32話 時間獣の封域


「各員、各班、【第二十四血位ツインスデウスナックル・パワード】が地表に着き次第、降下を開始!」


「「「「我らが強靭なる筋肉アキレリアに乾杯!」」」」


バモスいこうぜ!」


 朝焼けが滲む雄大な景色のなか、フローティアさんの号令が下りると、俺たちは巨大な剣の都市から滑空を始める。

 スリル満点の光景だけど、地平線のその先を見つめながら全身に風を感じて降下する体験はなかなかに新鮮だった。しかも、それが総勢30名からなる探索部隊で行われるとなれば、使命感のようなものを覚えなおさら感慨深い。

 これから生死を共にする仲間たちの表情は自信に満ちた笑みを浮かべ、まだ見ぬ未知に思いを馳せ胸躍っているような顔ばかりなのだから。


 こんな状況下でアキレリア人の顔を一つ一つ確認できるなんて、俺もだいぶアキレリア人らしくなってきたかな。

 筋肉!!!



 地表がみるみる近づいてくると、先に着地していた【第二十四血位ツインスデウスナックル・パワード】さんが拳を縦横無尽に振り上げ、その風圧でもって俺たちの身体が徐々に低速し始める。

 最終的には全員がふわりと地面に着地するのに成功。


 最初に降下作戦の内容を聞いたときは、拳を振りぬく力だけで着地させるというものだから驚きまくったけど、英雄神アキレリアの神血は伊達ではない。

 彼の素晴らしい筋力が織りなす堅固な拳はすさまじい衝撃波を生みだし、優しく赤子を包み込むような見えない揺り籠まで作ってしまうのだ。



「この辺にもよく見れば黒い草花が生えているな……」


 フローティアさんの呟きに俺たちは周囲を窺う。

 気持ちの良い風に吹かれ、辺り一面は背の低い草々が生い茂る平原だ。だけど、まばらに黒い植物が点在しており、よくよく観察してみるとそれらは全て透き通っていた。

 ちょっと綺麗だ。



「やはり、奥に広がる黒い森が影響しているのか?」


 なぜ早朝からの探索かと言えば、【剣の盤城アキレリス】からも見えていた漆黒の森を警戒してだ。暗い森の中で視界をしっかり確保するためには、十分な光量が必要となる。なるべく太陽の光を頼りにできる時間を増やすため、探索は日の出と共に始め、日が沈む頃には野営の方針らしい。



「あの黒い森にどんなモンスターがひしめいているのやら。楽しみだ」


「まずは地理を把握すべきだろう」


 フローティアさんの憶測に反応を示したのは、先ほどの【第二十四血位ツインスデウスナックル・パワード】さんと【第三十二血位サーティロデウスグルム・ガルム】さんだ。

 両者とも屈強な筋肉と巨躯を誇り、今回の探索隊でフローティアさんの次に強い指揮権を持っている。



「その前に、この黒い植物に触れても安全かどうかって確認が先じゃないのか?」


「おお、確かにマポトの言う通りだな」


 マポトさんも強い発言力を持っているようで、【第三十二血位サーティロデウスグルム・ガルム】さんが賛成の意をすぐに示した。


「ふむっ、なるほど……不思議な結晶の類で生成されているようだな」


「草葉にしては固い。黒結晶に似てる?」


「食べれるのか検証してみるか?」


 実質マポトさんの指摘をガン無視するように、三人はそれぞれ黒い草木を掴んで潰してみたり、殴りつけてみたりと触り放題だった。

 触れて大丈夫かどうかの確認の仕方が豪快すぎるというか、自分の体で実験してしまうところに筋肉への自信の表れが見て取れる。

 筋肉!



「はあ……バカ共は放っておいて、俺たちは慎重にいくぞ。ユウマ」


「あはははは」


「この植物の正体を知りたい、です?」


 スッと影から出てきたのは、毎度同じみ神出鬼没のロザリアだ。

 彼女は薄く透き通った黒い葉っぱを一枚咥えて断言する。


「ゆーま、これ全部、【黒陽石こくようせき】でできてるです。安全です」


 ロザリアの発言に冒険者たちの間でどよめきが広がる。



「【黒陽石】だと? それって伝承の鉱物だよな?」


「はい、です。神々の威光イコウ意向イコウを溶かす、黒き太陽に照らされ続けた鉱物です」


「だとしたら、あの黒い森は時間獣が住まう【永遠の星園ほしぞの】って事になるぞ……?」


「だが、かの古森は我らが流す時と決して交わらない封域だと聞いている。神や神に連なる者にとっては不可侵領域、英雄神アキレリア様の神血を継いでいる我々が入れるはずもない」

 

