31話 銀姫と不死鳥
「
俺は拳に全力を乗せて【
「
全身に力が入りすぎていたので、次は腰の回転を使って殴りつける。
「
パンチを打ち込む瞬間、地面との反動を利用した脚のバネ力も活かしたストレートを続けて二発。
「
よし、イイ調子だ!
あとは俺の思いのたけを【
「すげえぞ……あいつ」
「たった四発でフローティア様のゴーレムを削りまくってるじゃねえか!?」
「でっけえ亀裂も入ってるぞ!」
「至高の筋肉だ!」
みんなの反応を見る限り、俺のパンチは上々のようだ。
これならマポトさんにも褒められ————
なぜか、マポトさんにしては珍しく口をぽっかり空けていた。
どうしたのだろう? そんな疑問の答えは、すぐ傍から聞こえる可愛らしい声にあった。
「ゆーま、クエストに行く前にやっておくことがあるです」
いつの間にか俺の影からロザリアが出ていたのだ。
「おおう!? あれが噂の精霊召喚か!」
「人型とはな……珍しい精霊なのか?」
「あれほどの筋力を持ちながら、精霊召喚もできるとか神か!?」
「なにこれ、邪魔です」
ロザリアは周囲の反応を一切無視して、【
「はああああああああああああああ!?」
「嘘だろ!?」
「一撃で!? すごすぎるぞユウマの精霊!」
「最強の精霊使いユウマの筋力に乾杯!」
試験会場はさらなる喧騒にどっと沸く。
いや、わかってはいたけど俺が全力で殴ってきたものをそんな軽々しく破壊されると……俺としてはだいぶ複雑な気持ちになった。
「ロザリア、やっておくことって?」
「【空の王冠】の秩序を戻すです。かつてあの場はあんなに騒がしい場所ではなかったです」
「秩序を戻すって、どうやって?」
「あそこは神の威光に折れた【なりそこないの王】のための王冠じゃないです」
「【なりそこないの王】って神龍から逃げたっていう、あの黒い影だよな」
「逃げずに立ち向かった、ボクの眷属を復活させておくです」
彼女は毅然と【剣の盤城アキレリス】をぐるりと囲む【空の王冠】を見据える。
「十分に休養を得た今のボクなら、友を呼べるです。フレンドカード発動……【蒼き虹の不死鳥】」
ロザリアが例の如くカードを天へと掲げれば、地平線に輝く太陽と見まがうほどの強烈な閃光がほどばしる。同時にそれは優しい青を内包した水しぶきであり、巨大すぎる鳥の形へと変化する。
水で形成された無形の鳥は神々しく、その両翼を広げれば容易く周囲の景色を自分一色に染め上げるほどの大きさだ。
中空に散布された無数の水粒は陽光に反射してキラキラと弾け、宝石と見まがうほどの多彩な光の粒となる。
なるほど、羽ばたくたびに虹の粒を発生させるから【蒼き虹の不死鳥】か。
名前通りの神々しさに、この場の誰もが目を奪われる。
「彼女が【空の王冠】を頂く者です」
しれっと俺に説明をするロザリアだが周囲は騒然としており、突如して現れた不死鳥に大盛り上がりだ。
しかし、ロザリアは彼らが見えてないような素振りで、不死鳥が飛んでゆく姿だけをジッと眺めていた。
「
「……ユウマは不死鳥も召喚できるのか!? すごすぎるぞ!?」
「いや、これは俺じゃなくて……」
「すごすぎるぞおおお!」
「我らが新しい筋肉の門出に乾杯!」
「「「ユウマに乾杯!」」」
フローティアさんや他の冒険者の方々にもみくちゃにされるなか、俺はロザリアが頑なにアキレリアの人々を見ないようにする態度に疑念を抱いた。
それにロザリアは【空の王冠】について詳しすぎる。
あまり自分から語ろうとしない彼女の過去が気になるのは俺だけだろうか?
