第十一話 ジェットはナイフを手に入れた
「さぁジェット、食事が終わり次第早速稽古だ!」
どうやら母さんは元気を取り戻したみたいだ。それ自体は良いことだと思うが、なんだか現金というか何というか・・・。
「そういえば学長はなんで厨房に来たんですか?」
「気にするな。気まぐれだ」
そう言われても気まぐれで食事の団欒を楽しむ人には思えないな。あ、まさか母さんが狼狽えるところを楽しもうとして・・・いや、それはもっとないな。爺さんはそこまで他人に興味が無いだろう。
「行くぞ!」
母さんが厨房の外から、顔だけこちらに覗かせて急かしてくる。
「ちょっと待ってよ!」
残り少ない昼食をかっこんで、俺は急いで母さんの後を追いかける。
城を正面から見て左側に位置する尖塔、そこには大量の武器が格納されているのだ。
「これは柄が短すぎる、これは重いな、うーむ」
母さんは「私が良い武器を見繕ってやるぞ!」と息巻いて俺を塔に連れて来たが、3歳児が振るうための武器がそうそう見つかるわけもなく、どうやら雲行きが怪しい様子だ。
まだまだ見つからなさそうなので、俺はほとんど入ったことのない尖塔をじっくり見渡してみる。
部屋の形状は円形で、天井に一つだけ灯りがある。盗賊のアジトと言われたら信じてしまいそうな雰囲気なのは、武器が入った樽や棚が所せましと置かれているせいだろうか。入れ物が無かったのだろう、母さんの背丈を超える大きさのクレイモアが壁に立てかかっているが、誰が使うんだ?
「ここの裏側とかに、落ちていないかな」
クレイモアがひょいっと持ち上げられた。母さんなら使えそうだ。
「お、良いのがあった」
あるんかい。
母さんの手には両刃のナイフが握られていたが、どうにも形状が妙だ。持ち手が平べったく、横に広い。そしてトイレットペーパーの芯を縦に割ったように湾曲している。あれじゃうまく握れないだろう。
「どうやって使うの?」
「手の甲や腕に括り付けて使うんだ、実際に装備すれば分かりやすいな」
母さんは俺の右腕を取り、持ち手を俺の手の甲に押し当て、ナイフと一緒に落ちていた包帯で巻きつけていく。
「指が飛んだ剣士が同じような武器を使っていたな」
おっかない事を呟かないで頂きたい。別に俺は誰かに勝つためではなく、自分の身を守れればと思って指導をお願いしたのだ、強さを追い求める人生などまっぴらだ。
「どうだ、振れそうか?」
母さんから何歩か離れて、ブンブン振ってみる。手に直接括り付けている分、重心が手元に近い。これなら武器に振り回されることは無さそうだ。手が小さいので柄が手首まで来ているし、手の甲の横幅いっぱいを覆っているが、湾曲した形状がフィットしてそこまで違和感がない。
「ただ振るだけなら大丈夫そう」
母さんは頷くと武器を持たずに外に出ていこうとする。
「母さんはいらないの?」
「大丈夫だ」
まぁ、本人がそう言うなら何も言うまい。俺も外に出る。
塔から10mほど歩いたところで、母さんが俺の方に振り返った。稽古が始まるのだろうか。
「よし、斬りかかってこい」
「ええ!?」
「大丈夫だ、まず当たらんし当たっても切れん」
前に身体強化魔法を見せてもらった時、爺は顔を思い切り殴られたのに平気そうだった。
しかし、だからといって刃物でも大丈夫だとは思えないぞ。
「ん、見なければ信用できないか」
母さんが俺の前でしゃがみ、ナイフが括られた手を掴み、
「ずぶり」
自分の首に刃を突き刺した。
「うおおお!?」
「ほら、大丈夫だろ?」
「う、うん・・・」
分かっちゃいたけど、実際に目の当たりにすると奇妙だ。薄皮一枚貫通することなく、刃が止まっている。
俺が感心していると、母さんは手を放しすっくと立ちあがった
「さぁ、殺す気で来い。急所も切っていい」
いつもは優し気な母さんだが、今は剥き出しの刃のような、無機質な冷たさを感じる。
(これはマジになんなきゃな・・・)
俺は無意識に右半身を一歩後ろに下げ、両手を顎の辺りまで上げていた。いわゆるファイティングポーズだ。
「うらぁ!!」
思い切り右手を突き出す。狙いは下腹部。
しかし、母さんは半歩後ろに下がるだけで避けてしまう。
(思ったよりスピードがでねぇ!)
ナイフの重みで拳にスピードが乗らない。右手を引き戻すが、腕を顎の位置に挙げたままだとすぐに疲労が溜まってしまいそうだ。
俺は右腕をだらりと下げた。同時に右足をさらに後ろに置き、背中を丸める。そして左手を顎の位置からこめかみの位置へ。
母さんは腕を組みながら俺の挙動をじっと見つめている。
(余裕ぶっこいてん、な!)
内腿めがけて右腕をフック気味に振り上げるが、母さんは右足を引き、半身になってかわした。
「うぁ゛!!」
右斜め前に踏み込みながら右腕を振り下ろす。また半歩ステップバックされる。
「こんの!」
右手を振り上げる、と見せかけて、右足で母さんの足を踏みつけた、
「やるな」
と思ったが、突然母さんの前足が引かれ、俺は思い切り地面を踏みつけた。い、意外といてぇ。
「・・・こんにゃろ」
「おっと」
やけになって右手を母さんの足の甲に突き出したが、容易にかわされる。
「この」
「おっと」
またかわされる。
「ふっふっふ、やはり私に剣を当てるなど百年はおおおっと!」
左手で拾っておいた石を顔面向けて投げた。ついでに両足の靴をかかとを踏んだ状態にしてある。
石を投げられのけ反った母さんめがけて右足、左足の順に足を振り上げ、靴をすっぽ抜けさせた。
「ん」
のけ反ったまま靴を片手でキャッチしやがった、俺の不意打ちフルコースが・・・バケモンかよ・・・。
「もう終わりか?」
言った本人はちょこっとからかっただけのつもりだろう。しかし、三歳児に煽り耐性は無いのだ。
「穴だらけにしてやらぁ!!!」
「どこでそんな言葉覚えたんだー、ダメだぞ、そんな言葉遣い!」
「っせんだよコラァ!!!」
「もっと踏み込まないと当たらんぞー」
「クソダラァ!!」
「ハァ、ハァ、マジ、かよ」
「あ、た、れ!!!」
西日が差し込む厨房で、アルバーンはまだ読書と紅茶を楽しんでいた、いや、どうやら最後の一ページを読み終わった様だ。そっと本を置き、紅茶のお代わりを淹れるためティーポットの取っ手を握る。陶器でできた黒いティーポットで、底の部分と蓋に金色の装飾がなされている。
彼は、ジェットとかいう馬鹿なんだか賢いんだか分からない小僧が、お気に入りのこのポットを「綺麗だけど中二くせぇっすね」と評したことを思い出しながら、琥珀色の液体を黒と金のティーカップに注ぐ。
すると厨房の窓から、豊かで趣深い文化人的な時間を邪魔する、下品な言葉が飛び込んできた。
アルバーンは紅茶を啜り、呟いた。
「やはり血は争えん、か」
下らない礼節など仕込むだけ無駄。そう思っていたアルバーンだが、考えを改めようという気が鎌首をもたげ始めた。
「アラドヴァルよ、貴様の子は三つになったぞ」
彼以外の誰もが居なくなった厨房の中、虚空に向かって独り言つ。
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