第2話 隠し部屋

勇者の仕事の一つ、他国との戦いや魔獣に襲われた村の復旧や負傷者の治療をボランティアで派遣された勇者候補数名が定期的に行う。

今日はボランティアの担当の日でたった今遠方の村から馬車で帰ってきたところだ。

現世では教室で1人で入ることが多かったミサリに村の子どもたちは大歓迎してくれて、仲良くなって似顔絵付きのお手紙までもらった。

最初はこんな日常が一生続くのかと思ったけど、勇者になれてよかったかな。

兄弟がいなかったからお姉ちゃんなんて呼ばれて嬉しかったし。

帰る時も別れを惜しんでくれて馬車が見えなくなるまでいつまでも手を振ってくれていた。

馬車の中で滞在していた村の方を見ながら思いを馳せていると、あっという間に王都に戻ってきた。

城の前に止まった馬車から降りて、自室に戻る途中それを眺めながら歩いていると、


「そんなもの見せびらかして、優等生アピールはやめなさいよ。」

「俺たちが貰えなかったからって嫌味かよ!」


またカースト上位グループに絡まれる。最近はセトが近くで目を光らせてくれていたおかげかあまり絡まれなくなっていたけど。


「そんなつもりは、」

「ないっての?こんなものっ!」

「あ!」


手紙をビリビリに破られてしまう。


「そこで何をやっている!!」


大きな声で騒いでいたため城門近くにいたカナデが駆けつけてきた。


「やべっ、騎士団の人だ。」

「あ、あんたが悪いんだからね!チクったりなんかしたら許さないんだから。」


カナデが近づいてくると、慌てて全員逃げていく。


「ミサリさん!大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫なのですが……」


奴らの手によって破られた手紙が地面に散乱していた。


「これは、ヒドい。」

「どうしよう……」

「これ、預かってもいいですか?」

「え、はい?」

「少しだけ時間をください。必ずお返しします。」


カナデに手紙を任せて王城に入る。

悪口とか嫌がらせには慣れていたつもりだけど、久しぶりに自分が落ち込んでるのがわかる。

せっかく貰った手紙、子どもたちの笑顔を思い出して瞳が潤む。

じっとしていては嫌な方向に思考が傾いていく。

とにかく歩いて気を紛らませないと、カナデを信じて待とう。

そうして王城のだだっ広い廊下を歩き続けていたら行き止まりに来てしまった。突き当たったのが一見何の変哲もなさそうな行き止まりの壁。

無心で歩き続けていたせいか勇者たちが主に生活している塔からはだいぶ遠いところまで来てしまっていた。

その突き当たった壁を見て違和感を感じた。

頭がおかしくなりそうなほど真っ白なタイル壁を見続けていたから逆にわかった違和感。


「ここだけ微妙に色が違うような……?」


誰かが白は100色あるみたいなことを言ってた気がするけど、あながち間違いではないかもしれない。

一箇所微妙に白がくすんでいるようなタイルがある。

それに無意識に手を伸ばしていると背後から声を掛けられる。


「お嬢さん、これからお茶でもどう?」

「あ、いや、それはちょっと……って、」


振り返ると白い軍服に身を包んだ金髪隻眼といういかにも二次元のイケメンが立っていた。いや、セトか。


「ミサリ1人でこんなところに来て、危ないよ。不用心じゃない?」

「だ、大丈夫ですよっ、この通り無事ですし?」


言えない。気を紛らわせるためにこっそり散歩していたなんて。


「ふーん?」

「セト…?」


初めて見た美人の怒り顔は普通の人の何倍も迫力がある。

セトは怒った顔のまま近づいてきた。タイルに触れていたレティシアの手に手を重ねる。


「え、ちょっと、セト何して、」

「しー、静かにして。」


慌てていると、優しく押されゆっくりと触れていたタイルが奥に押し込まれていく。

すると音もなく壁だったところに扉の大きさほどの空洞が現れる。

セトはそこに向かってミサリを押し入れる。


「へ……きゃっ!」


倒れるように中に入り込めば、そこは王城の端っことは思えない広さの空間が広がっていた。

一般的な平屋の家の中みたいな生活出来るほどの場所があった。


「……ここは?」

「ここは隠し部屋。この空間だけはどことも繋がっていない。どれだけ暴れようが騒ごうが誰の助けも来ないよ?」

「いたっ…え?セ、セト?」

「例えばこうして、私にこんなことされたらどうするの?」


いつの間にか近くにあったベッドに押し倒されていた。

ミサリが起きようと腕に力を入れてみたが、逃げれないようにセトがしっかりと手首を捕まえていてピクリともしない。


「セトは無理やりなんてしないでしょ?」

「そんなこと、わかんないよ?それに私じゃなくたって、私以外にこういうことされる可能性だってあるってわかってる?」

「セト、聞いてください。」

「……。」

「セト。」

「……なに。」

「セトは、私の事を心配しているのですか?」

「……そうだよ。だからサボりたくなったら私もサボるから、ちゃんと教えて。」

「それはサボってない人が言うセリフなんですけど。……わかりました、サボる時はセトに言います。これで機嫌直してくれますか?」

「……仲直りのハグしてくれたら、いいよ。」

「ふふ。はい、仲直りさせてください。」


手首が自由になったので、そのまま両手を上に広げる。


「それも私以外にしない方が、いいと思う。」

「え、何ですか?」

