横一列に並んでいるパーテーションで仕切られた学習机へと座り込む。

 辺りを見渡せば、様々な高校の生徒たちが模擬試験を受けに来ていて、校舎内は色とりどりの制服姿の学生達で埋めつくされていた。

 俺はカバンの中から受験票と筆記用具を用意して、いつも通り試験が始まるまで、程よい緊張感を維持するため、英単語帳をパラパラと捲って英単語の復習を行う。


 模試開始の時間まで、あと数分を切った頃。

 俺の隣の席に、息を切らした一人の女子生徒が駆け込んで来る。

 ちらりと隣の様子を窺うと、オレンジ色の派手な髪色をしたギャルだった。

 ばっちりメイクで、今から試験を受けに来たとは到底思えない雰囲気を醸し出している。


「あっつ……」


 オレンジ髪の女子生徒は、急いできたためか、身体が火照ってしまったらしい。

 着用していたブレザーを脱いで椅子に掛けると、さらにその下に来ていた水色のセーターまでをも脱いでしまう。

 常夏かなと勘違いしてしまうシャツ一枚という薄手の格好になったかと思えば、カバンから下着気を取り出して、シャツの内側へ風を送っている。

 隣なので、ほのかに柑橘系の香水の香りがかすかに漂ってきていた。



 ちらりと隣を盗み見ると、身体を冷ますため、片方の手で第二ボタンまで開けられたシャツを摘まんで扇ぎ、もう片方の手で、下敷きを手にして顔に風を当てていた。

 扇ぐたびに乱れるワイシャツ越しから見える、水色のブラと谷間が見え隠れしている。

 いくらギリギリに来たからって、無防備にもほどがあるだろ……。

 ギャルの無神経っぷりに呆れていると、不意に視線がこちらへと向けられ、目が合ってしまった。

 俺はすぐさま視線を机に戻す。

 しかし、時すでに遅し。

 オレンジギャルは、隣からジトリとした熱い視線を送って来た。

 恐る恐る視線を戻すと、にやりと悪い笑みを浮かべたオレンジギャルの笑みが目のまえに広がる。

 俺は思わず、仰け反り帰ってしまう。


「なっ……な!?」

「にっしっしー。びっくりした?」


 どっきり大成功とでもいった感じで、白い歯を見せて笑うオレンジ髪の女子生徒。


「ねぇねぇ、アンタさ、アーシのブラガン見してたっしょ?」

「……見てないっすよ」


 本当は見えていたけど、俺は嘘を吐いた。

 万が一、ここでセクハラで訴えられたりしたら、試験を受けられないかもしれない。

 それだけは、何とも回避しなくてはならなかった。


「別に怒ってるわけじゃないってば。ただ、ちょっと感想が知りたいだけだから」

「感想?」

 俺が首を傾げると、オレンジ髪の女子生徒はにやりとした笑みを浮かべながら耳元で囁いてきた。


「アーシの事見て、勉強出来ないバカだと思ったっしょ?」

「そ、そんなことはないけど……」


 すいません嘘です。

 見た目に命かけてる、勉強しない系ギャルだと思ってます。


「ショージキに答えてって」

「ま、まあ……わざわざ模試の為だけに、そこまで化粧してくる必要はないとは思った」

「だよねー! アーシもそう思う」


 自覚があるならメイクしてこなければよかったのに。

 そしたら、時間ギリギリにわざわざ駆け込んでくる必要もなかっただろうに。


「でもさ。アーシ、結構周りでは知名度高いって言うか? いわゆる人気者なんよ。だから、手抜けないってワケ」

「は、はぁ……」


 彼女の言っていることが良く分からず、俺は有耶無耶な返事をすることしか出来ない。


「それではこれより、全国共通テスト模擬試験を開始いたします」


 とそこで、試験官の人が声を上げたことで、俺とオレンジギャルとの会話はそこで途切れる。

 俺は身体の向きを机の方へと戻し、目を閉じて精神統一を行う。


「ねぇ……ねぇってば」


 すると、トントン、トントンと横から肩を叩かれる。


「なんだよ……もう試験始まるぞ」


 俺が渋々応対すると、オレンジギャルは申し訳なさそうにしながら手を合わせてきた。


「ごめん、筆記用具忘れちゃったから、シャーペンと消しゴム一つずつ貸してくれない?」

「はぁ⁉ ったくアンタは何しにここに来たんだよ」


 今日ここに模試を受けに来た人の中で、筆記用具をすべて忘れた人は、恐らく彼女しかいないのではないか?


「受験票は入れたんだけど、メイクに時間取られてたら忘れちゃったみたいで……」

「ったくしょうがねぇな。ほれ」


 俺は机の上に予備として置いてあった、シャープペンと消しゴムを手渡してあげる。


「ぷはっ……消しゴムに名前書いてあるんだけど、ウケる」

「なんだよ、悪いかよ?」

「別に悪くないけどさ……って、ん? 『さのけいご』って、どこかで聞いたことある名前な気が……」


 俺が貸してあげた消しゴムに書かれている名前をじっと見つめていると、不意にオレンジギャルがはっとした顔をする。


「佐野慶悟! お前もしかして、あの佐野慶悟か?」

「いや、どの佐野慶悟だよ?」


 全国に佐野慶悟さんが何人いるかは知らないけどさ。


「あれだよアレ!確かどっかのテレビでやってる、アスレチック攻略的な奴に出てた」

「あぁ、サスケの事? その佐野慶悟なら、間違いなく俺のことだな」

「マジ⁉ あの佐野慶悟なの⁉ えっ、マジウケるんだけど!」

「いや、なんでウケるんだよ……」


 笑う要素どこにもないだろ。

 まあでも、認知されているのは単純に嬉しいけどね。


「でもなんか意外だな。あぁいう男のロマンみたいな番組、アンタみたいな奴が観たりするんだな」

「いや、違う、違う! 番組自体は見てない」

「はっ……?」


 What? 

