第2話 パートナー
豪邸の隅で少女と精霊は、声を潜めながら敷地の中を覗き込んでいた。
「屋敷の前には見張りっぽい人が二人。他は見当たらないね」
「町長ともあろう人が不用心っフル」
「それだけ見張りなんて、今は要らないって話じゃないかな」
「どういう事っヒュー?」
「今街に残っているのはほぼ、老人か子供。そして、聞き分けの良いお金持ちぐらい。他はみーんな水汲みに行ってる」
「でもそれは仕方がない事っフロよ?」
何もおかしな事は無いとフロロは口にする。しかし、だからこそこの街の機能は停止しているのだと、アマギは言う。
「うん。みんな仕方ないと諦めているんだ。仕事中以外は少しでも水を確保しないと生きていけない。だから誰かに当たる暇も無いし、雨の精霊が振り向くまでは、愚痴を言いながらでも続けるしかない」
「……オイラたち空の精霊は、そんな事は望まないっフル」
「うん。だからちゃんと、伝えよう。降らない雨の真実を。雨の精霊の気持ちを」
そう言うとアマギは辺りを見渡し、屋敷の裏側へと潜り込む。フロロがはぐれないようについて行くや否や、アマギは一点を指差し、空の精霊に注文をつけた。
「フロロ、そこに氷の足場を作って」
「これだけ乾燥してると、すぐ崩れるっフルよ?」
「大丈夫。すぐ飛び移るから」
「……分かったフローっ!」
フロロは注文通りに次々と雪を吹きかけ、片足が乗る程度の氷の足場を作り上げる。作り出された足場をひょいひょいと踏み抜き、アマギは屋敷から続く、雨乞いの儀式場の上へと飛び移った。
「こんな場所の前にも見張りが二人。いったい何を見張っているんだろうね」
「……居るっフロ」
トーンの落ちた声を聞いて、アマギはフロロの顔を覗く。普段のお調子者の様子とは打って変わって、フロロは仲間の危機を知り、真剣な表情をしていた。
「あの建物の中に、雨の精霊が居るっフル! 早く行くっヒュー!」
「うん、行こう。仲間を助けるために」
儀式場のさらに裏手にある、小さな物置の様な建物。その中から感じる、精霊の気配。
二人はひそひそと、裏の建物に飛び移る。
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「アマギ、こっちフルーっ!」
二人は見つからないように、屋根の上から建物の中へと入れる場所を探していた。
フロロに呼ばれ、アマギは屋根の隅から身を乗り出す。すると、手の届きそうな所に小さな窓が取り付けられているのを見つけた。
「流石にここからは入れない……けど」
「何をしてるっヒュルー?」
「こうやって手を振って、影を揺らせばっ……ほら」
「そこに誰か居るのですか!?」
建物の中から、女性のような声が聞こえた。
アマギが手で影を遮り、窓から入る日差しを点滅させたのに気づいたようだ。
「オイラは雪の精霊フロロっフロ! そこに居るのは雨の精霊っフルね!?」
「は、はい! 私はウルル、この街を潤す雨の精霊です!」
見つけた。やはり雨の精霊は、何か問題に巻き込まれていたようだ。
「ウルルは何でこんな所にいるの? 街のみんなが困っているよ」
「違います、捕まっているんです! お二人にお願いがあります。どうか私を、この中から助け出しては頂けませんか?」
雨の精霊ウルルは、突如として現れた別の精霊と少女に対し必死に助けを求める。
「町長は私を閉じ込めて、儀式を行ったフリをして精霊を呼び出さず、いつまでも雨の降らない状態を作っています」
「そこから雨は降らせられないの? 捧げ物もそこに保管されているんだよね?」
「オイラ達が天気を変えるには、パートナーの存在が必要不可欠だっフル!」
「ええそうです。そして私の今のパートナーは、私を閉じ込めた町長なのです」
「じゃあ、私達はどうしたらいい? フロロの力でこの建物ごと壊そうか?」
「そんな事は出来ないっフロ!」
「……いいえ、私に考えがあります。実は町長は捧げ物を続けさせるため、住民の限界が来る直前に雨を降らせているのです」
「ヒュル!?」
雨の降らない街と呼び声に応えない雨の精霊。そしてそれでも捧げ物を続けるしかない住民達の存在が、一つに繋がる。
アマギが事件の詳細を探ろうとした。しかしそれよりも先に、ウルルは屋根上の二人に対し重要な情報を伝える。
「儀式の有用性を示すべく、雨を降らせるタイミング。恐らく次は、明日です」
────────────────────
ウルルから脱出の考えを聞き、彼女の手助けを行うと決めたアマギとフロロ。二人は屋根から降りながら、具体的な作戦を練っていた。
「アマギ、ウルルが出て来れる時間は雨を降らせる間だけっフル。大丈夫フロ?」
「うん、それは問題無いよ。それよりもフロロ、ウルルの言っていた事は本当に可能なの?」
「フルっ?」
「パートナーの変更だよ。私にはもうフロロが居る。本当に一人の人間が、二人の精霊と同時にパートナーになれるの?」
「ヒュルー……。聞いた事は無いフロ。でも精霊のパートナーは誰でも良いってわけじゃないフル。空の想いを感じ取れる人だけがパートナーに選ばれる。だからこそ、ウルルはアマギにお願いしているんだフロ」
フロロの言葉を聞いて、アマギは思わず黙る。ウルルの願いを聞き入れ、この街に再び水を取り戻すため、自分に出来る事をそっと頭に浮かべる。
精霊のパートナーとして選ばれた者の使命。空の願いを正しく伝えるために、アマギは今一度、自分の役目へと向き合う。
明日の作戦の為、一刻も早く準備を進めなければ。
急ぎ足で屋敷の敷地から出ようとしていた。その時だった。
「そこのお前、止まれ!」
「……見張りの人。どうしてここに」
「おかしな奴が嗅ぎまわっていると先ほど連絡を受けてな。来てみればこれだ」
降りたばかりの屋敷を背に、気付けばアマギは数人の見張りに囲まれていた。
「狙いは奥の捧げ物か。大方明日の下見にでも来たのだろうが、そうはさせん」
「あんなに溜め込んでおいて。ちょっとぐらい良いじゃない。使わないんだよね?」
「いいや、あれは今後のため。街をより良く導くために、貯蓄しているのだよ」
見張りの裏から、威厳ある声と共に豪奢な衣服に身を包んだ男が現れる。
「……誰?」
「フン、やはり余所者か。私はギギーラ。この街の長にして雨の使いとでも言えば、後は理解してくれるかね?」
目の前に立ちはだかったのは、他でもない水不足の元凶。
この街の長にしてウルルのパートナーでもある、町長のギギーラであった。
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