46話 決戦



「ゆーまが襲われてるのに気付くのが遅れたです。ごめんなさい」


 俺はロザリアがいなかったら死んでいたのに、倒壊したビルの中でむくりと起き上がった彼女は開口一番に謝罪をしてきた。


「いやいや! 助かったよ、ありがとう」


「……あれが、敵です?」


 これほどの破壊をもたらした元凶、シバイターを表情一つ変えずに指さすロザリア。そんな彼女に対し、背中からいつの間にか翼を生やしたシバイターが余裕の笑みで俺たちを見下ろしていた。


「あーあ……派手にやりすぎたか。これじゃアキレリア人に気付かれて、すぐ増援も来ちゃうだろうなあ」


「貴方、【巨星喰らジャイアント・いの剛腕キリングシバイター】?」


「そういうお前は千を冠する吸血鬼、【千血の人形姫ブラッディドール】か。うーん、分が悪い? いや元々は討伐対象だったし、やれるなら新参者ごとやっちゃうか」


 シバイターの口調から察するに、やはり吸血鬼は殺すべきターゲットらしい。ワールドクエストがYouTuberに及ぼす影響は大きいようだ。

 というかそもそもシバイターも含め、この様子だと他のYouTuberたちはこの世界で安易に人殺しに手を染めてるのかもしれない。

 マポトさんが無造作に放り投げた女性の頭部は、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。連続殺人の犯人であるなら、あの気のいいアキレリア人を彼は何人も殺めていることになる。


 正直シバイターやマポトさんは常軌を逸しているとしか言えない。

 だからこそ、単純な疑問が浮かぶ。



「シバイター。先輩YouTuberとして教えてくれ。どうしてお前は、こんな殺戮まがいな行為を簡単にできる? アキレリア人をどうして殺す?」


「【炎上奏者ヘイトパフォーマー】————なあ、新参者。俺と一緒にアキレリア人を殺して回らないか?」


「……意味がわからない」


「いやいや、お前をこっち側に勧誘している」


「こっち側?」


 アキレリア人を殺すことに何の罪悪感も抱かないシバイターの態度に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。だがここで激情を発露しても不利だ。

 どうにか感情を抑え込み、相手の真意を聞き出そうとする。



「聞け、新参者よ。自由に好き勝手やろうって話だよ」


「それは自由派閥に所属しろって話か?」


 YouTuberの4大派閥、【まじめ派閥】、【オレオレ派閥】、【中立派閥】、【自由派閥】。うちシバイターが所属しているのは【自由派閥】だったか。



「そんな深い意味なんてない。ただな、【過去に眠る地角こっち】は【未来ある地球あっち】と比べて確実に自由だって話だ」


 シバイターの言葉の裏には【過去に眠る地角クロノ・アーセ】では何をしてもよい、といった認識が透けて見える。こちらにだって各種族の社会が形成されてはいるけど、YouTuberたちはある種の部外者であり、秩序外にある特異点だと言いたいのだろう。


「【未来ある地球クロノ・アース】で生きてて疲れないか? 息苦しいって感じたことはないか? 俺はある」


 確かに……他人の目を気にしながら自分の気持ちを抑圧する日々は生きづらかった。



「それに比べて【過去に眠る地角クロノ・アーセ】は自由だ。そりゃー死ぬかもってデメリットはあるけど、そんなの弱者でなければ問題ない。強者なら何をしてもいいし、思うがままに生きられる。素晴らしいと思わないか?」


「……思うがままに生きれる。なら俺はアキレリア人をこれ以上殺させない道を歩むよ」


 自由だからといって、アキレリア人を絶滅させていい理由にはならないんじゃないのか?