 じゃあなぜ俺の名前を知ってるの?


「もしかして、アンタ知らないの? この前テレビでアンタが魅せた跳躍が今TikT○kでめっちゃバズってるんよ」

「はぁ⁉」


 ちょっと待って、どういうこと!?

 俺が知らない所でバズってるって意味が分からないんだが⁉


「ほら、これこれ」


 オレンジギャルは素早くスマホを操作して、こちらへ画面を見せてきてくれる。

 そこに映っていたのは、3rdステージの難関エリア。

 ク○イジーク○フに挑戦しようとしている俺の映像。

 反対側へ飛び移りをしようとしたところで、まるでパチンコのような演出で俺の姿がグリーンバッグで綺麗に切り抜かれたコラ画像が次々に表示される。


「な、なんじゃこりゃ⁉」


 知らない所で、俺がフリー素材として出回ってるんだけど⁉


「言っとくけどアンタ、高校生界隈で知らない奴いないからね? うちの学校でも凄い人気者だし」

「ま、マジでか⁉」

「マジマジ! ってか、本人が知らないとか逆に何でって感じなんだけど」

「いや、俺普段からSNSとかやらないからさ」


 小さい頃からサスケ一筋で、周りの目など気にしていなかったから、そういう今どきの流行などにめっぽう疎いのだ。

 もちろん、南央ライバルの情報は逐一チェックしていたけどね。


「ふぅーんなーんだ。バレないようにそんな根暗スタイルにしてんのかと思ってたのに」

「むしろコッチが素だよ。そっちは人前に出る時だからちょっと頑張ったの!」


 サスケに出た時は、髪を整髪剤でガッチガチに固めていたのだ。


 あぁもう! 

 恥ずかしい黒歴史をこれ以上暴露しないでくれ!



「ってわけで、シャーペンと消しゴムお借りします! このお礼は、後で身体で払うね♪」

「なっ……⁉」


 そう言って、オレンジギャルは大胆に胸元を開き、その豊満な谷間を見せつけてくる。


「いや、そういうの本当にいいんで」

「ほんとにぃー? とか言って、本当は興味津々だったり?」

「しねぇっての!」


 思わずかっとなって、大きな声を上げてしまう。


「こら、そこの二人、もう解答用紙が配られてるんだから静かにしなさい」


 試験官に叱られてしまい、俺とオレンジギャルはしゅんと背中を丸くする。


「あはっ。怒られちゃった♪」

「誰のせいだと思ってるんだよ」

「めんごめんご。とにかくありがと、あとでケツで返すから♪」

「はいはい、適当にしてくれ」


 ってか、ケツで返すってどういう意味だよ?


 もう考えの止めよう。

 関わっているだけで気疲れしてきた。

 俺は、こういうグイグイくるタイプが苦手なんだ。


 オレンジギャルは、ようやく自身の机へと身体を向けてくれた。

 俺は一つため息を吐いてから、身体の向きを机へと戻す。


 なんだか、試験前にどっと疲れてしまった。

 とにかく今は、目の前の模試に集中しなきゃ。

 今回の模試は、凜花との勝負が掛かってるんだから。


 俺は心を整えるために、目を閉じて集中モードへと入り直そうとする。

 だがしかし、目を閉じた暗闇に浮かんでくるのは、先ほど見てしまった、オレンジギャルの艶めかしい谷間の光景で――


 いかん、いかん! 

 何を考えてるんだ俺は⁉

 煩悩を振り払うため、ぶんぶんと首を横に振った。


 俺の元に試験官から解答用紙と問題用紙が配られる。

 用紙が全員に行き届き、辺りが一層静まり返った。

 腕時計の秒針を見つめながら、深い呼吸を繰り返して、試験開始の合図を待つ。

 そして、秒針の針が頂点へ差し掛かったところで――


「それでは、試験を始めてください」


 試験官から、試験開始の合図が発せられた。

 直後、室内から一斉に試験問題を開く音と、シャープペンで名前を記入する音が連動して木霊する。

 俺もそれに同じく、解答用紙に試験番号と名前を記入してから、問題用紙を開いて社会科目の問題を解いていく。



 ◇◇◇



 よしっ……順調だ、順調。

 最初の四択問題から、勉強している範囲の問題が出題され、俺はウキウキ気分で次々と回答用紙へ答えを記入していく。

 大問二まで解き終えたところで、ちらりと隣の様子を窺ってみる。

 オレンジギャルは先ほどのへらへらとした様子とは打って変わって、真面目な様子で試験に取り組んでいた。

 ただ相変わらず、シャツのボタンを開いたままで、前かがみの姿勢になっていたため、横乳が覗いている。

 俺は咄嗟に視線を戻して、目の前の試験問題へと集中し直すことにした。

 しかし、見てしまったのが最後。

 それ以降も、問題を解き終えるごとに、頭の中でオレンジギャルの谷間がフラッシュバックしてしまい、中々集中が続かないのであった。

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