47話 おかえり


『おっさんwwwNPCの死にガチ泣きしてて草』

『VIP:ばっか! おまえばっか! ロザリアたんは可愛いんだよ!』

『そんなロザリアちゃんが死んじまった』

『悲しすぎる』

『VIP:デートイベントを見たかったのである』

『うおおおおおんロザリアちゃああああん!』

『VIP:◆おっさん、元気だしてください……(30000円)◆』


 ロザリアが死に絶えた後、俺はしばらく号泣して放心した。

 だけれどリスナーたちの暖かいコメントが、ほんの少しだけ喪失感や孤独感を和らげてくれる。リスナーたちには感謝してもしきれない。



『そういえばフローティアちゃんはどうなったの?』

『一緒に戦ってた姫さんなー』


 そんなコメントを目にして俺はハッとなる。

 俺は涙でぐずぐずになった顔をぬぐってすぐに立つ。

 ロザリアにアキレリア人を守ると誓ったばかりじゃないか。


 こんなところで止まってちゃダメだ————

 


 そんな風に自分に言い聞かせても、やっぱり自分の心には嘘はつけなった。

 それでも俺は足を動かすしかない。


 ビルが倒壊した周辺へと到着する頃には、すでに他のアキレリア人に救出されたフローティアさんが見受けられた。



「……ティアさん」


「ユウマ! 無事でよかっ————」


 ボロボロになったフローティアさんは俺の表情から何かを察して、口を開き、そしてつぐんだ。

 それでも彼女は無理やりに笑顔を作り、周囲へ見せつけるように拳を握る。そして頭上高くに掲げ、戦いは終わったのだと告げた。



「我らが筋肉の無事に!」


「「「我らが同胞二頭筋に乾杯!」」」


 主神を失った絶望も——

 同胞を救えない無力さも——

 絶対に超えられない壁を壊そうとすかのるように————


 フローティアさんは力強く拳を天に突き上げていた。




 アキレリアの人々には、フローティアさんから何があったかを伝えてもらった。

 探索隊の人達が口々に俺を褒めたたえるものだから、彼女が一体どんな風に俺とロザリアを伝えたのかちょっと疑問に思っていた。

 その疑問は『剣の盤城アキレリス』に凱旋がいせんしてさらに深まる。


なぜか俺が英雄扱いされているのだ。



 そんな風に諸々の事態をフローティアさんと片付けたところで、俺が現代に帰るターンがやってきた。

 徐々に世界がひび割れてゆく。


「そんな心配そうな顔をしてやるな、ユウマよ」


 フローティアさんも何かを感じたのか、見送りの言葉をかけてくれる。


「でも……」


「少しの間ユウマがいなくなったところで問題ない。わらわたちアキレリア人はこう見えてすごく頑丈だ」


 それはわかります。


「寿命も普通の人の10倍はある。10年経っても1歳ぐらいしか老けないんだぞ?」


 え、それはすごい。


「だからユウマ……わらわは待っている」


「はい」


 彼女が言った『待っている』には、きっと色々な意味が含まれているのだろう。

 婚約の返事も含めて、複雑な感情のまま彼女をここに残すのは少し心残りだけど今は帰る時だ。

 妹の、芽瑠めるが待つ家へ。

 