 そんな俺の疑念を読み取るかのようにシバイターは答えた。



「いや、だってさー? 報酬はほしいじゃん?」


「報酬……」


「【世界の声ワールドクエスト】の報酬だよ。アキレリア人を絶滅させれば、神様から強力な権能スキルが報酬として手に入るってやつ」


「それだけのために……」


「大勢の人間を殺すなだって? 地球あっちの倫理を押し付けるなよ、新参者。自由に生きるために、強くなるための一欠片ピースを欲して何が悪い?」


 生き残るためならアキレリア人を殺したって構わない。

 大義名分があるかに見えて、それは横暴以外の何物でもなかった。生き残る方法なら他にごまんとあるはずだし、あえて殺戮って手段を選ぶのは————

 


 シバイターの自由か。



「おい吸血鬼。お前がやってることは無駄だぞ」


「無駄、です?」


 話の矛先がロザリアへと向かう。


「こそこそ何やってるか知らんけど、お前のせいでハラハラ三銃士は死んだろ? アキレリア人を守ろうとしたって、報酬目当てのYouTuberは追撃の手を緩めない。無駄なんだよ」


「そんな事は……ない、です」


「これ以上の犠牲が出る前に死んでおけよ。吸血鬼」


「ここにいるアキレリアの人々は、殺させない、です」


 シバイターが今は亡きハラハラ三銃士を引き合いに出すと、ロザリアはいつも通りの無表情を貫いてはいるけど息苦しそうだ。

 ロザリアを全否定するだけでも許しがたい発言なのに、シバイターは更に容赦ない宣告をぶつけてくる。



「俺が崇める獣神様も、吸血鬼おまえらを殺害対象に指定してんだよなー。二度おいしいってやつ~!」


「……じゃあ、どうしてこんな無駄話を?」


「聞け————新参者」


 シバイターには何か考えがあるのかもしれない。

 そうだ。ヒカリンも言っていたけど、俺は【過去に眠る地角クロノ・アーセ】を唯一配信できる存在。そんな俺を無碍に殺すより、利用しようと考えるのが自然だ。

 次に出てくる言葉は勧誘か、諫言か、甘言か、どちらにせよ緊張感が高まる。



「この無駄話で、お前の変身が解けるのを待ってたんだよ~! どうせその変身権能スキルは時間制限付きの強化バフだろ? これでお前らを簡単に殺せます~!」


 

 ……。

 …………!


 完全やられた……この会話はただの時間稼ぎだったのだ。

 シバイターに指摘されて自分の姿が、おっさんから元の少年姿に戻っていると気付く。俺はすぐさま頭皮に毛髪があるか確認し……やはり【狂喜乱舞:禿げ散り桜】の代償は大きかったと膝から崩れ落ちそうになる。

 だが、今はつるっぱげでも……きっと、失った髪の毛たちは『朽ちぬ肉体』の再生効果で戻ってくるはずだ!

 その一心でどうにかこの場に立ち続ける。



「ねえ、今どんな気持ち~? そんな絶望した顔してどんな気持ち~!?」


 シバイターはその巨体に似合わず、物凄いスピードでロザリアめがけて拳を振るう。ロザリアはぎりぎりでその拳を躱し、反撃のカードを右手の人差し指と中指で挟む。



「【炎上勝法ヘイトキング】————【星を持ちアトラス上げる巨神・アスレイ】」


「地形カード発動————【地獄公の針山胃袋】!」


 両者の権能が発動した瞬間、なぜか目の前に般若の巨大鬼が出現した。小山サイズに匹敵する地獄にいそうなそいつは、厳めしい顔で両腕を組みながらも唸り声を上げ始める。

 苦しそうにもがく原因はすぐに察知できた。

 なぜなら巨大鬼の腹部がボコッボコッと膨張し始め、数秒後には風船がはち切れるようにして爆発したのだ。


 いや、鬼の腹をぶち破って中から血だらけの巨人が出てきたのだ。

 その光景はあまりにもグロすぎて、吐き気を催しそうになる。



「ア゛ア゛ア゛~……マ゛ジがよ゛……」

 

 しかも巨人が喋った。

 よくよく見れば巨人の身体にはいくつもの穴が開いており、そこから止めどなく出血が見られる。もはや全身が穴だらけといっても過言ではないほどの重傷だ。

 しかし次の瞬間、ふしゅーっと泡のようにその巨体は溶け始め、白い煙が立ち上る中からシバイターが現れた。


 どうやらロザリアは、鬼の中に自分ごとシバイターを閉じ込めようとして失敗したようだ。しかし、仕損じたと言うならシバイターの方も同様だったらしい。



「……おいおい、吸血鬼ってのは末恐ろしいな。自分の回復能力を当てに、自爆攻撃もできるってか? 四方八方から針が迫って来る針地獄なんざ、二度とごめんだぞ」


 俺の時と戦ったみたいに蛇のごとく巨人から脱皮したのだろうが、どうやら無傷とはいかなかったようだ。至るところから流血しているのを見るにこれはチャンス。



「……さすが、【巨星喰らいの剛腕ジャイアント・キリングシバイター】、です」


 ロザリアもロザリアで、身体にぽっかりと大きな穴がいくつか開いている。それでも吸血鬼特有の再生能力でどうにか立ち上がろうとしていた。



「ロザリア! 俺だって戦える!」


 今までなんのために精神負荷のキツいアンチ殺しをしてきた?

