第6話 憩いの場

 授業が始まっても、南央の元には、休み時間ごとに生徒が続々と現れ、祝福の声やサインを求める人で溢れかえった。


「はぁっ……なんでこうなっちまったんだ」


 迎えた昼休み。

 南央の元を訪れる人が絶えることはない。

 そりゃ、一躍有名人へと成りあがったのだ。

 人気になるのも無理はない。

 けど俺だって、一応テレビに出て活躍したというのに、この雲泥の差は何なんだ……。


 あのぉ、一応メディアに取り上げられた人、ここにもいますよ?

 心の中で訴えかけてみるものの、俺のことなど見向きもしない。

 この圧倒的知名度の差に、俺はどんどんと気持ちが落ち込んできてしまう。


「ダメだ、ここにいると病みそうだ……」


 教室で弁当を食べるのを諦め、俺は教室を後にして、とある場所へと向かうことにした。



 昇降口で上履きから外履きへと履き替えて向かったのは、プールサイド横にある花壇。

 俺は花壇の縁に座り、一人寂しく弁当を開いた。


 今は冬真っ只中、外でわざわざ弁当を食べようとする生徒など誰もいない。

 俺は一人で黙々と弁当を平らげて、花壇の縁に弁当箱を置くと、そのまま花壇と校舎の間にある、何のためにあるか分からない謎の鉄製の棒に手を掛けた。

 

 そして、俺は食後の懸垂を始める。

 学校内でどこかトレーニングできるところはないかと探した結果、ここに辿り着いたのだ。

 陰キャの俺にとって、密かにサスケのトレーニングに励む格好のスポットである。

 日課となっている懸垂トレーニング五十回を進めていると、どこかから盛大なため息が聞こえてきた。


「全く、何度注意したら気が済むのかしら?」


 顔を後ろに向けると、そこには一人の女性生徒が、腕を組みながら仁王立ちして俺を睨み付けていた。

 俺は、鉄製の棒から手を離して地面に着地する。


「あーあ。相変わらず厳しい生徒会長さんだこと」

「うるさいわね。これが私の役目なの。学校の風紀と秩序を守るため、問題行動をしている生徒を注意するのは当然の役目なの」


 そう言う彼女の名前は、橘田凛花たちばなだりんか

 忍高校で生徒会長を務めている、同学年の女子生徒だ。


「別に俺、問題行動起こしてないだろ? ただ懸垂してただけだし」

「それが問題行為なのよ。懸垂するなら鉄棒を使いなさい! どうして校舎の骨組みを使う必要があるわけ⁉」

「あっ、これ骨組みだったの? 初めて知ったわ」

「見れば分かるでしょ⁉ 全くもう……どうしてあなたはパッとしない見た目をしているのに、そんなにトレーニング馬鹿なのかしら」


 凜花は、呆れた様子でこめかみを押さえてしまう。


「でも骨組みなら、人一人ぶら下がったぐらいじゃ、びくともしないよね?」

「万が一という事があるでしょ?」

「大丈夫、もし壊したとしても、老朽化が進んでたんだなって分かって、学校側としても改修工事が出来るから、一石二鳥でしょ」

「あなたはああいえばこういう……どうしてそんなに捻くれているのかしら?」

「俺ってそんなに捻くれてる……?」

「えぇ、そりゃもうねじりパン並みにぐるぐるひん曲がってるわよ」

「どうして例えがバン?」


 俺が不思議そうに首を傾げると、凛花はコホンと一つ咳払いをして、話を本題へと戻した。


「とにかく、トレーニングするなら正式な器具を使ってやりなさい」

「うーん……と言われてもなぁ……うちの学校、鉄棒ないもん」

「別に懸垂意外にも、トレーニングの方法はあるでしょ? 走り込みだったり腕立てとか、物を使わなくても体一つで出来ることはたくさんあるはずよ」

「まあそりゃそうなんだけどさ。やっぱ学校にいる時が一番捗るんだよねぇー」

「言い訳無用! 全く……あなたにはもう少しお説教が必要なようね。放課後、生徒会室に来なさい。分かったわね?」

「へーい」


 凛花は、言いたいことを言い終えると、踵を返して去って行ってしまう。


「あーあ。面倒ごとが一つ増えてちまった」


 俺は独り言をぼやきながら、雲一つない空を見上げる。

 こんな空は青々としているのに、俺の心の中はどんよりとしていて、晴れる気配がまるでない。

 一体、いつになったら俺は、南央に勝てる日が来るのだろうか?


 一生訪れそうにない日を夢見ながら、俺は再び骨組みを掴む。

 凜花の指摘を無視して、懸垂トレーニングを続けるのであった。

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