第1章 空を飛ぶ人たち 第3話

エアは食堂で夕食を食べた。このあたりでゴミ漁りをして資源を売りさばくキャラバンは複数あり、ギルドを形成していて、市場の近くに食堂や配給所があった。


硬いパン、薄いスープと、冷めた肉の塊、野菜をくたくたに煮たもの。


市場のお店の食事に比べれば見た目は貧相だが、それでも周りよりは食べている量が多いようで、エアは食べている間じゅうずっと、チラチラとした視線を感じていた。

2日ぶりの食事だったので、エアは引換券を1枚まるまる食事に使うことにした。普段は1枚でパンと牛乳と、石鹸などの雑貨を買っている。

エアはできるだけ素早くごはんをかきこんだ。誰かがねぐらまで追いかけて来たら面倒だから。


食事が終わるとエアは自分のねぐらまで、遠回りして帰った。洞窟を利用したねぐらで、エアは何人かの少年と一緒にそこに住んでいる。女は彼女だけだ。それでもこのねぐらは親方が指定したもので、少年たちは同じキャラバンで働いていたから、悪さをされる可能性は低い。


誰も座っていない部屋の隅に、鞄から取り出した布や服など全財産をかぶって、エアは壁によりかかった。

長時間眠ることはできない。ただ目を閉じて休むだけだ。


この仕事を始めてからというものの、エアは1時間以上意識を失ったことはない。何かあれば浅い眠りからいつでも起きられるようにしてきた。それは、ここで生きていくためには必要なこと。


気がつけば大男に襲われそうになったことや、持っていた引換券を奪われそうになったことは何度もある。エアはそれをすべて未然に防いでいた。

その方法といえば、大声をあげて素早く入り口まで逃げる、これしかない。大声で近くで寝ている少年たちが起きるので、彼らが賊を追い出してくれる。仲間とはいえなかったが、運命共同体ではあった。とくに窃盗を追い出すときは全力で戦ってくれるから役に立った。知らんぷりを決めれば次に狙われるのは自分だと皆わかっているからだ。


エアも他の者が狙われているときは戦いに参加した。だがそういうことは少ない。このあたりの盗賊は大抵、女とわかればまず先に手を出す。たいていの女は弱いし、誰かの妾でもやっていなければ、まず一人では生きていけない。エアは誰の妾でもなかったし、部屋のなかでは一番強かった。


だが、別に腕っぷしが強いわけじゃない。

彼女には他の少年たちにはない能力があった。


(よし、外には誰もいないな)


エアの能力のひとつは、遠くの声が聞こえる力だった。

はじめは耳がいいだけだと思った。だが、やがてそれは違うと悟った。遠くの音と、近くの音は、音の感じ方は違うが、音量はほぼ同じ。それに、遠くの音が聞こえるのは調子がいいときだけ。食事ができないときや寝起きのときは難しかった。


今ではこの能力をある程度知っているから、毎晩寝る前にそばで誰かが話していないか、耳をすませることができる。一人でやってくる盗賊を防ぐのは通常難しいが、最近は足音やわずかな息の音も聞こえるようになり、人間だけでなくクマや狼などの野獣の来訪も防ぐことができている。

今日は、わずかながら草をかき分けて進む動物の音が聞こえた。


エア「近くに鹿がいる。クマが現れるかもしれない」

洞窟にいる少年「そうなのか?」

エア「聞こえた足音は軽いし速い。ほぼ間違いないと思うぞ」


エアは自分の能力のことは決して誰にも言わなかったが、生まれつき耳がいいということは多くの人に言って回った。

多少は役に立つと思われていたほうが、生き延びられる確率が上がる。


だが、特別すぎる者の運命は悲惨だ。エアはそれを誰よりもよく知っていた。

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