第十話 母親失格?
時が経つのは早いもので。
「え~っと、そんでもってこの葉っぱと鉱物を十対一の割合で混ぜる、と」
俺が爺の弟子になってから、二年の月日が経過した。
「んでもって水三滴いれて――」
爺の事を師匠と呼ぶと、「学長と呼べ」と言われるので、今はそう呼んでいる。
あの日、二つ返事で爺の提案を飲み込んだ俺は、毎日爺の講義を受けたり、彼から出される課題をこなしている。
「これをこねて丸薬にするべし、ね」
今日の課題は毒消しを調合することだ。
魔法はいくらねだっても教えてもらえない。何でも、魔眼を開くには幼すぎるのだそうだ。
まぁ、ごもっともだな。
「おーし出来たぞ!」
丸薬の入ったすり鉢を持って、正面玄関を出る。最近、爺は外にテーブルと椅子を出して、紅茶的飲み物を嗜んでいるのだ。全く贅沢な老後ですこと。
「できた!」
俺はテーブルにすり鉢を置いた。爺はティーカップを置き、俺の作った丸薬を摘まむ。
「・・・」
そして匂いを嗅いだり、日の光に照らしたりしてじっくりと観察している。さぁ、どうだ?
「・・・まぁこんなものだろう」
「よっしゃ!」
爺の評価は、下から順に 駄目・やり直し・アドバイス・こんなもの・良し、となっている。だから爺の まぁこんなものだろう は、結構な誉め言葉なのだ。俺は上機嫌ですり鉢を抱え厨房に走る。
「今日はどうだった?」
「合格だって!」
母さんがなにかしら料理を作っているみたいだ。今日の昼飯の内容が気になったので、俺はフライパンの中身を覗きこむ。
「良かったな」
母さんが俺の頭を撫でてくれる。ふむふむ、猪の肉を焼いている様だな。
「あれ、髪が伸びてきたな。飯が済んだら切ろうか」
「うん、おねがい」
俺の髪の毛は紅色というべきか、深い赤色をしていて、どうやら生みの母親も赤い髪をしているらしい。そうそう、母さんの金髪ドレッドは地毛なんだそうだ。やはり異世界、髪の毛すらファンタジーだ。
肉が焼けるのを待っていると、厨房のドアが開かれた。
「小僧、年はいくつになった?」
不意に爺が俺の年齢を尋ねてきたが、そういえば自分の誕生日は知らないし、お誕生日会も開かれたことは無い。この世界の風習では誕生日を祝わないのだろうか。
「三歳と半年ほどです」
俺の代わりに母さんが答えた。
「そうか、誕生日の祝い事をやっておらん様子だったので気付かなかったが、もう三つになっておったか」
あるの?誕生日祝い。俺は母さんの顔を見上げる。表情が無い。手元を見やると、フライ返しが肉の下に半分入った状態で止まっていた。このままだと肉が半分だけ焦げちゃうぞ母さん。
「その様子、忘れておったのか?まったく・・・」
母さんの顔からみるみる血の気が引いていく。そして――
「この愚か者めが」
膝から崩れ落ちた。
「母さーーーーーーーん!!!」
「ジェット、私は母親失格だぁ・・・」
「だぁから良いって、気にしないでよ!」
城の厨房にあるテーブルで、俺と母さんはいつも和やかに食事を楽しんでいるはずだが、今日は死ぬほど重苦しい空気が流れている。
母さんは半分焦げたイノシシ肉をモソモソと食べながら呟く。
「・・・やはりわたし「何回目だよ」うぅっ」
こんなに動揺する母さん久しぶりに見たな。俺が魔眼欲しさに暴走した時以来、いやあの時より酷いかもな。
爺は食事をとらないので、紅茶を楽しみながら読書と洒落込んでいる。彼の魔法使い然とした容貌と相まって中々絵にはなっているが、この空気を打破する手助けは望めなさそうだ。つか飯食わないのになんで居るんだこの人。
「そうだジェット!何か欲しいものは無いか!?」
母さんが前のめりになって聞いてくる。情緒が不安定だ。
うう~ん、今の俺の興味はもっぱら魔法関連だが、そういった本は爺に貸してもらえる。今日の課題のような知識も爺の教えで事足りてしまう。おもちゃが欲しい年齢でもないし、俺としては面倒見てくれてるだけで十分だな。
「いつも色々してくれるから、それで十分だよ。ありがとう」
「ジェットぉ~、しかし、それじゃ・・・何かないか?何でもいいんだぞ!?」
情けない母さんはこれ以上見たくない、ここは嘘でも欲しい物を言っておくべきだったか。
「小僧」
関係無いオーラ出しまくっていた爺が不意に俺を呼んだ。
「なんですか?」
「可愛気のない態度を取るな。見ろあの情けない顔を。素直に欲しい物を言ってやれ」
爺の辛辣な物言いが聞こえているのかいないのか、とにかく真剣な面持ちで俺を見つめる母さん。
「・・・魔眼」
「なに?」
「一番欲しいのは魔眼だけど、母さんに用意できないでしょ?他は別に興味もないから」
母さんは今にも泣き出しそうな顔をしている。はっきり言い過ぎたか?ああ、母さんの目から光が失われつつある。
「私が母親?フッ、所詮は使い捨ての軍人崩れに過ぎないクセに、思い上がりも甚だしい。馬鹿だ私は、何してんのよほんとに・・・」
キャラもぶれ始めて来た。あれ?今、軍人って言ったか?
「母さん軍人だったの?」
「ええ、といっても大した、んん?なんで知ってるんだ?」
「笑止ここに極まれり、であるな」
「学長、はっきり言ったら可哀そうだよ。じゃあ母さんさ、強いの?」
爺はいつも直球だ。母さんは訳が分からないといった顔をしながら俺の質問に答えた。
「んぁ、まぁ、副部隊長は任されていたぞ?」
「学長、それってどんぐらい強いの?」
母さんは卑屈になってしまっている様なので当てにならん、ここは爺に聞いとこう。母さんは、どーせ私じゃあてにならないか、フッとかぼやいてるが無視だ。
「役職で個人の強さを量るのは愚か者の所業だ小僧」
へいへいすいませんね。爺は言葉を続ける。
「王都に少女より強い者は10人いるかいないか、といったところだ。状況によっては儂以外には負けぬやもな」
え、マジで?母さんメチャクチャ強くねぇ?それに負けない爺さんは何者なんだ?
しかし、良い情報が聞けた。
「母さん、お願いが出来た!」
母さんの瞳に少しだけ光が戻った。
「な、なんだぁ」
「魔法以外の戦い方教えて!剣とか、そんなの!」
母さんはきょとんとした顔をして、目をぱちくりさせた。
「それで、いいのか?」
「貴様にそれ以外なにができる」
「た、確かに」
母さんはイソイソと姿勢を正した。
「これでも血煙という物々しいあだ名をつけられたぐらいだ、力になるぞ!ジェット!」
「よ、よろしゃす」
なにその二つ名、怖い。
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