「綺麗だよ、ミサリって言ったんだよ。」

「はあ?!」


セトが倒れた拍子に乱れた私の前髪を直しながら言うものだから、何だか恥ずかしくなってほんの一瞬だけ耳元に届いた声色はくすぐったくて温かかった。

それから2人でベッドに並んで寝転がる。

何故だろう、セトが近くにいると安心する。


「……私、点数稼ぎしてるみたいでしょうか。」


安心するとつい、心の声が漏れてしまうらしい。


「それは誰が言ったの?……まさか私の隊員ではないよね?」


珍しく真面目に会話してくるセトにこっちが戸惑う。


「いえ、まあ身内の話みたいなものですけど。」

「……そう。騎士団のことなら私に言ってくれたら全て何とかするから。」


騎士団といえば勇者たちに手柄をとられまくって勇者をよく思っていない人が多いらしい。

王宮で騎士団と鉢合わせした時はみんなバチバチだった。

でもセトはいつだってそんな気は一切感じない。

「セトは、勇者が嫌いですか?」

「嫌ってなんかいないよ、こっちは楽させてもらってるんだから。他の奴らはよくわかんないけど、いつも助かってるよ?」


そう言って頭を撫でてくれた。

いつの間にか我慢してものが自然と頬を伝って流れていく。


「でもミサリは少し頑張りすぎかな?そういう子ほど早く潰れていってしまうから。」


どこか寂しそうな顔をして、すぐ悪戯を思いついた子どもみたいな顔になる。


「私の前だけでも悪い子になってもいいんだよ?」

「……え?」

「お取り込み中のところ失礼します、王国第3騎士団セト隊長様、勇者ミサリ様。」

「?!?!?!」

「あれ、チアちゃんじゃん。」

「……チアちゃん?」


突然の新たな来訪者に驚く。てか、完全に誤解を招く感じだけど?!

慌てて起き上がろうとするミサリをセトが腕で邪魔をする。

本格的に暴れ始めたミサリに不服そうに体を退けてくれるセト。

ベッドの端に立つとすぐにチアという人が跪き自己紹介を始めた。


「ミサリ様初めましてー、第4騎士団副隊長のチアでーす。どうぞチア、とお呼びくださいねー。」


チアと呼ばれた人は見た目は何ていうかギャルだ。ギャルがいる。

ピンクの髪が眩しい。毛先はちゃんと巻いてあるし、ネイルも可愛いのしてるし。

騎士団は隊長や副隊長クラスになると顔もトップクラスじゃないといけないんだろうか。


「あれ、第4騎士団が何の用?」

「全くこんなところでサボるのセト隊長くらいだし。今日は第3と第4で合同演習があるって決まってましたよー?。隊長がサボる部屋でも口説く部屋でもないんですからねー。」

「……やっぱり入ったらマズい部屋なんじゃ?」

「あれ、ミサリ様知らない?ここ王族しか入ったらダメなとこ。知ってるのも王族と各隊長と副隊長ぐらいなんですよー。」

「えっ!やっぱりマズい部屋じゃないですか?!」

「大丈夫だよ。間違えて入っちゃったことにすれば、人間一回くらい間違うことあるし。ミサリは勇者なんだからその辺緩いと思うよ。」

「勇者に緩すぎる。」

「ミサリ様はいいとしてー、隊長は報告書確定ですよー。」

「え、チアちゃんなんとか黙っててくれない?美味しいスイーツの店奢るからさ。」

「えー、まあいいですよー。」

「助かるー、カナデと違ってチアちゃんは物分かりが良くて助かるー。」


この2人の会話ふわふわしすぎている。軽い、非常に軽い。


「でもさすがにメイドも知らない部屋なので乱れたベッドもお2人で直してくださーい。」

「はーい。」

「はーいじゃない!!やっぱり何か誤解してるっ!!」

「さ、もうすぐ演習が始まっちゃうんで、早めにお願いしまーす。遅れたらまた隊長から説教ですよ?」

「スカーレットに?それは面倒だな。てなわけでごめんね?この埋め合わせは後日するから良い子で私の帰りを待っててくれる?」

「えっと、はい?」

「セト隊長ー、口説いてないで早く行きますよー。ミサリ様、この部屋のことは内緒でお願いしまーす。最悪バレたらセト隊長の名前を出せば何とかなるはずですから。私は先に行って隊長を宥めておくのでお早めにー。」

「チアちゃん、またまた助かるー。」

チアは急足でその場を去る。

「あ、そうだ。これ。」

「?!これって、さっき、」

「カナデから話を聞いてね。ごめんね、カナデも私も壊すのは得意なんだけど。」


手渡されたのはさっき破られた手紙だった。


「いえ、セトたちが悪いわけではありませんから。」

「それでも、その場で守ってあげられなくてごめん。」


セトが直してくれた手紙をよく見ると、破られて細かくなってしまった全ての髪の欠片にびっしりとテープが貼られている。

見かけによらず不器用なのか所々テープが飛び出ている。


「修復魔法が得意な子が今日は非番だったから応急処置したんだけど。明日頼んであげるよ。」

「いいえ、このままでいいです。」

「え、そう?でも変だよ?」

「いいんです、これで。セト、ありがとうございます。」


ミサリがセトに向かってお礼を言うと、目が大きく開かれた。

セトは少し赤くなった頬を隠すように背中を向ける。

今日はセトの色んな顔を見れた気がする。


「……じゃあ、行くから。気をつけて部屋に戻るんだよ?よくわからない人にはついて行ったらダメだからね。」

「ふふ、いいから早く行ってください。」

「ミサリ、またね。」


セトはチアを追って颯爽と去っていった。

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