39話 お姫様の本気


 どうにか【物語を綴り喰らう者】から逃げ切った俺たちは、再びビル群まで退去していた。

 その間、俺の腕の中にいたロザリアはみるみる傷が修復して命に別状はなかった。


「おい、ユウマ。その精霊の回復力はすさまじいな」


「彼女の不死性はすごいですけど、さすがにこんな無茶はさせたくないですよ」


「不死性……?」


 傷が一人でに癒えるのがよほど珍しかったのか、マポトさんが興味深げに俺たちを見つめているのが少しだけおもはゆい。

 そこに部隊の被害確認と再編制を終えたフローティアさんが近づいてくる。


「ロザリアにユウマ……先ほどの奮戦、感謝する!」


 彼女のお礼にロザリアは答えず、さっき遭遇したモンスターについてゆっくりと語り出す。



「……【物語を綴り喰らう者】、別名『都市喰らいの本』。その巨大な本が綴る物語は人の終焉、です」


「ロザリア殿はあの魔物を知っているのか」


「魔物、ではないです。人が造りし遺産、星遺物アーティファクトです」


「……星遺物アーティファクト美留ビルのようなものか」


 フローティアさんは周囲を見渡しながら納得する。



「元は神々やその土地に由来する生物を吸収し、伝承化、データ化する記録兵器です」


「神々を吸収する……?」


「でも、自らの上に存在するあらゆる命を喰らう化け物と勘違いされたです」


 人それぞれが持つ物語、人生を喰らう者。


「だから【物語を綴り喰らう者】、『都市喰らいの本』です」


「あれを制御する術があると?」


素人シロウト知ろうとシロウトしても無駄です。その術は失われたです。だからこそ、あれはこの地に侵入せんとする人や魔物、そして神を撃退する防衛装置にもなるです」


 ロザリアの発言にフローティアさんは神妙な顔で頷いた。



「それはつまり……この地にとどまれば、我々アキレリア人の安全が保証されると?」


 フローティアさんが導き出した答えこそ、ロザリアがこの地にいるアキレリア人に理解してほしかった事実なのだろう。しかしここに留まる事は、今もなお戦禍の中にいる他のアキレリア都市を見捨てるに他ならない。


「だがっ、それでは本国にいる同胞たちはッ……」


 そこまで口にしてフローティアさんはハッとする。この葛藤をロザリアにぶつけたところで何も解決しないとわかっているのだろう。

 選択するのはフローティアさんであり、この地にいるアキレリア人なのだから。


 そうか……これが、これこそがロザリアの狙いだったのだろう。

 本来であれば、フローティアさんたちは勝ち目のない戦であろうと最後まで抗い続け、そして絶滅する未来を選ぶはずだった。だが、この地に強制召喚されて事態は変わる。本国のアキレリア人を救うためにはここを抜ける必要があるけど、その障害となるのが【物語を綴り喰らう者】だ。


