38話 都市喰らいの本
ビル群を抜けるとこれまた妙な光景が広がっていた。
それはクリーム色の大地とも言え、滑らかな色をした砂漠だった。ただ、遠目から見るに岩のように
「総員、警戒を密にして進め! 即時撤退を考慮した陣形でいく!」
「「「筋肉こそが我らの進路!」」」
フローティアさんは俺の警告をしっかりと受け止めてくれ、かなり慎重に探索を続けている。
アキレリア人の仲間たちは四方を警戒しながら少しずつ前進している。なにせだだっぴろい地形では身を隠す遮蔽物も少なく、遠距離攻撃などを浴びせられやすい。
俺もそれに
『なあ、おっさん。あの辺、なんか動かなかったか?』
『なんか地面ごと動いたっていうか』
『波?
今回はより多くの目が必要だと判断した俺は絶賛配信中である。
リスナーたちが指摘する方角へ再度、目を向けると——————
「全員、逃げてください! 逃げろぉぉぉおおお!」
全力で叫び、全力で後方へ一目散に駆ける。
俺の異常な形相に気付いたフローティアさんも何が起きたのかいち早く把握し、周囲へと懸命に呼びかける。
「地面が! 割れて……! 閉じるぞ! 総員、退避!」
その場にいた誰もがその光景に背筋を凍らせる。
砂漠だと思っていた地面は唐突に真っ二つに割れ、ひび割れを中心に両方の地面がせり上がったのだ。そしてバタンッと大地が揺れるほどの轟音をとどろかせて、閉じてしまう。
「巨大な……本!? あれが『都市喰らいの本』!?」
そう、山のごときそびえ立つは巨大な本だった。
開いた状態の本が地面に潜み、そのページを閉じただけの現象ではあったけどその規模感が常識を遥かに逸脱している。
「おいおいおい、浮かび上がったぞ!?」
「あんなのがこっちに来たらやばいぞ!」
「砂漠の植物に見えた模様みたいなのは……文字だったのか!?」
「まさか硬そうな地面は全部あれか!?」
「羊皮紙みたいにごわごわしてるとは思ってたんだよ! 砂漠にしちゃ妙だなって!」
各自が叫びながらそれぞれの考察を述べるなか、フローティアさんは最後尾で巨大な薔薇の氷壁で巨大本を押しとどめている。だが、それも数秒しか持たず、絶望の声が上がる。
そこに介入したのがロザリアだ。
「
ロザリアがカードを天に掲げると、薄っぺらなカード一枚から大量の兵士たちが出現した。数にして300人以上入る軍隊が一挙に出現し、その全てが異様な雰囲気を纏っていた。
なにせ全員がゾンビのように爛れた屍のような姿をしており、死の軍勢といった名がぴったりの不気味さを持っている。
「我が不死の軍勢よ!
そう言ってまさかのロザリア本人がゾンビ馬みたいなのにまたがり、巨大な本に突貫を仕掛け始めてしまった。そんな彼女に続いてゾンビ軍団も突撃をかます。
「ちょ!? ロザリア、え!?」
『VIP:おっさん! どうすんだよ!? ロザリアちゃんが危ないぞ!?』
『VIP:そういえばアンチ殺しに瞬間転移があったであるな。あれを使うのである!』
『VIP:◆あれなら元の場所にも戻れます……?◆』
リスナーたちのコメントを即座に流し読みをした俺は、一瞬で決断を決める。
ロザリアを助けに行くと。
だが、その数瞬の遅れが致命的な事態を引き起こしてしまった。
例の如く巨大な本がバタンッとロザリアとゾンビ軍団を丸呑みしてしまったのだ。
「な……!?」
「ユウマ! 何をしてる!? ロザリア殿が時間を稼いでるうちに逃げるのだ!」
呆気にとられる俺を後ろから強く引っ張るのはフローティアさんだ。
あまりの衝撃的な映像に思考が停止しかけた俺を、彼女は無理やりねじ伏せ後方へと猛スピードで引きずっていく。
「あっ、でもロザリアが!?」
「ここにとどまっていたら、ユウマまで襲われる!」
俺はフローティアさんの顔を見ずに、ただただあの巨大な本を見据えていた。
「待って! まだロザリアは生きている!」