 この時のためだろう!

 必死に喰らいついてやる。


「では攪乱かくらんを、お願い、です」


「了解! 絶対にこの拳を届かせる!」


 俺はふらふらのシバイターめがけて疾駆する。奴の反応はさっきより鈍かったので、拳をあごにぶちあてられた。


「ガッ……」


「まだまだああ!」


「それヴァッ、こっちの台詞ヴァッ————【流星狼りゅうせいろう光足こうそく】」


 ビュンッと風が鳴ったかと思えば、シバイターの姿は掻き消えた。

 空ぶった拳にたたらを踏んだ俺はすぐさま奴の姿を探す。


『VIP:右斜めの方向である!』

『VIP:おっさん、ビルの方だ!』



 リスナーのコメントを参考に首を巡らせ——————いた。

 崩れたビルの上層に向かって、物凄いスピードで駆け上がっている。そこに並走しようと追いかけるのは回復しきったロザリアだ。


「【炎上勝法ヘイトキング】————【白雪姫と踊る御手ダイヤモンド・ダスト】」


「魔法カード発動、【豪炎神スルト十矢じゅっし】」


 シバイターの肩から二つの腕が生え、その掌からは無数の氷礫がロザリアめがけて吹き荒れる。それらをロザリアは中空でかわしながら、十本の赤い光線を走らせる。

 周囲のビルを凍てつかせ、容易に焼き溶かす攻防が猛スピードで駆け巡る。



「【炎上勝法ヘイトキング】————【荊棘いばら迷宮をうたう魔眼】」


「アイテムカード発動、【岩石王のロック・ザ・玉座スローン】」


 シバイターの両目が怪しく光れば、建物の残骸や地面から茨が一瞬にして生い茂る。そのつたは一本一本が非常に大きく、周辺のビルを覆ってしまうほどの規模だ。どうやらシバイターの視界に入る『生物以外』の物体にいばらを生やす能力らしい。

 竜すら呑み込みそうな棘の森だが、ロザリアの行く手は阻めなかった。

 彼女の足元がボコり、ボコりと山のように盛り上がり、それは巨大な玉座となって茨の大群を寄せ付けない。

 植物による猛攻を避け、不遜にも玉座に腰かけるロザリアを見てシバイターは激高する。



「【炎上勝法ヘイトキング】————【星呼ぶ竜の咆哮】!」


秩序ルールカード発動、【摂理せつり大空と大地の反転グラビディ・インバース】」


 ついにはシバイターの顔面に禍々しい竜の頭が侵食し、その咆哮が辺り一帯に轟く。すると遥か空の上より何かが瞬いたと思えば、いくつもの隕石が飛来した。

 あれはさすがにやばいと本能的に悟る。

 けれど絶望的な破壊が届く前に、更なる異変が起きる。それは俺の身体や、たくさんの崩壊した建物の残骸が空に吸い込まれるように宙に浮き始めたのだ。


 いや、重力が反転したみたいに、俺たちは空へ落ちてゆく・・・・・・・

 地上に落ちるはずだった隕石群も空に引っ張られるように軌道を歪に変え、ロザリアには届かなった。


 この異常事態にシバイターもロザリアも顔色1つ変えずに、逆さまになった世界で不安定な足場を求め、浮遊するビルの残骸に着地。

 俺も2人にならいどうにか足場を確保。


『やばいな……迫力がやばすぎるな』

『圧倒的感』

『VIP:おっさんの出る幕が……』

『下手に割って入っても危なくないか?』

『VIP:瞬間転移で隙を突くのである』


 2人の攻防はもはや神話レベルの光景で、数多の現象がぶつかり合ってはしのぎを削ってゆく。俺もロザリアにどうにか加勢しようとしてもなかなか接近できないし、やっとできた隙を狙って蹴りや拳をぶち当てようとするもこれがなかなか当たらない。



