第3話 姫様
あのサボり事件があってからセトが近くにいない時は自室でゆっくりするようにしている。別にセトにお願いされたからとかじゃなくて、他に友達とかいないし、することがないだけだから。考えてて虚しくなってきた。
それにセトの事を考えると気が重い。
セトは何を思っていたのだろう。考えても答えが出ないことを永遠に考えて落ち込んでる自分が滑稽だ。
そんな時、自室の扉がノックされた。セトだろうか。
少し期待してしまっている自分と今は会いたくない自分が頭の中で葛藤している。
ゆっくりと扉から顔を覗かせると、
「ミサリ様、応接室の方へ至急来ていただきたいのですがよろしいでしょうか。」
セトじゃなくてミサリ付きのメイドだった。
なんだかいつもより緊張した面持ちで尋ねてくる。
断られることを恐れて私の顔色を伺っている。これは断ろうにも断れない雰囲気だ。
「わかりました。どちら様からの呼び出しでしょう。応接室ということですが、制服で大丈夫でしょうか?」
「は、はいっ!相手はここではちょっと……制服で大丈夫だそうなので!すぐにご案内します!」
どうやら言えないほどの人物ということは限られてくる。
何を言われるのだろうか、もしかして私があまりにも役に立たないから追放するとか?!
覚悟を決めて軽く身なりを整えてからメイドの後ろをついていく。
少し歩くと、他より装飾の豪華な扉の前に案内される。
扉の両サイドには屈強な衛兵が立っている。
「こ、こちらになります。では、私はこれでっ!」
「あ、ちょっと!!」
逃げるように早足で去っていくメイドの後ろ姿を見送る。
衛兵の視線を感じながら扉の前で深呼吸をする。
気持ちを落ち着けていると、ゆっくりと扉が開く。
「来たか、ミサリ。入るがいい。」
「……失礼します。」
高いが落ち着きのある声色で促される。
中に入ると、豪華な1人がけのソファーに金髪ツインテールの美少女が座っていた。
「わざわざすまないな。此度の件は妾の責任じゃ、重ねて謝る。」
「え、えっと…?」
私は何故、美少女に謝られているのでしょうか。
3日前、その日もいつものように勇者同士で食堂で朝食をとっていた。
最近はセトが現れず静かな朝。別に寂しいわけではない、断じて。
まあセトにも仕事はあるんだろうし、こんな時もあるよね。
少し物足りなく感じているのは気のせいだと信じてる。
そんなことを考えながら黙々とご飯を食べていると、王様が現れた。
「勇者の皆よ、よく聞いてくれ。ここに召喚されてから早、半年が経とうとしている。王城での生活も慣れてきた事だろう。そこで、これより我が国の王位についての話がしたい。勇者の皆にも関係のある話だからよく聞いてくれ。」
この国の王位は王位継承権のあるものとその騎士団の優劣を競い、最も優秀な主に次期王位が与えられるらしい。
「目の前に並んでいるのは王位継承権のある王子や王女たちだ。この者たちの誰か所属の騎士団に入り、研鑽を積んでほしい。順番に自己紹介せよ。」
王様の隣にずらりと並んだ美男美女、合わせて6人。どの人も見目麗しい。すでにクラスメイトはヒソヒソ誰がカッコいいだの、可愛いだのと話込んでいる。
セトたちは、王族の護衛役として後ろに控えている。目が合うと微笑んでくれた。
私の周りから歓声が上がっている。
「この他にも王子が2人いるのだが、自ら王位継承権を放棄した者たちだ。争い事が嫌なものはそちらの騎士団に志願するといい。」
王位継承権ってそんなに簡単に放棄できるんだ。
そっちがいいかもしれない。争いに巻き込まれたくないし。
「もちろん勇者側の志願で決まることもあるし、王子王女自らがスカウトに行くこともある。よく考えて所属を決めるように。わしからの話は以上だ。」
その宣言があってからはずっと派閥の話で持ちきりだ。
それから2日が経ち、
「みんなどこの騎士団から勧誘された?」
「私たちは王都より田舎の方がいいし、第8騎士団希望出してるんだー。」
「私なんて勧誘はされたけど第10騎士団の第6王子よ!王位継承権だと下位も下位。頼りないし、騎士団も軟弱そうだし、周りの私の扱いだって……」
「エリカたちなんてあの第1王子のとこなんでしょ?未来の王様のところはいいわよね。」
「まあ私とアルは愛し合ってるからね!ダイスケのとこの王女様はどうなのよ?」
「いやまじ天使。可愛すぎな!俺が魔物から助けてやったらカッコイイって、あれは惚れてるな。」
特にこういう話が好きそうなカースト上位人はその自慢で盛り上がっている。
聞いていて良い気分はしない。
ご飯も食べ終わったし、ほんの少しだけあの能天気な奴の顔が見たくなってきた、と柄にもなく思ってしまった。
今日はもう自室で本でも読んで過ごそう。
いつまでも盛り上がっている元クラスメイトたちは放っておいて食堂から出る。