「もし、また、少しでもユウマを感じた時は、待つのをやめるがな」


「え、それって、どういう————」


 意味ですか? と、そう質問する前に俺は現代へと戻った。



「————帰ってきたか」


 自室にぽつんと一人。


「ロザリア……出て来て」


 自分の影にそう言葉をこぼしても反応はない。

わかってはいたけど、ロザリアの分身体は俺の影から姿を現さなかった。

 向き合わなきゃいけない現実にまたもや込み上げてくるものがあった。


「お兄ちゃん、いる?」

「……芽瑠か。どうした?」


 ドア越しに俺を呼ぶのは可愛い妹だ。

 溢れ出そうになっていたものをどうにか引っ込める。


「お兄ちゃん、家にいたんだ?」

「あ、ああ……」


 車いすを器用に扱いながら俺の部屋へと入ってきた芽瑠は、少しだけ怪訝な顔を向ける。

 それからフッと柔らかな笑みを作り、両手を伸ばして抱っこのポーズをしてきた。

 どうやら車椅子を降りたいようだ。


「いま抱っこしてやるからな————」

「お兄ちゃん、私に抱っこされる、運命」


 なぜか妹はここに来いと。

 自らの胸に飛び込んでこい、といったジェスチャーをしてくる。

 それに俺は渇いた笑いを浮かべる。


 今時の女子中学生は何を考えているのかよくわからない。

 それでも芽瑠の言うことを聞かないといけないような気がして、膝をついてそっと自分の顔を妹へとうずめる。



「————おかえり。お兄ちゃん」


 情けなくも。

 俺は妹の胸の中で涙を流してしまっていた。





「ったく、何なんだよここはよー」


 どこまでも暗闇が続く空間で一人の青年が悪態をついていた。

 彼は少し前まで俺のあこがれで、目指すべき男性像だった。

 でも今はそんな憧憬の感情など一切ない。



「マポトさん」


「ああ? おーユウマか。これはてめーの仕業か?」


 俺が声をかければ今にも飛び掛かってきそうな勢いで凄む。でもそんなのは見え透いた脅しで、無意味だった。

 なにせ彼がこの空間にいるってことは、完全に俺に屈したのが明らかだからだ。



「ここは俺の権能スキル【無限牢獄】の中です」


「ちっ。封印系の権能スキルかよ……どおりで俺の権能が一切使えないわけだ」


 俺が任意でマポトさんを出そうとしない限り、彼は一生ここから脱出できない。ただし、お腹が空くこともなく排泄の必要もなくなるので、安全と言えば安全地帯でもある。


「ったく、暇すぎて気が狂いそうだったぜ。この際ユウマでも何でもいいか」


 おそらくは『退屈』、その一点だけがマポトさんにとって大敵になってゆくだろう。

 だけどそれもマポトさんの態度次第では変わったりもする。



「マポトさんが俺に協力的になれば、色々なサービスがここで利用できます」


「は? どういうことだ? どうせ俺をここから出す気なんて一切ないんだろ?」


「マポトさんの協力次第によりますが、衣食住や娯楽が提供される……っぽいです」


「ぽいって……あー、なるほどな。初めてその【無限牢獄】って権能を使った相手が俺ってわけか」


「まずは簡単な協力からお願いします」


 ここにシバイターはいない。

 その意味がわからない俺ではなかった。



「自由派閥の強豪YouTuberについてと、シバイターに関する情報を知ってる限り詳しく教えてください」


「あー? まあ別にそんくらいはいいか」


 それから俺はマポトさんの口から語られる各YouTuberの能力や評判などを頭に叩き込んでゆく。



「おっ、ベッドが出てきたぞ! それにチェンソーメンの最新刊も! うわ、これ俺が読みたかったやつ! おいおい、テレビとゲームも出てきたじゃねーか! これって積みゲーになっててずっとやりたかったやつじゃん!」


 真っ暗闇の空間から突如出てきた品々に一瞬だけ浮かれるマポトさん。

 それからマポトさんは漫画と俺の顔を交互に見返した後、フッと小さく肩の力を抜いた。



「あーもうなんかもうどうでもいいわ」


「どうでもいいって……」


 マポトさんがアキレリア人にやってきた殺人は決して許されるものではないし、許すつもりもない。

 だから彼がそんな風に投げやりになってしまうのはなぜだろうか?



「疲れたんだよ。この評価経済ってやつにさ」


「評価経済……?」


「ユウマに協力すればここでぐーたら過ごせるんだろ? YouTuboの再生数を気にしたり、必死こいてリスナーに応える義務もなくなるわけだ。ついでに【過去に眠る地角クロノ・アーセ】で死に怯える必要もない。一切合切をお前に任せておけばいいわけだ」


 それからおもむろにベッドにダイブしたマポトさんは漫画を読み始める。


「思えば最後に休日取ったのっていつだったかなあ。おう、ユウマ! お前は俺のことが嫌いなんだろうが、俺はここでのんびり過ごす!」

 

 ええ……まじか。


「だから少しでも快適空間を実現するために、全面的に協力してやるよ。【無限牢獄】って封印するだけなのか?」


「いえ……囚人が認めるなら、囚人の権能スキルを俺に貸せます」


「なら貸すわー」


 あっけなく自分の切り札を差しだすマポトさん。

 すると彼が望むものが次々と漆黒の空間に出現してゆく。

 露天風呂らしきものから、何やら美味しそうな食材の山、そしてキッチンなども。



「おー……最高じゃねえか。んじゃ俺は風呂るから、何かまた用があったら顔出してくれよ」


 マポトさんはポカンとする俺を横目で見つつ、素知らぬ顔で服を脱ぎ始める。

 あーもう……確かにこの人に関してはどうでもいいかもしれない。

 俺はマポトさんから手に入れた権能スキルを確かめつつ、無限牢獄に投影していた自分の意識を現実に引き戻す。



「————権能スキル【猫使い】か」


 あらゆる猫科の動物や霊と交信したり、実体を持つ精霊として使役できる権能。

 これからの情報戦に役立つのは間違いない。


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