 さらなる動揺がみんなに広がるなか、ロザリアだけが淡々と説明を続ける。



「英雄神は失われたです。神の意向、神託がなき今、その英雄神の神血は人間そのものの力です」


 暗に英雄神アキレリアは消滅したと言い切るロザリア。

 もちろんそんな発言を簡単に受け入れるはずもなく、冒険者が口々に反論の声を上げる。


 

「いくらフローティア様の恩人だからといって、言っていい事とダメな事があるだろう」


「おいおいユウマ。お前の筋肉にはがっかりだぜ」


「精霊ちゃんにもしっかり筋肉教育してやれよ……」


 なぜか俺の評価まで下がっていた。

 まあその辺はどうでもいい。今はこの黒陽石とやらが安全だってわかったのなら、それだけで十分だ。

 なにせロザリアが言っていることで嘘があった試しがない。

 彼女の言葉は信じられる。



「まあまあ、みなさん。もしかしたら【黒陽石】かも? ぐらいに考えてください」


「簡単に首を縦に振れはしないが……みな! ユウマは信用できる筋肉の持主だ。立て続けに不可解な事件が起きている以上、ユウマやロザリアの言も考慮しておくべきだろう」


 フローティアさんのフォローのおかげで、一応この話題はまとまった。

 アキレリア人が主神を失っただなんて信じたくない気持ちはわかる。何せ祖国は敵に包囲殲滅される気配が濃厚、そして首都だけ謎の転移。加えて主神が消滅したなどと、とてもではないが受け入れがたいはず。

 度重なる絶望は心を殺す猛毒になりえる。



「やっぱり英雄神さまってすごいのですか?」


 話題を変える、という目的で問いかけみると冒険者のみんなは目を爛々と輝かせた。


「それはとんでもない筋肉をお持ちになっておられるお方よ!」


「めちゃくちゃにすごい神様だぜ!」


「いっつも豪快で! 気持ちよくて! それでいてあったけえんだ!」


「俺たちは今も昔も英雄神アキレリア様に憧れて、あんな存在になりたくて! 筋力を磨いてんのよ!」


フローティアさんたちにこんなにも熱く慕われる英雄神か。俺も一度は会ってみたい。


「俺もお会いしてみたいです」


「ユウマ! やはり我らが英雄神さまの信徒になるつもりが!?」


「さすがユウマだぜ! いい筋肉してるだけのことはある!」


 なぜか入信を激しく進められる流れになってしまった。

 そんな中、コホンと咳払いが響いて俺たちの注目を集める。



「さて、憩い話もここまで。まずわらわたちの最初の目標は【剣の盤城アキレリス】からも見えた、文明の跡地らしき地点を目指す」


「巨大な四角い建造物群だな。見る限り、この辺一帯はぐるりとあれらに囲まれている」


「あそこまで密集して建てられているのは珍しい都市形態だ。まるで四方に広がる小山脈のようだ」


「この地にまつわる記録や、何かしらのヒントが隠されている可能性が高い」


「あそこに辿り着くためにも、草原の奥に広がった黒い森を突破する必要がある」



 遠目だけの判断だけど、俺としてはみんなが語っている建造物の正体を・・・知っていた・・・・・

 あれは俺にとって、俺たちにとってよく見る建物そのものだったからだ。

それはマポトさんも同じだろう。


「…………」


「……」


 彼も黙っているところを見るに、どう説明すればいいのか判断に迷っているようだ。

 なにせ、俺たちはあの建物を理解してても、どうしてここにアレがあるのか謎だからだ。そうこうしているうちに探索隊の一行は、見晴らしのよい丘に辿りつく。その頂上には、歪な形をした二本の立派な巨木が突き立ち、奇妙な果実を実らせていた。

 