「吸血鬼ってのは神に匹敵すんなあ……こりゃ、奴ら神々も警戒するってもんか。もうちょいMPがあったら上手く戦えんのになあ……」


「それはこっちも同じだ、シバイター」


 MPの残量的に【復讐の執黒官しっこうかん】が使えるのはあと2回だけ。そのうちの1回を発動し、俺はシバイターの背後を突くように瞬間転移して拳を振り抜く。


「ちっ……」


 さすがのシバイターもロザリアを相手にしながらでは俺の攻撃に対応しきれず、確かな手応えを感じる。ワンテンポ遅れて反撃してくるシバイターに対し俺は元の位置に戻る。

 このシバイターに生じたわずかな間隙すきが、ロザリアにとっては大きなアドバンテージとなり、一気に彼女は攻勢を仕掛ける。

 一転してシバイターは防戦一方だ。


 よし、俺でもやれる。俺だってやれる!

 そうして2人の戦いの余波をうまくかわしながら、ここだと思うタイミングを狙って再び『復讐の執黒官』を発動。


 ロザリアの攻撃に気を取られているシバイターの背後へ、完璧なタイミングでの瞬間転移。

 勝利を確信した俺は、がら空きになった奴の背中に何発もぶち込む気概で拳を放とうとする。



「聞け、新参者——」


 瞬間、ゾワリと全身が泡立つほどの悪寒が走る。

 なぜならシバイターの背中が、横に真っ二つに割れたかと思えば、牙の生えた口がニチャリと笑って語りだしたのだ。


「やっぱ突破口を開くとしたら弱点ウィークポイントからってな。【炎上勝法ヘイトキング】——【悪魔を喰らう唇】」

 

 俺が突き出した拳はシバイターの背中に吸い込まれ、ブチリと食いちぎられる。



「ぐあああッ」


「俺がどれだけ巨星ビッグスターを喰らったか知らねえだろ?」


 続いて背中の口から黒炎を吐き散らし、俺の身体を焼き尽くそうとする。もがいたところで、さらに噛みつこうとあぎとを伸ばしてくる。


「お前は新星スターにすらなれねえな」


 あ、これはヤバイ。

 確実にHP以上のダメージを受けて死ぬ。




「————ゆーま、だいじょぶ?」


「かっ、はっ……」


 そんな絶望から救い出してくれるのはやっぱりロザリアだった。

 彼女は身を挺して俺を抱きとめ、どうにかシバイターの反撃を振り切ってくれた。



「ロザリアこそ、手と足が……」


「こんなのすぐ治る、です」


 シバイターに噛まれたのか、彼女の右手と右足はなくなっていた。

 彼女に自分を犠牲するような戦い方をさせたくないと願い、少しでも彼女の隣で戦えるようになりたいと息巻いておきながら結果はこのざまだ。


 俺が足を引っ張り、ロザリアを傷つけてしまった。


 思えばシバイターは俺が背後を突く瞬間を待ち構えていたのだろう。よくよく考えれば一度は奴に見破られている権能スキルに頼るのは危険だとなぜ気付けなかったのか。



「ゆーま、強くなる。経験をつむ、です」


 自責の念を察したロザリアが優しい言葉をかけてくれる。

 全身を焼いた炎の痛みからなのか、ロザリアが即座に励ましてくれた嬉しさからのか、俺は少しだけ目頭が熱くなってしまった。



「あぁ……そうだな。ありがとう」


「僕の一生をかけて、ゆーまの面倒を見るです」



 あはは。少し情けない話だけど、不思議と彼女にそう言われて安心する自分がいた。そういえばどこかで同じような台詞を聞いたことがあったと、記憶を探るも今はそれどころじゃなかった。

 シバイターは俺という足手まといのおかげで生じた決定的なすきを突くように、頭上から暴力的なまでの激昂げっこうを振り下ろす。



「【炎上勝法ヘイトキング】————【月桂樹をローリエ・生む右腕グローリー】!」


 シバイターの右腕が巨大な樹木へと変貌し、その幹は目にも止まらぬ速さで成長する。そのうちの一枝がロザリアの胸に刺さり突き抜ける。

 俺もそのまま大樹に呑まれそうになるも、ロザリアに蹴り飛ばされ難を逃れる。


 