「ユ、ユウマが……そんなバカな!? 俺の精霊獣より上位の精霊獣を使役できるだと!?」
アキレリア人のお祭り騒ぎの中、一瞬だけマポトさんの叫びが聞こえたような気がした。だからそちらへ目を向ければ、マポトさんはさっきよりもだらしなく口をポカーンと放心していた。
そうですよね。
普通はそういう反応ですよね。
俺だっていきなりあんなバカでかくて神々しい不死鳥が出たらビックリしますもん。
「……これでサオリとマリア、アリシャの3人もあそこで静かに眠れるです」
ロザリアが寂しそうに空を見上げながら呟いた一言に、ハッとしたのは俺だけだった。
今の今まで、気付いていなかった俺は大馬鹿野郎かもしれない。
……【
あれはきっとハラハラ三銃士を弔うために作ったお墓だったのだ。
◇
試験が終わり、冒険者たちの熱く激しい歓迎から解放された俺を待っていたのはリスナーの説教だった。
『おっさんさー仲間のケアも大事だぜー?』
『これから命を預ける冒険者とコミュニケーションを取っておくのは大事だけどよ、それよりも大切な相手がいるだろ?』
『ここに来てから、すぐ影に入っちゃうロザリアちゃんの心境は如何に』
『VIP:やっぱハラハラ三銃士の死を引きずってるのか?』
『VIP:マポトはどうでもいいのである。それよりロザリアちゃんを大切にするのである』
『VIP:◆私もロザリアちゃんから、少しだけお話を聞いた方が良いと思います◆』
『ただでさえ、ロザリアちゃんはこの都市にいたくないんだろ?』
ロザリアの漏らした言葉にハッとさせらたのは俺だけではなかった。リスナーの指摘はもちろんだったので、俺は人気のない落ち着ける場所を探す。
俺を見かけるとアキレリア人のみんなは歓迎ムードで、明るい笑みをこぼしては『いい筋肉だ』と褒めてくれるので、なかなか静かな場所を見つけるのは難しかった。
それでも20分程歩き続けると、都市の外周に近い城壁へとたどり着く。
試験の時に周囲を警戒する衛兵がチラホラいるだけで、わりとここは静かな場所だとにらんでいたのだ——だけど、その見回り中の衛兵が俺を見つけてしまったようだ。
「
「あはは、夕日が綺麗ですね」
そっと話しかけてきた中年の衛兵は、試験で俺の顔を見知っていたのか穏やかな口調だった。
日も沈みかけてきた頃だったので、街中に戻るのを促されるのかと思えば意外にも彼はそのまま話し続けた。
「広大なもんだよなあ……世界がでっかすぎて、そればっかに目を向けてるとよ……身近で大切なモンをつい見失いがちになっちまう。でも、だからこそ、俺もよくこの景色を眺めて自分に問いかけたさ」
どこか切なそうな顔で衛兵は語る。
「俺はなぜ衛兵になって、誰を守るために戦っているのかってな」
「どなたを守るために?」
「家族だ」
ふうっと深く吐かれた彼の息遣いから、長年の思いを胸にため込んでいるような気配を感じる。
「今となっちゃガランと変わっちまった景色だ。思えば毎日見ていたあの光景も貴重なものだったんだな」
「転移のせい、ですか」
「せめて家族も傍にいたらな……こんな風に思うこともなかった」
「……ご家族とは一緒ではないのですか?」
「ああ。剣都勤めが決まった時にな、ここは激しい戦果に見舞われると思って田舎の方に妻と子を送ったんだ……でも俺だけがこんな所でノウノウと……」
中年衛兵は瞳に深い悔恨の色を滲ませながら静かに夕日を睨み続けていた。
その表情には、俺が声を発するのを躊躇するだけの重みと深みがあった。
「一人になりたい時はあるよな。あんまり長くいるんじゃねえぞ、こんなご時世だ。俺らも衛兵としての仕事しなきゃいけねえ」
ちょっとした気遣いの言葉とともに、彼は去ってゆき俺を1人にしてくれた。
彼の背中に感謝しつつ、静かにロザリアへと呼びかける。
「ロザリア、出てきてくれるか?」
「どしたです?」
あっさりと影から出てくるロザリア。
「少しロザリアについて聞きたくてさ」
「それは、吸血鬼と呼ばれる種族について、です?」
キョトンと首を傾げる彼女だが、俺は驚愕の事実にむせそうになる。
ロザリアが吸血鬼だって?
だとしたら……多くのYouTuberに狙われる存在であるわけで……。
「ごめん、リスナーのみんな。少し配信を切る」
いくら批判の声を浴びようとこれはロザリアの命に関わるわけで、俺の配信で彼女が吸血鬼だと判明した場合、どこで情報が洩れるかわからない。
他のYouTuberを警戒するためには必要な措置だと判断した。
「ロ、ロザリアは吸血鬼なの?」
「吸血鬼と呼ばれているだけで、別に違うです」
「じゃあ、どんな人が吸血鬼と呼ばれているの?」
「不死性を継いだ者です」
「不死性……」
たしかにロザリアはいくら致命傷を負っても死ねない身体だと出会いがしらに嘆いていた。
というか、待てよ?
俺も自己再生能力があるわけで、不死性を持ってるんじゃないのか?
「ボクたちは神々よりも強力な不死性を持ってるだけです」
「え……だから神たちに危険視されてるとか?」
「そんな感じです」
吸血鬼と呼称される者たちと、それを脅威とみなし忌み嫌う神々たち。
そしてYouTuberに告知される
この世界はやはりきな臭い。
少なくとも現時点では、YouTuberを通して何者かが……それこそ神々が何かをさせようとする魂胆が透けて見える。
「神々は、その……何かを企んでいるの?」
「今ボクが知っているのはアキレリア人の撲滅と吸血鬼狩り、ぐらいです」
「やっぱり
「たぶん全ての神の声じゃないです。神の中にはボクたちを尊重する者もいるです」
「神々も一枚岩ではないと。その辺は人間と同じか」
しかしどうして、そのようなオーダーをYouTuberに下すのだろうか?