豪華な赤いカーペットがどこまでも伸びている長い廊下を歩きながら自室を目指す。
その途中でふと窓から下を見ると中庭にセトがいた。
何だ、今日はご飯も食べずにサボってたのかと目線を逸らそうと思ったらセトの向かいに何やら高そうなドレスを着た令嬢らしき人と話をしているようだ。
何の話をしているんだろう。てか距離が近くない?二人の様子が気になって視線は逸らせずそのまま二人を見つめ続ける。
「なっ!」
数分動かなかった二人だったが、突然令嬢の方からセトに抱きついたのだった。
思わず声が出てしまった。
その瞬間セトと目が合った気がした。
慌ててしゃがんで身を隠す。
なぜ隠れてしまったんだろう。心臓が飛び出そうなほどドキドキしているのがわかる。いつものドキドキじゃない、胸の奥が冷たい。
もう窓の方は一度も見ずに自室まで走った。
どれだけ全力で走って息が乱れようが、体は冷たいままだった。
自室に帰ってすぐ、ドアをノックする音が響く。
「ミサリ、入ってもいい?」
「……」
久しぶりに聞いたセトの声。今セトは扉の向こうにいる。
嬉しいはずなのに、ベットに潜っている体が動かない。
こんなに扉までが遠く感じたことはない。
あんなところを見て逃げた私を追いかけてきてくれたのだろうか。
今まで通りのセトに何だかまたモヤモヤし始める。
私のところだけに来てたかと思ったら他の人にも同じことしてたんじゃないか。あの人は誰なのだろうか。あの後どうしたんだろうか。
聞きたいような聞きたくないようなことが頭の中をぐるぐる回る。
返事もせずにしばらくいると、足音が聞こえて次第に音が遠ざかっていく。
いつもなら勝手に入ってくるのに。珍しくあっさりと帰っていくセト。
その日は全然眠れなかった。
次の日、貴族と勇者たちのパーティが王城で開かれていた。
パーティとは名ばかりで貴族たちは自分たちが応援している王子王女に相応しい勇者候補を吟味する場のようだ。
様々な嘘や隠された欲望が言葉で飛び交い、はり付けた笑顔が仮面にしか見えない。
目の前の状況にめまいを覚えながら人混みを避けて近くの壁に体を預ける。
そこでセトの名前が聞こえたので耳を澄ませてみる。
どうやら昨日の噂話のようだ。勇者候補の吟味に飽きたご令嬢が世間話を始めたのだ。
セトが話していたのは侯爵令嬢だったらしく、以前から猛アプローチを受けていたらしい。
「その断っている理由がミサリ様にあるって。」
「セト様はエミリア様直属の部下で勇者を確実に手にいれるために籠絡するように命を受けているとお聞きしたことがありますわ。」
「まあ、羨ましいですわー!あのセト様から毎日愛を囁かれるなんて。」
「例え偽りだとしても。」
ミサリが近くにいるのも構わず話し続けている。いや、聞かせているのかもしれない。
ミサリの胸の奥でズキンと音がした。無意識に胸の前で服を握り締めた。
そんなことがあってパーティーが終わった後、なぜか今は美少女に謝られている。
「お主がミサリじゃろ?妾は第2王女、第3騎士団団長のエミリア・ヴェルセルクじゃ。」
美少女じゃなくて王女様でした。
第3騎士団はセトの所属しているところだ。
「ここでは何じゃから妾の私室に来い。ミサリ以外妾についてくるな。妾が呼ぶまで誰も入ってくるでない。」
「「はっ!!」」
エミリアは優雅に立ち上がって後ろにある扉の方に歩いていく。
応接室の奥が私室になっているらしい。
慌ててついていくと、すでにセトが中にいた。
「セト?!」
「ここには衛兵も侍女もおらん、妾たち3人だけじゃ、安心して話を聞き、発言するがいい。何を言うても全て許してやろう。」
部屋の中は高そうな座り心地の良さそうな3人掛けのソファーと1人掛けのソファー、テーブルのみで執務作業の合間に休憩する場所らしく寝る部屋は別にあるらしい。さすが王女。
エミリアが先に1人掛けのソファーに座ってミサリにも座るように促す。
ミサリは促されるまま3人掛けのソファーの端に遠慮気味に座る。
すると何故かセトは主人であるエミリアの傍ではなくミサリの傍に立つ。
それはまるで親から怒られる前の子どものようなしおらしい様子で疑問に思いながらセトを見ると、見つめ返される。姫様の前だからか普段より表情が硬い。
それからエミリアから謝罪された経緯を聞いた。
噂通りセトはエミリアから第3騎士団に所属してもらう勇者候補を選び、その者、つまりミサリを籠絡するように言われていたのは本当だった。
理由は簡単、強い勇者の手綱を握ってしっかりとした結びつきを必要としていたから。
「急に異世界で勇者だと祭り上げられて調子に乗る輩も多い。そういう者には色恋でこちらの思う通りに先導する方が楽なのじゃ。今日のパーティに参加したのならよくわかったであろう?」
「じゃあ、やっぱりセトは、」
「違うよ、ミサリ。」
今まで黙っていたセトが口を開く。