「————【千血に滲む影人形シャドウ・オブ・ブラッディドール】」


 ロザリアは樹木に蹂躙され血しぶきを上げながらも、自らの分身みたいなものを次々と生み出した。彼女の血の一滴一滴が媒介になっているのか、シバイターの追撃を阻むように無数のロザリアが殺到してゆく。


「クソ! 邪魔だ!」


「魔法カードと地形カードを融合ユニゾン————【天座天移てんざてんい天遊郭てんゆうかく】」


 さらにロザリアは樹木のうずに呑み込まれながらも2枚のカードを切った。

 シャランッとこの場に不釣り合いな心地よい鈴の音が響けば、辺り一面に金粉が舞う。祭囃子まつりばやしのようなにぎやかな楽器演奏が流れ、陽気な笑い声や女性のかしましい声が響くなかシバイターは何事かと周囲を警戒する。


 だが、時すでに遅し。

 彼の背後には天に浮かぶ豪華絢爛な中華式の御屋敷が姿を現し、その大きな門戸がシバイターやロザリアの分身ごと吸い込もうとしている。


「ぐっ、なんだこれは!?」


 しかしシバイターはその吸引に抗い、必死の抵抗を見せる。

 もう少し、もう少しというところで一歩及ばない。


 そうだ! ロザリアは————

 ダメだ。とてもじゃないが身動きできる状態じゃない。



「ゆーま、行く、です」


 木に侵食されたロザリアが、か細い声を引き絞る。


 ————そうだ。

 俺が、俺が行くしかない!

 

 シバイターに群がるロザリアの分身の影に隠れながら、空中に浮かぶ瓦礫を足場にして疾駆する。



「クソおおおおおおお邪魔だああああ! どけええええ!」


 シバイターは身体の一部を刃や鎖に変形させ、ロザリアの分身を引きちぎり続ける。さらにロザリアが召喚したお屋敷に吸い込まれまいと、鎖の一部は地上のビルに伸ばされていた。


「ここだ! 壊れろ!」


 俺は無我夢中でそれらの鎖めがけて拳を振るう。

 一つ、また一つと鎖を断ち切り、シバイターの身体が揺らぐ。



「生意気な新参者がああああああ! ザコは余計なことすんなあああ!」


「ぐっ」


 シバイターの腕から伸びた刃が俺の肩を貫く。

 でも、まだいける!

 まだ諦めるわけには、いかない!



「まだ、まだだ————」



 俺は。

 誰かにけなされても、自分をせせら笑って、仕方がないって、ずっと、ずっと自分をあきらめてきた。


「しつこいんだよ、新参者あああああ!」


 刃が顔をかすめ、そして右目が切り裂かれ、左腕も切断される。

 それでも俺は止まらなかった。

 全ての鎖を殴り千切った俺は、反転してシバイターのもとへ突貫する。

 

 あと————あと、もう一押し。



「新参者————お前、なぜあきらめない!?」


 絶対に屈しないヒカリンを見て。

 必死に生きようとするフローティアさんを見て。

 アキレリア人を守ろうとするロザリアを見て。



「——自分をあきらめるのは、もうやめたんだ」


 シバイターと交錯し、俺たちの拳と刃が激突する。



「どうしてそこまで、できる!? 差は歴然だったろうが————!」


 チャンネル登録者6万人と300万人超え。

 確かに厳しすぎる差だ。


 それでも俺は、最後の力を振り絞って殴り続ける。

 全身から血が飛び散り、HPはガンガン減って、痛みで視界が明滅してくる。

 

 だけど俺は————

 俺たち・・・はシバイターを押し込もうと前に出る。



「アレか————そこの死にかけの吸血鬼のためか!?」


「自分の欲望の理由に、他人は使わない……!」


 この世界で生き残りたいと願うのは芽瑠めるのため? 

 必要とされるのが救い?

 ロザリアのため?

 

 ————全部、全部違う。

 


 芽瑠めるが笑ったら、俺はその日ずっと気分がいい。

 そんな姿をずっと見ていたい。

 だから俺はここで生き残りたい。

 俺のエゴだ。


 ロザリアを守りたい?

