36話 女王理論
アンチ殺しの事件から三日が経つのに、胸の内はもやもやしていた。
その原因にうっすらと心当たりがあるものの、俺はなんとなくそこに思考やメンタルを割くのを避けていた。
「バカンナギ、元気そうでよかったわ」
だからなのか学校帰り、自宅の前で待ち構えていたヒカリンを目にした俺は小さなため息をついた。
「どうしたの
「それはこっちの台詞よ。あんたさ、ここ3日間YouTuboでゲーム配信してないじゃない。どうしたのよ」
「ここ数日は【
なんとなくアンチ殺しをしてから疲れてしまったのもある。
「ふぅん。ま、いいわ。ちょっと伝えておきたいこともあったし、付き合いなさいよ」
「え、はい」
俺が答える前に彼女は強引に腕を取り、紫電を纏わせた身体で飛翔した。
無論、ここは高層マンションの一角でかなりの恐怖を感じたけど、全身に走る電流の衝撃でそれどころではない。
「アヴァヴァヴァヴァッ……!」
「この辺なら何があっても有利かしら」
高層マンションの屋上に移動したヒカリンは上空をチラリと見て呟く。
「まずバカンナギと【
「それはどうして?」
「ちょっとやらなきゃいけない事が増えたの。というかひっきりなしよ。アキレリア本国の人達をなるべく守りたくて、奔走してるってわけ」
「アキレリア人のみんなを……?」
「もう
「たしか五カ国を相手に戦争状態なんだっけ」
「そうよ。まったく人種の殲滅なんて、とんでもないワールドクエストを出してくれたものよね」
キッと虚空を睨むヒカリンの様子を窺うに相当な劣勢を強いられているようだった。それでも微塵も折れそうもない彼女はやっぱり強い。
アンチコメントを気にして、アンチに報復してしまった俺とは違っていた。
「で、バカンナギが最近配信しない理由は? 妹さんと楽しそうにゲーム配信してたじゃない」
「見てたんだ」
「べ、べ、べつにあんたが気になったわけじゃなくて! 潜在的な危険人物を監視するってお役目で!」
なぜか慌てる彼女を見て、俺はふっと肩の荷が下りたような気がした。
なんだか一人でうだうだと考えているのが馬鹿みたいに思え、いい機会だからヒカリンにここ数日抱えていた疑問を打ち明けてみる。
「ヒカリンってさ、アンチとどう向き合ってるの?」
「は?」
「いや、だからアンチコメントとかしてくる人達にどんな対応をしてるかっていうか……どんな風なメンタルでアンチを見てるのかっていうか……」
一瞬、ポカンとしたヒカリンだったけどすぐにクスクスと笑いだした。
そして太陽みたいな眩しい笑顔でズバッと言い放つ。
「向き合ってないわよ?」
「え?」
「バカンナギは馬鹿ね」
それからすぅーっと息を吸い込み、ヒカリンは星々がちらほらと瞬き始めた空に向かって叫んだ。
「アンチ共は全員死ね!」
「ふぁ……?」
まさか日本一の女子高生YouTuberがそんな発言をするとは全く予測できず、俺は放心してしまう。
もっと、こう……アンチをうまくかわす方法とか、対応策みたいのがあると思っていたのだ。
「はあー! スッキリ! アンチごときこんなもんでいいのよ」
「えぇぇ……」
「何よ? 納得言ってないわけ? だとするとバカンナギは相当な馬鹿ね!」
「えっと、どうして?」
するとヒカリンは大きく『はあ』と溜息をついてからビシっと人差し指を突き立てた。
「時間の! 寿命の無駄だからよ!」
「寿命……?」
「いい? あいつらは馬鹿なのよ。好きな人のためや、自分が楽しむため、自分を成長させるために時間を費やすなら意味があるけど、あいつらはどうなの?」
「えーっと……嫌いな俺たちのために時間を割いてる?」
「そ。動画を見て、ツブヤイッターをチェックして、どんな悪口を書き込もうか考えてアンチ活動をする。自分にとって一切、生産性のない無駄な行為だって気付けない可哀そうな人達なのよ」
「可哀そう……?」
ヒカリンの言う内容は確かに理にかなっている。
「自分の貴重な寿命を10秒でも20秒でも、
「なるほど」
「1秒が積み重なっていけば1分、10分、1時間になって、それを嫌いな人のために消費してるのよ? そんな時間があれば英単語の一つや二つは覚えられるし、自己研鑽して自分の可能性をもっと広げられたのにね」
「好きな漫画を読んだり、ゲームをしたり……」
「そうなのよ。嫌いな奴のために思考を割くなら、気になる人にどうアプローチしようかーとか? お金儲けに関するアイディアを生み出すのに費やすとか?」
なるほど。
アンチ活動一回に費やす時間が、例え20秒だけでも塵も積もれば山となるってわけか……。
「それに可哀そうなのがストレスよ」
「ストレス……?」
「人間って悪口を言ってる時もストレスを感じてるんだって。スカッと感じるのは、悪口に思考を割いてる間は脳がダメージを受けていて、そこから解放される瞬間をスカッとしたって『誤認』してるだけなの」
「わあ」
「だから、さっきあたしがやったアンチ共への苦情もマイナスなのよね! あいつらについて考えるだけ無駄よ。嫌いな人を思い浮べて幸せを感じる奴なんていないわよ」
「それをアンチは自ら進んでやってしまっていると……」
非生産的すぎて笑っちゃうわよね、と屈託なく笑うヒカリン。
確かに彼女の輝かしい姿を見れば、陰湿な手段でアンチ活動してるより、ヒカリンのように煌めいている方が幸せだと思った。
自分がなりたいと思うのは間違いなく後者だ。
「もし仮にバカンナギの配信停止を望むアンチがいたとして、一生懸命バカンナギが配信できなくなるようアンチ活動に励むとするじゃない?」
「ガチのアンチってやつか」
「で、仮にアンチの希望通りバカンナギが配信しなくなったとして……そのアンチの現実は何か変わるの? お金が稼げるようになったわけでもないし、なーんにも残らないの。むしろ、失った時間と寿命は戻らない」
馬鹿よね。と失笑するヒカリンからは確かに真理が見えた。
「だからあんたも、
「生ゴミ……」
「まあ悪口を言われたらいい気分はしないものね。だったら徹底的にやり返すのもありよ?」
俺が昨夜やったように?