よくよく見れば巨大な本の端から数十人規模の人達が這い出て、未だに交戦を続けていた。そのゾンビ軍団は腕が引きちぎれてようが、首から上が消失していようが不死のごとく武器を振るっていた。まさに時間稼ぎにふさわしい粘り強さを持つ軍勢の中に、白銀に輝く長髪を捉える。
「————【復讐の
確かに感じる敵意とロザリアの気配を探って権能を発動すれば、瞬時にして砂煙が激しく舞う視界へと切り替わった。すぐそばには両腕を失い血だらけになったロザリアと、言わずもがな巨大な本。
俺はすぐさまロザリアを抱え込み、再び元の位置に戻るために【復讐の
「え!? ユウマが消えて、また現れた!?」
「フローティアさん、逃げますよ!」
俺は血塗れのロザリアを抱え、色々な感情がこみ上げてくる。それでも今はそれらを抑えながら全力疾走する他ない。
「なんでだよ……」
ボロボロになった小さな少女は自身が傷つくのを一切恐れず、俺の腕の中でかぼそい息を繰り返している。平然と、無表情に、どこまでも虚無な瞳で、激痛の中を耐えているのだ。
「なんで、あんな戦い方をした……?」
「ぼくが、先頭に立たないと、不死の軍勢は、ついてこない、です」
「なんで自分が危険になる不死の軍勢を選んだ」
「ドローできた、カードの中では……不死の軍勢が、時間稼ぎに、丁度いいです」
全てが正論だった。
唯一、狂ってる点といえば自らが危険に陥るリスクだけをすっぽり度外視してる点だ。
「これぐらいの傷、すぐ、治るから大丈夫、です」
無残な身体になり果てて、見てるこっちが痛くなりそうなぐらいの大怪我を負って、なんともないようにそう言うロザリア。
どうしてロザリアはそんな平然と簡単にそんな事が言えるのか。
そんな出かかった言葉をぐっと抑える。
その答えは明らかだからだ。
彼女はこんな痛みを何度も味わい、何度も経験し、慣れてしまっている。
こんな苦痛を……こんなにも幼い少女が。
どれほどの痛みを抱えれば、ロザリアのように深手を負っても無表情でいられるのだろうか。彼女の背負ってきた無数の傷を想像してゾッとする。
「あんな
「こんな時にもダジャレかよ……」
「マリサが言ったです。ぼくは表情が乏しいから、面白いことを言えばみんなが笑顔になるって」
故人のアドバイスを大切にしているロザリアに対し、俺は口を紡ぐ他ない。
だってロザリアが今ダジャレを言うのは、苦渋に満ちた俺の表情を笑顔にしたいからって事なんだろ。
ヒカリンもロザリアも、どうしてこう眩しいところばっかりなんだよ。
「ロザリアは強くてすごい子なんだな……」
「ふとした、拍子に、死にたいって、思っちゃう、僕は、強いですか?」
「……」
咄嗟に言葉が出てこず、俺はかぶりを振る。
「僕は、弱いです。ゆーまに、救われてもなお、ふとした拍子に死にたいって、思っちゃうです」
ロザリアはこの小さな身体に、どれだけ膨大な闇を抱え込んでいるのだろうか。
どれだけの傷を負ってきたのだろうか。
それでもこうして戦い続ける彼女に、俺がどれほどの言葉を贈ったって陳腐に聞こえてしまうだろう。
だけどこの気持ちを伝えないままでいるよりは、絶対に伝えた方がいいはずだ。
「死にたくなるほど辛い思いをしてるのに、それでも俺のそばにいてくれるんだから……強いよ」
俺は心の底からロザリアをすごいと思っている。
同時に彼女がこんなボロボロになっているのに、抱き上げる事しかできない自分が悔しかった。
「でも……無茶はしないでくれよ」
俺がもっと強ければ、ロザリアだって無理せずに共闘を持ち掛けてくれたはず。
彼女に言葉しかおくれない自分の弱さが何より不甲斐なかった。
俺は全力でロザリアを抱え走り続けた。
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