 違う。

 ただ、この俺自身がロザリアと共に過ごしていたい。だから死んでほしくない。

ただそれだけ。




 たったそれだけで命を賭けるには十分すぎる理由なんだよ。



 全部が全部、俺自身の願い。

 それが例えどんなに無理だと言われようが、立ちはだかる壁があろうが関係ない。


 やるか、やらないかを決めるのは他の誰でもない。

 できるか、できないか、を決めるのは誰かが決めることじゃない。


 叶えようと動くかどうかは————全て、俺自身が決める。






 ————俺の欲望は、俺のものだ。





「大切な誰かと一緒にいたい。その欲望を貫くために、生きてる行動してるだけだ」


「——ぶはぁっ。自分の欲望を叶えるために命を消費する、たしかにそうだなああ! 俺たちみんな、全人類が! 自らの人生時間を賭けて、生きてるんだもんなああああ!」


 シバイターが笑い、彼の反撃の手がさらに激しくなる。

 俺の拳とロザリアの分身たちが、シバイターを屋敷へ殴り飛ばそうとする。

 両者の力が拮抗し、両者は一歩も譲らない。



「うあああああああああああああああああ!」

「新参者ああああああ! おまえええええ、やっぱ俺と一緒に組まないかああああ!?」


 ついに————

 ほんの少しだけ————

 俺たちが上回った。


 シバイターは断末魔のような雄叫びを上げながら、宙に浮かぶお屋敷へと吸い込まれてゆく。


「————おおう? なんだこりゃあ!? 美人ばかりじゃないか!? くそ! 分身はここでも攻撃してくんのか!? ちっ!」


 閉ざされた屋敷内からはシバイターの嬉しそうな声が聞こえたが、次の瞬間に屋敷は跡形もなく消失してしまった。



 やったのか……?

 シバイターをついに倒したのか?


 そんな俺の疑問は、生存本能に訴えかける危機意識によってすぐに塗り潰される。



「あ、れ……? 今度は地面に落ちる?」


 どうやらロザリアが起こした重力反転の効果が消えたようだ。

 俺は落ちゆく残骸を飛び移り、どうにか樹木に巻き込まれたロザリアを目指す。ボロボロになった身体を叱咤し、己の筋力と脚力を総動員する。それでも俺が彼女の元にたどり着いた時、すでにロザリアは地面と激突し終わったところだった。


「ロザリア!? 大丈夫か!?」


 落ちた先で樹木はみるみる成長してゆく。

 まるでロザリアを苗床にするかのように、その幹や枝は生い茂り、根は地へと張り巡らされる。


「こ、れ……命を吸って、月桂樹、になるです」


 大樹の根っこ付近で彼女は幹と同化していた。

 その姿はどこか神秘めいており、木に宿る精霊ドライアドのように美しかった。だが、彼女の様子から事態はかんばしくない。

 今もなお、ロザリアの命がこの大樹に奪われすくすくと成長するさまを見せつけられるのは耐えがたかった。



「ど、どうすればいい!?」


「ゆーま。僕に、触れちゃ、ダメ、です」


 ロザリアに触れたら危険。

 それはわかった。

 今すぐにでも彼女を抱きかかえ、どうにかしたい気持ちを無理やりねじ伏せる。ここで俺がロザリアに触れてしまえば、彼女が俺を庇ってまで救ってくれたのを無駄にしかねない。

