第1章 空を飛ぶ人たち 第5話
ゴミ漁りをする前、エアは農家の家の娘だった。
この国では平凡な、どこにでもいる存在だった。国から土地を借りて耕し、収入の8割を捧げ、配給のきっぷをもらう。残りの2割で自分たちが食べる分と、贅沢ができるとされていた。だが実情は、農民を統治する領主に残りの2割をすべてささげ、わずかな配給と、ときおり領主が開く日常品の払い下げ市でものを買うことができるだけだった。
飢饉などの歳は国庫から穀物が出されるということになっているが、干ばつのせいで何年も不作が続いたときでさえ、一度も国庫が開かれることはなかった。
エアが物心ついたとき、兄は都会から来たらしい貴族の使いにつれていかれた。兄弟のなかでも一番親しくしていた兄と、別れの言葉を言う時間も与えられなかった。
父と母は兄を連れて行った貴族のことを調べ、兄の無事を確かめようとした。兄が去ってから1週間後、今度は父が突然、領主から招集を受けた。
父は都から来た貴族のスパイだと言われ、気がつけば磔にされ、殺されていた。母は自ら命を絶った。残された子供たちが何も考えられずにいる間、隣に住む農民が雇ったらしい盗賊に家を漁られ、わずかにあった余分な服や道具や兄弟と一緒に、エアは売られた。奴隷商人だった。
エアの能力が開花したのはこのときだった。奴隷商人のもとからただ一人だけ逃げ切った。
誰にも気づかれずに素早く動くこと。幼いからわずかに自覚していた。調子のいい日はとくに速く動くことができ、疲れも感じなかった。
姉と弟を助けたかったが、ふたりとも先に売られてしまい、どこへ行ったのかすらわからなかった。エアは体が小さくて力仕事に向かず、やせこけていたから妾にもしてもらえず、最後まで売れ残っていたから。
エアはしばらく姉たちの売られた家をさがしていたが、やがて諦めて城下町へと向かい、城下町をぐるりと囲むようにある、瓦礫が積まれた廃墟で、ゴミ漁りになった。
なぜそんなことを思い出したのだろう。
洞窟で古い布にくるまり小さくなりながらエアは考えていた。
きっと今日の夕暮れの光を見たからに違いない。
そして兄のことを思い出したからだ。
自分よりも強い能力を持っていた兄のことを…。
(もう忘れよう…)
エアは目をつぶり、前にまわりの音を確認した。
怪しい動きがないことを確認すると、エアは少しだけ眠ることにした。
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