 あんな神をも殺せる星遺物アーティファクトが無数にいるんじゃ、本国にたどり着くのもままならず全滅は必至。

 無駄死にするぐらいならこの地に閉じこもった方がいい。それはつまりこの地のアキレリア人だけは生き残れるわけだ。


 そう、ロザリアはアキレリア人を救いたいがために閉じ込めたのだ。同胞を見捨てるという選択を迫る形で。

 あまりにも残酷で、あまりにも非情で非道な決断を迫るやり方に……何より心を痛めているのは多分、ロザリア本人だろう。

 だって、いつもは氷のように動かないロザリアの顔がわずかに歪んでいるから。


「同胞をッ……見捨てる他、ないのか……?」


 ロザリアはフローティアさんから視線を逸らさずにただただ見つめていた。

 彼女が悔しそうに唇を噛みしめ、血を流す表情を。拳を血がにじむほどの力で握りしめる姿を。

 まるで自分がこの人を苦しめたのだと、その罪と正面から向き合っているように見えた。



「……し、しばらく一人になる。どうか我々の部隊から離れすぎないでくれ」


 去り行くフローティアさんの後ろ姿を、ロザリアはいつまでも見つめ続けていた。





「お姫様も大変なこったな。俺も気晴らしにその辺ブラブラしてくるわ」


「あ、はい。マポトさん」


 フローティアさんが姿を消してから、マポトさんも俺たちから離れていった。

 俺はそれからロザリアの頭をそっと撫でてやる。


「…………あとは、任せたです」


 今にも泣きだしそうな顔でそんな事を言うのだから、やっぱりロザリアは強いと思う。



「面倒なことは頼れる男に丸投げしちゃえ、です」


 自分だって傷ついてるはずなのに、フローティアさんを想って様子を見て来いだなんて……強くなきゃ言えないよ。


「任された」


 俺はロザリアさんを探すべく駆けた。

 だけど周囲に彼女の姿は見当たらなかったので、休憩しているアキレリア人に彼女がどの方角にいったか聞き込みをする。

 どうやらフローティアさんは、その超人的な筋力を駆使して近くのビルを駆けのぼって行ったらしい。他のアキレリア人には周辺の様子を見張っておくと伝えたらしく、彼らは彼女の単独行動について疑問を抱いてなかった。



「今の俺の筋力なら、いけるか?」


 フローティアさんが昇ったであろうビルを見上げる。幸いにも植物の蔦や葉がびっしりとビルには張っており、それらを掴んだり足場にすればどうにでもなりそうだ。


「よっと」


 ものの数秒で高さ30メートルはありそうなビルを駆け上がる。


「ユウマか……」


「……ティアさん」


 高所とあってか、強い風が俺たちに吹き付ける。

 フローティアさんの綺麗な長髪がなびけば、彼女はそれを煩わしそうに耳にかける。


「あの……」


 1人になりたいと告げたフローティアさんを追いかけてしまった事へ一言詫びを入れようとするも、彼女はやんわりとそれを遮った。


「ユウマの筋肉の直感に従い、即時撤退できるフォーメーションを取っておいたよかった。例を言うぞ、ユウマ」


「あ……いえ……」


 それはロザリアのおかげです、とは言えなかった。

 全てを口にしてしまうと、驚異的な星遺物アーティファクトが待ち構えていると事前に知っていたのを彼女たちに黙っていたと悟られてしまう。



「ユウマから見たら今のわらわは面白くない女に映るのだろうな」


「面白くない……?」


「とぼけてくれるな。わらわは【都市喰らいの本】に襲われた時、ユウマの精霊を見殺しにすると即断した非情な女だ。そんな女が同胞を見殺しにするかどうかといった話になると、このように躊躇する」


「それは……」


 フローティアさんはアキレリア人の行く末を決定する立場にある人物だ。

 だから非情な決断を迫られる時もあるだろう。そして、その矛先が外部の人間である俺たちに向けられる時もあり、それが先ほどの戦闘の流れにあったと。



わらわを利己的な女だと失望したか?」


 そのくせ、同胞を切り捨てるのに苦心している自分は都合の良い女だと自嘲しているようだった。それでも彼女は真っすぐ前を見て、アキレリア人の運命を背負う者として未来を見据えている。そこには人の上に立つにふさわしい威厳と覚悟が垣間見える。


「……わらわは無力だ」


「そんな事……!」


 そんな事ない、と簡単に言い切れない自分がいた。

 俺だって、自ら死地に赴いては傷つくロザリアを見ている事しかできず、胸の内がモヤモヤしている。対してフローティアさんは、この地のアキレリア人を守るためには故郷の同胞を見捨てなければいけない。きっと俺とは比べ物にならないほどの葛藤を抱えているのだろう。

