第3話 雨声

 水不足の元凶である町長、ギギーラ達に囲まれたアマギ。

 抵抗する事が出来ず、アマギは屋敷の奥にある建物へと連れ去られてしまう。


「ん、ここって……」


「お前の入りたがっていた場所だよ? 私は明日の用意で忙しいんだ。大切な儀式が終わったら、すぐに処分を下してやる。だからそれまで、この保管庫の中で大人しく待っていて貰おうか」


 ギギーラは儀式場の裏手にあった保管庫の鍵を開ける。そして、中から鎖で繋がれた精霊ウルルを連れ出した。


「……! あの方は……!?」


「ただ盗っ人だ。お前は明日ため、雨を降らせる事だけを気にしておけばいい。でないと困るのは、街の住民なのだからな」


 アマギを見て驚くウルルへ、適当に返事をするギギーラ。儀式場へと連れ去られるウルルを前に、アマギは見ている事しか出来ない。


「さぁ、ぐずぐずしていないで入れ!」


「……分かってるよ」


 手下の見張りに言われるがままに、保管庫の中へと入るアマギ。

 精霊の見えない見張り達は、ウルルの存在に気付いていない様子であった。



 ────────────────────



 ギギーラに捕まり保管庫に囚われたアマギ。

 脱出する術を模索するも手段は見つからず、結局暗闇の中、一夜を過ごす事となってしまった。


「本当にここは、厳重だね」


 差し込む朝日が室内を照らし出す。

 辺りへ積み重なるのは住民から集めた宝の山。しかしここでの価値など無に等しい。


「……ウルルはずっとこの中。か」


 静けさだけが響く空間で、アマギはふと閉じ込められていたウルルの事を思う。


「精霊の姿は普通の人には見えない。あの見張り達もきっと、ただ捧げ物を守っていると信じ込んでいるんだろうね」


 助けを呼ぼうにも声は誰にも届かない。変わらぬ日々の中で変わり続けるのは、窓から入り込む日差しだけ。そんな中、現れたのがアマギとフロロであった。


「ウルル、必ず君をここから連れ出そう。私が。ううん、違う。私達が────」



 差し込む朝日が、ふと揺れる。



「アマギー! 聞こえるっフルかー?」



「……聞こえているよ、フロロ」



 溶け始めた身体を乗り出し、屋根の上からアマギを呼ぶフロロの姿が、そこにはあった。


「フロロ、無事だった?」


「無事なんかじゃないっフル! 急に蹴飛ばされてビックリしてたらアマギが連れ去られて、とっても心配したヒュルよ!」


「ごめんね。フロロの姿を見られる訳にはいかなかったんだ。それで、外はどう?」


「儀式場に人がいっぱい来てるヒュル! 見張り達もウルルの所へ行って、今ならチャンスっフル! 助けに行くから、そこで待ってるフロよ!」


 フロロはアマギを連れ出すため、屋根の上から鍵のかかった扉の前へと移動する。

 フロロが屋根上から飛び降りた直後、差し込む朝日が影に染まっていった。


「儀式が、始まった」


 雨音はすぐさま轟音となり、静かな保管庫内へと轟く。


「なんて悲しい雨なんだろう。まるで助けを求めるような、叫び声みたいだ……」


 雨音は次第に空気を飲み込み、辺りの音を消し去ってしまう。フロロが扉の前まで駆けつける僅かな時間でさえ、この大雨を前にしては遥かに長い時間に思えて仕方がなかった。


 扉を叩く音でアマギは我に返る。早急に扉の前へと駆けつけたフロロ。しかし鍵を開ける事が出来ず、困り果てていた。


「ヒュルー開かないっフロ! そうだ、この大雨を雪に変えて建物ごと壊すっフル!」


「それじゃあ、私ごと潰れちゃうよ」


「ヒュルル……だ、だったら氷で鍵を作って開けて見せるっフロ!」


 建物ごと壊すのはダメだと気づいたフロロは、鍵穴から鍵を作り出そうとする。早速氷の鍵を作り鍵穴に差し込むも、鍵は微塵も動かない。


「フロロ、精霊は勝手に人や物へ干渉しちゃダメなんでしょ。だから氷も効かないし、あの子も抗えなかったんじゃない」


 雨の精霊であるウルルが保管庫から逃げ出せなかった理由。それは人々を見守るため、精霊は故意に地上の物へ干渉出来なかったからであると再認識する。


 ピンチの中で更なる問題。

 固く閉ざされた扉の前で、フロロはただ立ち尽くすしか出来なかった。



 ────────────────────



 嘆きのように振り続ける大雨の中。雨乞いは刻一刻と続き、儀式ももう後半へと差し掛かっていた。


 騒がしかったフロロの声も、雨音に飲まれ次第に大人しくなっていく。

 使命の為に現れた少女と精霊も、権力の前では無力であった。


 しかしアマギは、それでも諦めていなかった。


「……そうだ、フロロよく聞いて。今すぐ酒場へ行って、ある人を呼んで来て欲しいんだ」


 このピンチの上でまだ希望はあった。この街に来てからギギーラに囚われるまでの間。誰と出会い、何を見て来たか必死に思い返す。そしてアマギの頭の中に、ある人物の存在が浮かんでいた。


 アマギが頼み事をしようとしたその時、その人物はフロロの後ろから不意に現れる。


「全く、店を守るためなら、悲しいだけの雨なんて無視して来れたのに。こんなに必死に泣かれちゃあ、つい店を始めた時の事を思い出しちまったよ」


 声に振り返ったフロロに対し、その人物は少しだけ頷く。

 そして扉の向こうで抗い続けるアマギに、恨み節にも似た言葉を口にする。


「私を呼んだのは、アンタ達かい?」


「……いいや、呼んだのはこの雨だよ」


 アマギはゆっくりと、小さく小さく口角を上げ微笑んだ。

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