現在

 ふと、抑えた口調ながら、ほとんど途切れなく続いていたカラノの語りが、止まった。

 家の外から、波の音が大きく聞こえる。


「……最後に、リアと訪れたのは、雨が凍る街だった」


 最後。紙に、書き記す。


「君は知っているか。雨が凍ると白くなって、街全体が白く染まる。音の響き方も変わる。さらに寒い場所に行くと、家の屋根の上まで積もることもあるそうだ。俺は結局、その街の先には行かなかったから、そこまで積もっているのは見たことはないが。……また、話が逸れたか。すまない」

「構いません」

「そこを訪れたのは、ガフミを出てから、二年くらいだ。その街を作った者の生誕を祝う時期だと、近くの街で聞いて。吟遊詩人にとっては稼ぎ時だ。リアの他にも大勢、楽器を弾く者や、大道芸をする者がいた。リアも……散々飲み食いして、街の奴らと、詩を歌った。思う存分、好きなように。俺もあの日は楽しかった。酔ったリアが、何を見ても笑うものだから、街の奴らも芸人たちも面白がって、リアの周りにはずっと、たくさんの人がいた。魔物や人間という区別はなく、あの場には、リアを好きな人しかいなかった」


 聞いたそのままに、書き記す。


「それで、リアと俺の旅は終わった」


 どんな話であっても、聞いたそのままに、書き記す。


「……俺に出来る話は、ここまでだ」


 ヘルメスは全てのことを書き記すことを理念としているが、話し手が口をつぐんだことを、無理に聞き出すことはしてはならないとも定められている。

 書き終わった紙を重ねて、端を揃える。カラノの話を書き留めた紙は、人差し指の第二関節に届くまでの厚みになった。これでも特殊な記法や魔術を用いて、大幅に圧縮されている。

 さらに、カラノが秘密にしたこともある。

 それだけ、この世界は厚い。


「重ね重ね、ありがとうございました」


 家の入り口でヘルメスは深く頭を下げた。カラノは真意の読めない口調で言う。


「もう来ないのか?」


 一度目だけでは話が終わらなかったため、今回で五度目の訪問だった。

 さすがにリアと共に旅をしていただけあって、カラノはもてなし上手で、ヘルメスにとっても悪い時間ではなかったことは確かだが、あくまでこれは仕事だ。


「また、次の方のところへ、お話しを聞きに行かなければなりませんから」

「そう、残念だ。では、せっかくだから、最後に君の話を一つくらい、置いていってくれないか」

「私の、ですか」

「さっき断った、謝礼の代わりとして、でもいい」


 ヘルメスは話をした者に謝礼を渡すことになっていたが、カラノは受け取らなかった。

 今からでも渡して逃げようかと思ったが、先にカラノが言う。


「君の親は、幸せに生きたか」


 嘘をついてしまおうかと、微かに心が揺れた。だが、自分の目から見た本当を、正直に答えた。カラノは呟くように「ありがとう」と言って、ヘルメスに手を振った。

 そして、カラノは消息を絶った。

 その結末を知るものはない。

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