 それだけは駄目だ。冷静になるんだ。



「じゃあ、どうすればいい?」


「触れちゃ、ダメ、です……」


 うわ言のように同じ言葉を繰り返すロザリア。

 すでに彼女の意識が朦朧もうろうとしているのがわかる。


「すこし、疲れた、です……」


 そしてロザリアの口からこぼれ落ちたのは、何十年、何百年と抱えていた本音だったろう。不死の力を手にする彼女はきっと、俺が想像する以上に色々と背負い続けていたはず。

 今回だってハラハラ三銃士の愛するアキレリア人を保護するために奔走していた。死んでいった仲間たちの想いを引き継ぎ、俺のお守りをしながら必死に駆けてきたんだ。

 そんな状態で何度も何度も死んで、それでも守れない命があって、自分の限界を感じたり絶望もしてきたのだろう。


 だから、疲れたと。



「……すこしだけ、休む、です」


「おーけーおーけー! 休む、わかったぞ!」



 ロザリアの深刻な惨状を否定するように俺はえて元気に振舞う。

 声を張り上げ、こんなの大したことないとでも言い聞かせるように。

 それでも、どんどん生気がなくなってゆくロザリアを目にして自然と涙があふれてしまった。


「さ、さすがに疲れたもんなー! ちょっとぐらい眠ってもいいと思う!」


 俺は情けなく『一生をかけて俺の面倒を見てくれるんじゃなかったのかよ!』と叫びたかった。死んでほしくないと、諦めてほしくないと、そう願った。

 でも、もう彼女を休ませてやりたかった。


「そうだ。俺に何かしてほしい事はあるか?」


「僕を……忘れないで、欲しい、です」


「わがっだ。ロザリアを、決して忘れない。他に、何か……言いたい事が、あったりするか?」


 ロザリアの最期の言葉を胸に刻みたい。

 そんな想いと願いを込めて尋ねる。






「シバイターを、しばいたー」





 無表情だった彼女が最後の最後で小さな笑みを咲かせる。


 こんな時でもダジャレかよ、と俺は笑えなかった。全く笑えないダジャレだけど、俺は彼女を笑って見送りたかった。


 だってロザリアがダジャレを言った理由は明白で————

 だからぐずぐずになった鼻も、止めどなくこぼれ落ちる涙も全部無視して、精一杯の笑顔をロザリアに向ける。



「あはははっ……」


 最後の時ですら、俺を笑わそうとしてくれた優しい彼女に誓う。

 最後の時ですら、俺の笑顔を願ってくれたロザリアに感謝を込める。



「これからは俺がロザリアの意思を継ぐから————」


 ロザリアは本当の願いを口にしなかった。俺にアキレリア人の今後を託してしまったら、その責任が重くのしかかるから。

 でも俺は彼女に後悔が残らないように│ってほしかった。



「大丈夫。アキレリア人の安全は、全部俺に任せて——」



『面倒なことは頼れる男に丸投げしちゃえ』か。

 いいじゃないか。


 返しきれないほどの恩を俺はもらっていて、こんなにも凄い彼女が丸投げできるほどの信頼を寄せてくれるなら本望だ。


 だから————






「だから————おやすみ。ロザリア」



 俺の言葉が届いたのかどうかはわからない。


 彼女の深紅に濡れる瞳はそっと閉じられ、そして身動き一つしなくなってしまう。

 自らの身を挺して俺を守ってくれた少女を……俺は触れられもせず、抱きしめることもできずに最期をみとった。



「…………」


 ロザリアの命を吸って成長した大樹を、嗚咽混じりに見上げる。



「……月桂樹の花言葉は『勝利』や『栄光』か……」


 ロザリアが死んで、勝利や栄光だなんて全くそう思えなかった。

 でも月桂樹の枝や幹の花言葉は『私は死ぬまで永遠に変わらない』だ。不死のロザリアは確かにずっと変わらず、亡き仲間たちの想いを引き継いでいたように思える。

 その在り方こそが勝利であり、栄光であったと言うならば、彼女は最後まで輝いていたと思う。少なくとも俺には、ひたむきに仲間の願いを叶えるために奔走する……小さくて強い、少女の姿がしっかりと胸に焼き付けられた。


 そう、月桂樹のさらにその上の向こうで煌めく何かのように。

 その光が気になって空を仰げば、シバイターがもたらした隕石の数々が空にゆっくりと軌跡きせきを描いていた。それはロザリアの重力反転によって軌道を狂わされ、大きすぎる蒼い空を三々五々に散っていく流星となっていた。


 まるで巨大な世界へと放り出された俺たちのように。

どこに行きつくかもわからない流星たちは、当てもなく走り続けている。

 不確かで見えない明日を走る俺たちのように、いずれ来る終わりに向かって。

 

 でも流星の一つ一つは確かに輝いていた。

 大空にその煌めきを残し、力強い輝きを放っていたのだ。


 ロザリアの死に————

 月を冠するの上に、静かに流星雨が降り注いでいた。

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