第三話 私、お城で暮らすのが夢だったの!
人影が手と思わしき部位をかざすと、城の扉は独りでに開いた。いや、独りでではないのだろう。あの人影が魔法とやらを行使したのだ。
中に入るとまず、正面の大きな階段が目に入った。玄関から階段までは、少なくとも20m~30mは離れている。階段をしばらく登ったところに、石板だろうか。高さ5m、幅3mほどの大きな板がある。灰色と黒がマーブルになっていて、ぐにゃぐにゃした文字のような何かが、板いっぱいに横書きで彫り込まれている。階段は、その板が立っているところから二手に分かれる構造になっている。
(でかいな、なんだろあれ)
俺がその板に目を奪われ取り留めのない感想を抱いていると、こちらに節くれ立った手が向けられた。影ではなく、手?ハッとして顔を向けると、そこには、長い白髪に長い髭の老人が立っていた。髪の毛の手入れはしていないのか、ボリューミーな仕上がりだ。某魔法魔術学校校長を想起させる風体だが、背筋は伸びているし、ガタイはかなり良い。ただ者じゃないのは見て取れた。俺の視線を感じ取ったのか、彼の金色の瞳が俺をとらえた。思わず身をすくめてしまったが、それに対し特に反応を見せず、老人は女の方に視線を移した。
「じっとしていろ、邯コ鮗励」
女の服についた泥や水滴が見る見るうちに剥がれ、吸い取られ、泥水の球になって扉の外におざなりに投げ出された。
うーむ、これが呪文、というやつなのだろうか。全く何を言っているのかわからん。これじゃ俺は魔法使いになれなさそうだ。
「ありがとうございます」
「掃除夫はおらぬ故」
「は、はい」
今のは、この城に掃除夫は居ないから、泥が付けば自分で掃除しなければならない。ただ汚れないように対処しただけで、お前を気遣ったわけではない、ということだろうか。端的が過ぎるな、この爺さん。
俺にできることは無さそうなので、さっきまで暗くて良く見えなかった女の顔を、斜め下からまじまじと見てみる。
髪形は、金髪のドレッドヘアにバンダナを巻いてオールバックにしている。バンダナはオレンジ色で、青色の刺繡が複雑な形に施されている。西洋人のような顔つきで堀が深く、肌の色は白い。しかし金髪ドレッド女か、中々良い趣味してるぜ。電車やバスで隣の席には座るのはごめんだがな。
「貴様らは階段の左手に見える部屋を使うのが良いだろう。階段奥と右に位置する部屋、そして二階以上の階には入るな。後は文字通り好きに使ってくれて構わぬ。」
爺は一息にそう言った後、何も言わず階段の方にすたすたと歩いて行った。女はそれに対して目で追うことしかできないようだ。そして、階段の右の部屋のドアノブに手をかける。あれ?そこは入っちゃダメなんじゃ?ああ、自分の部屋に他人を入れたくないってことか。しかし、右の部屋に行くなって、気軽に質問もできやしないぞ。
シャンプーとボディーソープ、どっちか分からなかったらどうすればいいんだ。
爺が部屋に入り、ドアを閉めようとすると、女が声を掛けた。
「あの!」
「案ずるなよ、少女よ。一時間後そちらへ向かう」
やや食い気味にそう言ったら、ドアをバタンと閉めてしまう。
女が俺の顔をゆっくりと覗き込んできた。少しだけ困惑している様に見えたが、ほとんど素の表情だ。堂々としているな。俺ならもっと動揺が顔に出てしまうぞ。俺の保護者には頼もしくあってほしい、その調子でお願いします。
心の中で勝手に頼んでいると、女は微笑みながら「少し休もうか」と言ってきたので、俺は取り合えず「あぅ」と言ってみた。
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