神だなんて呼ばれているのだから、それこそ強大な力を持っているのだろうし自ら動いて滅する方が早いのでは?
「どうして神が直接攻撃を仕掛けないの?」
「バランスです。【
「なるほど……神が動けば、強大な存在と衝突する可能性もあると。だけど俺たちYouTuberって異分子が、秘密裏に動けば波風が立ちにくいと」
実質、神々は強大な存在の不利益を被る所業はYouTuberを駆使して行っているのだろう。もし合意の上で何かするのであれば、隠れてこそこそする必要がないはずだ。
バレたらまずいから隠す。
きっとアキレリア人や吸血鬼を滅ぼすのは、誰かにとっての不利益なのだろう。
「どうしてアキレリア人を滅ぼそうとする神がいるの?」
「英雄神アキレリアの神血は強力です。人間という種そのものを根本的に進化させる神血です」
「それもまた神々の驚異になると……?」
「あの程度ではならないです。でも肉体的に優秀な人間の血統が後世に残るのは良くないと判断したです」
ロザリアの話を聞く限り、神々の中には自分たちに匹敵しそうな者が出現すると悪とみなしているように感じる。
でも個人戦力が強大なYouTuberが闊歩するのはいいのか?
ヒカリンの話じゃ、既に【
疑問は尽きない。
「1年前から【英雄神アキレリア帝国】は、三国から激しい戦争をしかけられてるです。最近では更に二国が加わったです」
「五国の連合軍と一国が渡り合えるのか?」
「無理です……だからボクの力で剣都だけでも、転移させたです……」
「どうして?」
「マリアやアリシャ、サオリの3人がアキレリア人を助けたいって言ったからです」
今まで無表情だったロザリアの顔にわずかな陰りが伸びた。
それは夕日に彩られた空に藍色が深くなったからなのか、彼女の心情がそうさせたのかは定かではない。
わかったのは【剣の盤城アキレリス】を召喚した理由が、【狂い神】を両断するためだけではなかったようだ。亡き仲間たちの願いを継ぎ、アキレリア人を戦禍から避難させるために全く別の地に強制転移させたと。
「……英雄神アキレリアはすでに失き一柱です。それでも尚、神に
「だからロザリアは彼らが嫌いなの?」
嫌いなら放っておくはずだ。
救おうだなんて思わない。
「他人に自分の存在意義を委ねるなんて愚か……そう思っていた時期もあるです。でも今は、そんな気持ちが少しだけわかるです。だからボクはどうしようもないです」
ジッと俺を見詰めながらロザリアは鉄面皮のまま話し続ける。
「英雄神アキレリア帝国はもう領土の半分以上を侵略、虐殺されてるです。滅亡は時間の問題です」
「戦争、か……さっきの衛兵さんも家族を失ったのか」
「ボクの力では、できることに限りがあるです……」
ぽそっと本音を呟くロザリア。
「ここにいる彼女たち、彼らを見ると……見捨ててしまったアキレリア人を……」
自分が切り捨てた人々を考えてしまうのだろうか。
ロザリアが頑なにアキレリア人を見ようとしなかったのは、罪悪感から目を背けたかったから。
淡々と事実を語るだけの彼女は、いつの間にか瞳にいっぱいの涙を浮かべながら夕空を睨んでいた。まるで先ほどの中年衛兵のように、その瞳は揺るがず、だけど果てしなく寂しそうだった。
「ロザリア。俺はアキレリア人が好きだ」
小さな彼女が自分を攻め立てる姿を見て、俺は一つ一つの言葉に力を込めて伝える。
「きっと戦争の最中で辛い思いをした人がたくさんいるだろうに……アキレリア人はみんな陽気で、馬鹿みたいに筋肉好きで、やっぱり優しい」
絶望的な状況であるはずなのに、誇り高き英雄神の民は決して折れず、屈せずに己を鍛え筋肉を愛し続けている。そんな彼ら彼女らを1人でも救えるのは誇りに思っていいはずだ。
「だからさ、ロザリアはすごいよ。そんな強い人たちを、誰かを大切に思える心の温かな人々を守れたんだ」
吸血鬼と呼ばれる存在についてもっと深く聞きたかったり、なぜロザリアは【空の王冠】について詳しいのかとか、色々と疑問はある。
でも今は、黙って彼女の頭を撫でる。
何の責任もない俺がかけられる言葉はない。
だからせめて彼女の
「ロザリア、君はここの人々を救ったんだ。そんな君を、俺は尊敬する」
ただただ、彼女を本心から称賛した。
それからは俺たちには長い沈黙が下りた。
暮れなずむ空に深い群青色のカーテンが広がり、宝石のような星々が
不意に身じろぎをしたロザリアに目を向ければ、彼女の瞳はもう濡れてはいなかった。
「ゆーまのバカ…………ボクの方が、ゆーまの言葉に救われて
少しだけ湿った彼女の声が、夕闇のなかにぽつりと落ちたのだった。
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