ほ、本当にそれでいいのか……?
「あっちが自由に中傷できて、私たちが自由に反撃できないなんておかしいでしょ? 今は弁護士に頼めば中傷コメントからリアル開示できるから、賠償金も取れたりするわよ」
「あ、なるほど」
「私なんてそっち方面はぜーんぶ弁護士さんに任せてるわ。ちなみにけっこうな収入になってるわ。なにせ弁護代もぜーんぶアンチ持ちだからね!」
俺が考えてた手段よりもよっぽど平和的だった。
「でもね、
「アンチがいて何かメリットがあるの?」
「アンチが見てくれるじゃない。アンチ1人につき1再生ゲット、お金と知名度に繋がるわ。それにあのゴミどもは宣伝もしてくれるのよ?」
「え、宣伝!?」
「そ! 人間っていうのはネガティブな発言に目が行きやすいでしょ? アンチ共がひどい悪口をどこかで書いても、一定数があたしに興味を持ってくれるの。『どんな人なんだろう?』『そんなにひどい奴なの!?』『やばい奴なんだ』って気になって見にきてくれるの」
「でもネガティブなイメージが自分に着いちゃうんじゃ?」
「最初っから最低最悪のイメージがついてるなら、あとは上がるだけじゃない?」
カラッと笑い飛ばすヒカリンは眩しかった。
なるほど……横暴なヤンキーくんが野良猫に餌をやってるだけで、物凄く優しい人に見える現象を引き出しやすいわけだ。
「アンチの宣伝で気になった人があたしを見てみると、『そんな酷くないじゃん』『むしろ楽しい』『可愛い』と思ってくれる人がちょっとでもいるのよ。その時点でお得ってわけ。あたしたち発信者にとって最悪なのは、話題にもされず認知されないことでしょ? その2つはアンチができた時点で解決するわ。勝手に宣伝してくれるもの」
「ある程度は泳がすのも有効ってわけだ」
「アンチなんか相手にしないほうがいいって言ったけど、もちろん一定のメリットが自分にあるなら相手にするのもありよ? わざと
メリット……俺にとってアンチを相手にするメリットは確かにある。
わざとヘイトを上げてアンチを作り、その後に潰せば
へたに『
そう考えると嫌われ者を演じるのも悪くないと思えた。
だって、効率よく力を手に入れられるなら、無事に『
芽瑠の待つ家に、帰れる確率が上がるから。
「まーアンチを作らないように配慮したり、路線変更するYouTuberもいるわよね」
「炎上を警戒するYouTuberは多いよね。プロとしてきっと正しいとは思う」
「あたしもそれを悪いとは思わないわよ。でも、アンチ共はあたしが嫌なら見なくていいし、関わらないって選択ができるのにわざわざ絡んでるわけ。そんな奴らにこっちが気遣う必要なんて一切ないわ」
「確かに見ず知らずの他人に義理立てする必要はない、か」
それに、とヒカリンは語気を強くする。
「他人の目ばかり気にするのって窮屈だし、自分の好きなことができなくなるわけでしょ?」
アンチに配慮して活動が制限されるのは望まない。
まさに創作の自由や言論の自由を縛る足枷となるのは間違いないだろう。
「他人にどう思われるのかを気にするよりも、『自分がどう在りたいか』が大切なのよ」
「俺は……」
「あたしは誰かの光になりたいわ。悲しんでる人がいたらあたしを見て元気になるの。そう感じるのがたった一人でもいいの。それがあたしの幸せだもの」
はっきりと明確に自分が『どう在りたいか』を宣言するヒカリン。
それから彼女はジッと俺を見つめ、静かに問いかける。
「で、バカンナギは?」
「俺は……
「じゃあ妹さんを傷つけるアンチのことごとくを傷つけ返したって問題ないんじゃない?」
YouTubo界の女王は何もかも把握してるかのように不敵な笑みをこぼす。
「そんな事で大げさな! とか、メンタル弱いなら配信者をする資格はないって、謎の上から目線で攻めてくる奴もいるけどさ」
そっと優しく俺の肩に置かれた彼女の手は、陽光のように温かみを帯びている。
「辛いかどうかを決めるのは
復讐に値するか決めるのはあんただと、そっと背中を押された気がした。
◇◇◇
あとがき
いつも評価、★★★、ハート、ありがとうございます!
毎日更新のモチベになってます!
◇◇◇
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