第四話 名前

ガチャリ、と女が重厚な扉を開く。俺たちが部屋に入ると、部屋の壁と天井に付いている灯りがともった。天井のはシャンデリアチックでお洒落だ。壁のはランタンみたいだな。


しっかしハイテクで便利な世界だ、これが魔法無しのリアル中世だったら俺はどうなっていた事だろう。きっと、初めてのお使いがロウソクになったりするのだろうな。


部屋の右奥にはダブルサイズのベッドがあり、その手前に椅子と大きめの机がワンセット、卓上には水差し一つとコップが4つ。左奥にクローゼットも見える。


俺はベッドに優しく寝かせられた。女は椅子を俺の前まで引っ張り寄せ、足を開き前傾姿勢でどっかりと座った。座り方はやんちゃだが、改めて正面から見ると知性を感じる顔つきをしている。顔のパーツは全体的にやや大きめで、どこか寂寥感や虚無感を感じさせる雰囲気をまとっている。


女は俺の頭をそっと撫で始める。お、部屋に入ったときは見えなかったが、入り口から左に数歩行ったところにも扉があるぞ、トイレだろうか。


「フッ、母親役か、親のいない私にできるかな・・・」


女は自嘲的に呟いた。そして微笑みながら呟き続ける。


「全く難儀な役目をくれたなぁ、あいつは。お前は父親に似るなよ?フフ」


俺の父はそんなにおかしな人間なのだろうか。しかし、そんな男と子供を作った母親はどんな人なんだろう。俺と共にいないということは、もうこの世にいないのかもな。・・・あれ、眠くなってきた。撫でられて眠るとか少し恥ずかしいが、まぁ、赤ちゃんなのでしか、た、ない。


「すぴー・・・」






・・・はっ、寝落ちしちまった。部屋が薄暗くなっているな。俺を気遣って灯りを調節してくれたのだろうか。


「さて、もう聞きたいことは無いか?」


「はい、色々とお世話になります」


爺が椅子に、女がベッドに座っているのが薄明りの中に見える。


そういえば、爺はこの部屋にくるって言ってたっけか。どうやら俺がスヤスヤしているうちに女が爺に色々と聞いていたようだ。


「良い、些事に過ぎん。それに貴様が赤子の世話をするのだろう?」


「ええ」


「赤子の名は」


「ああ、この子の名前は」


ほう!かっこいいのがいいな!


「ジェットです。ジェット・シュヴァルツェンバッハ」


「ほう・・・」


俺とセリフかぶってんな、爺。うーむ、悪くない響きだ。なんか音楽家っぽい苗字だな。


爺が立ち上がりながら俺の名を聞いた感想を言い始める。


「あの小娘の息子か。アラドヴァルの馬鹿垂れにしてはマシな土産を寄越したな」


少しだけ愉快そうだ。


俺の母親は有名人なのだろうか。そして父親はバカなのだろうか。なんか嫌だな。爺は俺の名前、恐らく名字を聞いて俺の母親に思い当たったんだろう。てことはこの世界では苗字を母親から貰うのがしきたりなのか?いや、父親に姓がないのかもしれない。


「知っておられるのですね」


「多少の情報は手に入るようにしてある」


爺は俺の方へ歩み寄ってきたので、反射的に寝たふりを開始する。


「あの小娘の中間名はヴァレリーだったか?」


「ええ」


「では、アルバーンの名を授けよう」




爺さんの名前、アルバーンて言うのかな?上から目線に中間名を頂き、光栄の至りにございます。




「しかし、よろしいのですか・・・?」


「そこまで変わった名でもなかろう、心配することは無い」


爺は俺の顔を見下ろしながら言う。


「それに、儂に似た方がまだ赤子のためになる」


爺は扉に向かって歩き出す。親父はどこまでヤバいやつなんだ。


「これから暫くは顔を合わせないだろう。ではな」


出て行ってしまった。同じ城に住むのに顔を合わせないとなると、まさか子供部屋おじさんなのか?


女が困ったような笑みを浮かべて、俺の頭を撫でてくる。


「・・・挨拶をする時間もくれないな、あの方は。なぁジェット、私はこの先、アルバーン様と仲良くなれるかな?」


知ったこっちゃねぇな。寝たふり寝たふり。


「フッ、そもそもお前と仲良くなれるかな・・・」


そう言うと女は俺の隣に横になる。


しかし、明日が億劫じゃない夜は久しぶりだ。ぐっすり眠れそうだ、赤ちゃんらしく、な。

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