 責任感の強そうなフローティアさんは、今もなお耐え難い無力感と自身への怒りにその心を焼かれているはずだ。



「俺は今日、血だらけになったロザリアを見て一つだけ決めました」


「……なんだ?」


「またロザリアがボロボロになるのは嫌だから。次は彼女の隣で戦えるように力をつけたい。このままの自分じゃ嫌だから、一つ一つ変えていきます」


 上手くは言えないけれど、フローティアさんを元気づけたかった。

 無力だなんて諦めの声を漏らす彼女に少しでも希望を持ってほしかった。



「そうか……ユウマはやはり強いな」


「いえ、弱いです」


 戦うのも怖いし、武力だってない。

 今までずっとクラスメイトに馬鹿にされながら事なかれ主義で過ごし、自分の心を押し殺すほどに弱い。



「弱いから強くなりたい」


 きっと誰もがそうなのだろうと思う。


「弱いから強くなれる。シンプルです」


 だからどうか、今は無力だと感じても……弱いと感じても、彼女に折れてほしくないと願う。

 そんな俺の気持ちがフローティアさんに伝わったかはわからない。



「ここはもう閉ざされた地だ、ユウマ」


「そう、ですね……」


「そしていつ、あの【都市喰らいの本】が迫ってきて、【剣の盤城アキレリス】ごと喰われるかわからない」


 ロザリアの思惑的にそれはありえなそうだけど、フローティアさんの立場から見れば都市周辺にあのような星遺物アーティファクトがいたら危惧しちゃうだろう。

 何せ彼女はさっきからずっと一点を見つめ続けているのだ。その方角はもちろん【都市喰らいの本】がいた砂漠地帯だ。


「故郷の民を助けるにしても、この地にいる民を守るにしても……どのみち【都市喰らいの本】とは対峙せねばならないだろう。無論、あれ以外の未知の驚異にも」


 そして今のままでは戦力不足。

 だから『これからもユウマには力を貸してほしい』、そう言われる気がした。

 そう思った矢先、俺の予想とは違った言葉が彼女の口から紡がれる。



「ユウマは【時を駆る者タイムイェーガー】なのだろう? なら元いた世界に戻って、健やかに過ごしてほしい。そしてここにはもう来るな。もう十分、わらわたちはユウマたちに助けられた」


 協力を必要としているにもかかわらず、彼女は俺を遠ざけようとしている。

 それはきっと、これから自分たちに降りかかる災厄から俺を逃そうとしているからだ。

 そうわかった途端、胸が熱くなる。


 今まで俺はクラスメイトに虐げられ、強制され、馬鹿にされ、利用されていた。

 でも彼女は違う。


 強い権力と人心を掴むその立場上、虐げることも、強制することも、利用することもできるのに。

 俺を……心配してくれたのだ。



「俺の方こそ、アキレリアの方々には救われてますよ」


 一人の人間として、一筋肉として俺を認めてくれたアキレリア人のみんなが好きだ。


「だから、ティアさん。俺ごときじゃ頼りないかもだけど、一人で背負い込まないで。いつでも頼ってほしいです」


 すると彼女は初めて視線を砂漠方面から切り、俺へと合わせた。

 その青く澄んだ瞳はちょっとした驚きで見開かれている。



「ではユウマ……わらわから一つ、お願いがある」


「なんなりと」


「探索はこれで終わりにする。それで【剣の盤城アキレリス】に戻ったら、わらわの祖父と会ってはくれないか?」


「ティアさんのおじいさんと……?」


 確かフローティアさんはお姫さまだよね?

 そのおじいちゃんってことは先代の王様? とかで、物凄く身分のお高い人なのでは!?



「えーっと、理由をお聞かせいただいても?」


「それは、だな……その」


 いつも堂々としているフローティアさんにしては妙に歯切れの悪い反応だ。

 これはかなり重大な理由があるのかもしれない。

 そう、例えばロザリアの強さを見込んで【剣の盤城アキレリス】の防衛体制についての相談とか、もっと国の中枢にまつわる案件かもしれない。



「……わ、わらわの……お、お婿むこさん候補として、祖父にユウマを紹介したくてな……」


 彼女は頬を真っ赤に染めながらくしゃりと顔を歪ませ、恥ずかしそうに笑みを見せる。それからすぐに明後日の方向へと顔を逸らし、口元をもにょもにょさせている。

 あまりに唐突で、あまりに可愛らしい仕草だったから、俺の思考は真っ白に染まる。


 だって、普段からお姫様として威厳に満ち溢れているフローティアさんが——

 やわらかな面持ちで恥ずかし気に視線を逸らしっぱなしなのだ。


 そんなフローティアさんの指がそっと俺の胸に触れる。



「欲しいなら、射止めてしまえ、心臓筋」








◇◇◇

あとがき


いつもハート、☆、など、ありがとうごいざます!

更新の励みになっております!

◇◇◇

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