「まるで……この巨木、鹿の角みたいだな」


「だとしたらとてつもなく巨大な鹿ですね」


 マポトさんの指摘には俺も同意だ。

 彼はその巨木へと手をかけ、たくさんの実をジッと観察する。

 二本の巨木には大砲の玉よりも大きな実がなっており、そのデザインが非常に興味をそそられた。なにせ懐中時計そのもので、明らかにザラザラした金属製なのだ。

 懐中時計の上部先端に繋がるチェーンというか鎖みたいな物は、木々に這うつたのように絡まり、スチームパンクと自然が融合した巨木だった。



「ここからなら緑の平原も漆黒の森も一望できるな」


「すごい景色ですね。あ、ここから例のビル群の廃墟・・・・・・も見えますよ」


 朝焼けに染まる草原に点在する黒い粒はキラキラと輝き、黒き森も結晶としての煌めきを増す。



「マポトの言う通り、これは時間獣の朽ち木です。【時間獣バラシオン】の亡骸、頭部です」


「【時間獣バラシオン】?」


 俺たちの会話を聞いていたロザリアが、またもや博識さを連発してくる。

 確かに俺たちがいる小高い丘は、鹿の頭部の輪郭をうっすらと残している。



「はいです。ほら、あそこでこちらを見てるです」


 彼女が指さした場所は、一面に黒く透き通った湖が広がっていた。そして角が物凄く立派な鹿が、湖面の上を沈むことなく悠々と佇んでいたのだ。


「もしこの巨木があの鹿の角だったとして、あそこにいる鹿はずいぶん小さいようだけど」


 俺の指摘にロザリアは黙って鹿の方を見つめているだけだった。

 フローティアさんやマポトさんも半信半疑そうに鹿の様子を窺う。


「何か——湖の中から、出て来るぞ!?」


 冒険者の誰かが漏らした驚愕は、すぐに全員の気持ちを代弁したものとなる。

 湖からゆっくりと姿を現したのは八つの蛇の頭を持つ巨大な生物だ。その巨体さは優に二階建ての一軒家を超えており、神話に登場する八岐大蛇やまたのおろちそのものだ。

 あわや鹿を丸呑みしてしまうのかと思えば、大人しく近づき何もしようとしない。逆に鹿の方がそっと頭を垂れて八岐大蛇に角を向ける。


 鹿の角が触れた瞬間、八岐大蛇は黒い塵となり厳かに霧散してしまう。

 俺たちは何が起きているのかまるで理解できないなか、ロザリアだけは確固たる口調で説明する。


「【時間獣バラシオン】は死期の近い生物の時間をむです」


 その話が本当なら八岐大蛇は自らの命を捧げにいったように見える。

 さらにその鹿はブルリと全身を震わせたかと思えば、急激に肥大化してゆく。まるで天を突く若木の成長を早送りで見ているように、鹿の首は上へ上へと伸び、今やビルを凌駕する高度を誇っていた。


「【時間獣バラシオン】の腹が満たされた時、の獣に死期が訪れるです。止めておいた時間を、蓄積した時間を、今までんだ時間を自らの肉体に解放するです。その影響で身体は急激に成長し、巨体化するです」


 さらに鹿の皮膚は樹木のように硬質感のあるものへと変化し始めている。

 そして魂の叫びというのだろうか……鹿が透き通った鳴き声を響かせると、世界が次第に暗がりを帯びる。いや、正確には地平線の先にある太陽に影が生じていたのだ。



「時間獣が朽ちるとき、光が喰われ、黒き太陽が昇るです」


日蝕にっしょく……?」


「時間獣の死期シキは世界に四季シキを振りまく根となるです。数多の生命を巡らせ、星に根付かせるための巨木として生まれ変わる、それが時間獣の長い長い死期シキであり、色とりどりの命を芽吹かせる、四季シキです」


「なんだかよくわからないけど、す、すごいスケールだな」


「あれを【世界樹】と呼ぶ者もいるです」


 ロザリアの口ぶりから時間を操れる存在のようで、まさにファンタジー生物である。

 じゃあ俺たちが今いる巨木も世界樹のなれの果てなのかもしれない。


「【時間獣バラシオン】って危険な生物なの?」


「それどころの話ではない。神に匹敵する神獣だぞ!」


 ロザリアとの会話に入ってきたフローティアさんは、崇敬の眼差しを【時間獣バラシオン】に向けながら語る。



「【時を賭ける神クロノス】ですら、この【時間獣の封域】は干渉できないと聞いている。時間獣はそれだけ強大な存在なのだ……まさかこの目で見れる日が来ようとは……」


 もしかして時間獣とやらはロザリアが言っていた、『神々が配慮する超越的な存在』の一勢力なのかもしれない。



「ゆーま。【時間獣バラシオン】は時間を静かに見守る性質状、とっても大人しいです」


「そうなのか」


「なんと、美しい……黒水晶の湖に、巨大樹が生えるさまは神々しいな」


 感動に打ちひしがれる反面、フローティアさんたちは悲しい現実を受け止めなくてはならなかった。

 本物の時間獣がいる、すなわち神々の系譜であるフローティアさんたちが入れないはずの場所にいるのである。つまり、すでに英雄神は失われ、アキレリア人の中だけにその神血と記憶のみが存在するだけとなってしまった。

 フローティアさんは漆黒の朝焼けを見つめながら、静かに重い言葉を吐き出す。



「英雄神アキレリア様が……亡き柱になったのは信ずる他ないようだな」


 その声は確かに震えていた。



「…………我らが英雄神に永久なる力と栄光を」

「「「……我らが英雄神の悠久なる筋力を継ぎ、冥福を捧げる」」」


 切なさと哀愁を帯びたアキレリア人が主神へ追悼の祈りを捧げていると、静かに日の出が上がりきる。

 まるで新しい門出を祝うように、哀しみが明けるようにと、黒い太陽が彼らを励ましているようだった。


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