ミサリの正面にしゃがんで見上げている。
その真剣な眼差しは一緒に外出した帰り道の横顔に似ていた。
「妾からもそこは否定させてもらおう。いくら妾の頼みであってもそう簡単に言う事を聞かぬのはお主も知っておるだろう。」
確かに。幾度となく目撃してきたサボりっぷり、副隊長のカナデさんや部下たちが日々それで振り回されているのを見てきた。
「だからすまぬ。公の場では頭は下げれぬからな。これでも王女じゃからな。」
「あ、頭を上げてください!」
「それでは此度の件、許してくれるか?」
「許すも何も、私まだ何もされてませんし。」
「ほう、まだ何もしてないとは?もしやお主、本当に手を出していなかったのか。」
「……もうこの話は、今許されたではありませんか。」
「いいや、事が大きくならぬよう妾が直々に出向いてやったのに手間賃ぐらいくれてもよかろう?のう、ミサリよ。」
「確かに。」
「勘弁してくださいよ、姫。ミサリも。」
エミリアとセトのやりとりを首を傾げながら見守る。
いつも飄々としているセトとは打って変わってエミリアの前では敬語を使い、居心地の悪そうな素振りを見せている。
対してエミリアは真っ白な歯を見せてニヤニヤしている。
また珍しいものを見たな、と、ミサリも少し面白くなってきていた。
「セト、お主が答えないと言うならミサリに根掘り葉掘り聞くことになるがいいかのう。」
「……出来る限りのことはお答えしますよ。」
「潔くて良いぞ、こっちへ来い。」
エミリアは王座のような椅子に座り直し、セトはその目の前に跪く。
ミサリが聞き取れないほどの小声でセトがポツポツと話している。
それをエミリアはずっとミサリの方を見ながらニヤニヤと相槌を打っている。
何をどう話しているのだろう。気になる。
「すまんな。結構軟派な奴だと思っておったが、そうか。」
セトは含みのある言い方にも言い返すことなく主の言葉を聞き流している。
「お主の弱みがようやく握れたわ、これからも妾のために精進せよ。」
「……もったいなきお言葉。」
何か悪いことをしてしまっただろうか。
「何、お主が気に病むことはない。逆に褒美をあげたい気分じゃ。」
顔に出ていたのだろうか、エミリア様恐ろしい人。
「だてに王女をしておらんぞ?」
「私の心の声まで読むのはやめてください。」
「おお、それは悪かったのう。それはそれとして正式に妾の騎士団所属になってくれぬか。」
「……私なんかでいいんでしょうか。」
「ミサリだからいいんだよ。私の好きな人を卑下するのは許せないな?」
いつの間にかこっちに戻ってきたセトは再びミサリの正面にしゃがむと膝の上で握りしめていた両手を指を解くように手を握ってくる。
「ご、ごめんなさい?」
久しぶりの接触に驚いて反射的に謝ってしまう。
「では決まりじゃ。慣わしとして妾の騎士団の紋章がついた物を授けるのだが、」
エミリアがそう言ってドレスに入っている紋章を指しながら話を進めていると、何かを思い出したミサリは制服のポケットからセトからもらったハンカチを取り出して見せる。
「紋章……?もしかしてこのハンカチ?」
「なんじゃ、もう持っておったのか。セトよ、そういうところはちゃっかりしておるのう。」
「お褒めに預かり光栄です。」
ミサリはどういうことか理解が追いついていない。すると見かねたエミリアが説明してくれた。
「その紋章は妾の騎士団のでな、それを受け取ると妾の騎士団所属となって他の騎士団は勧誘禁止という意味のある物じゃ。」
そういえばこのハンカチを使っているところを他の騎士の人に見られた時にすごく驚いた顔をされていたのを思い出した。
「……セト。」
「なに、私の好きな人。」
「そんなこと言っても誤魔化されませんからね!」
「ミサリのこと誰にも渡したくなかったから、少しだけズルしちゃった。許してくれる?」
その困り顔に私は弱いことを知っていてしているとしたらたちが悪い。
「妾たちの諸々の事での詫びでお主の頼み事なら妾が出来る限りのことに答えてやるぞ?」
「では……」
お詫びの話もまとまり、自室に戻ったミサリを見送るエミリアとセト。
「それにしてもお主がなかなか手を出さないのもわかる。」
「もうその話は、」
「それにしても可愛らしいお願いであったな。久しぶりにお主のあんな表情を見たぞ。」
「……それでは私はここで失礼します。」
「うむ、ゆっくり休め。」
「エミリア様。」
「お?何じゃ。」
「あなたも優し過ぎますから、後のことは我々にお任せください。」
「……今度出向く時はカナデも連れて来い。」
「喜びますよ、失礼します。」
「……バカもの。」
女勇者は女騎士に絆される はるまきまき @harumakimaki3333
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