29話 剣都とイケメンYouTuber


「いやーユウマ君たちが、空を飛んでるのを発見したときは警戒したよ」


「でも、その鍛え抜かれた筋肉が君の人格を保証している。俺たちにはわかる」


「やあ旅人かい? 旅路を生き抜く筋肉に乾杯!」


 世界の声ワールドクエストにより虐殺対象になっているアキレリアの人々は、至って普通だった。

 見境なく人を襲うといった野蛮な危険性はなく、むしろ気さくで優しい。それどころか衛兵たちのチェックが緩すぎて、少し心配になるぐらいだった。



「路銀を稼ぎたいなら冒険者ギルドに行くといいさ、よい筋肉を」


「今はどこも筋肉不足だからねえ……君のような美しい筋肉はどこにいっても歓迎されるさ」


「君の筋肉なら立派な冒険者になれるよ、間違いない筋肉だ」



 ……どこへ行っても筋肉、じゃなくて親切だ。

 それに誰もが俺の筋肉を褒めたたえるけど、別に物凄い分厚い筋肉があるわけではない。確かにステータス強化の恩恵で、以前より筋肉量は増えたかもしれないけど細身だ。なんなら道行く人達の方が遥かにごつくて太い筋肉を誇っている。


 それでも彼らは俺の筋肉の良さを何らかの方法で把握しているようだ。

 正直に言えば初対面でここまで感じよく接してもらえるのは初めての経験だったので、俺はちょっと有頂天になっていた。

 他者に認められるのがすごく嬉しいのだと、ここの人達は俺に教えてくれた。

 ささやかで……大きな幸せを分けてくれたのだ。



「おおう! 兄ちゃん、イイ飲みっぷりだな! そしてイイ筋肉だ!」


コンパッシオーネ情熱を!」


「コンパしようね? いいぜ! 俺の娘でよければ紹介してやんよ! 兄ちゃんぐらいの筋肉があればうちは安泰だ!」


「待てよ、マッチョス! そりゃあ抜け駆けってもんだ! わしの娘の方が別嬪べっぴんだぞ!?」


「いやいやベンチプーレスよ! うちの娘こそ至宝だぜ!?」


「はぁあああ!? スクワットスの娘より俺の娘の方が100倍筋力ってもんよ!」


バモスいこうぜ!」


「おおう~!? 何はともあれ~!?」


「「「新しい筋肉に乾杯!」」」


コンアモーレ愛を!」


 あれ?

 どうして俺は冒険者ギルドに入った途端、むさくるしい中年冒険者に囲まれながら飲み物を御馳走になっているんだ?

 ちょっと首を傾げたくなるけど、まあいっか。

 飲み物も美味しいし、冒険者の人達もいい人ばかり!

 何の問題もない!

 ロザリアはこの都市に来て早々、俺の影に入り込んでしまったけどもったいないな。

 そんな風に思いながら、次々と出される飲み物に乾杯。



「おーい、お前が噂の新人だって?」


 中年冒険者と卓を囲み飲み交わしていると、二十代後半のイケメンが不意に話しかけてきた。


「おっ、【獣王の盟友マポト】様じゃねえか」


「お前さんが他の冒険者に興味を示すなんて珍しいな」


「マポトの筋肉も悪くねえが、この兄ちゃんの筋肉はいいぜえ」


「はいはい、わかったから。ここは若者同士、よそ者同士ってことで席を譲ってほしいんだけど」


 マポトと呼ばれた青年は薄い笑みを浮かべ、周囲の中年冒険者たちをいなしてゆく。彼が喋れば、先ほどまでバカ騒ぎしていた中年冒険者も蜂の子を散らすように席を外してゆく。

 どうやら周囲の対応を見るにそれなりの冒険者のようだ。


 そして何より注目すべきは、彼の頭上には名前が表記されていない。

 つまりはYouTuberだ。



『マポトじゃんwwww』

『え、マポトくんかっこいい!』

『イケメン』

『VIP:おっさん気を付けろよ。そいつは暴行罪で逮捕歴のあるYouTuberだ』

『VIP:酒に酔って女性を殴る蹴る可能性無限大である』

『アイドルを孕ませて結婚しなかった奴www』

『VIP:◆今はYouTuboにも復帰してチャンネル登録者は80万人です◆』


 リスナーのコメントを見るにけっこうやらかしている人物らしい。

 けれど、とてもそんな人物には見えない。



「よう、俺はマポトだ。お前は例の……唯一の【過去に眠る地角クロノ・アーセ】配信者だよな?」

「あ、初めまして。ユウマです」

「相席、いいか?」

「は、はい」

「ありがとう。マスター、この子に最高級のドリンクを。それと俺はいつもので」


 リスナーの評価は散々なマポトさんだけど、実際に見る彼はとても温厚そうだ。

 醸し出す雰囲気が落ち着いていて、大人の男性特有の色香がビンビン伝わってくる。さらにはかっこいいグラスに飴色に輝くお酒をくゆらす姿が渋い!

 渋すぎる!

 俺も早くウィスキーが似合う男になりたい、グラスマニアとしてそう思ってしまうのは至極当然だった。



「マポトさん、かっこいい……」


「そうか? 俺なんかこの世界に来たばかりは四苦八苦してさあ……ボロボロだったぞ? 今はようやくってところだな。ユウマの方は大丈夫か?」


「……はい、なんとか」


「その様子じゃ死線の1つや2つはすでに経験済みか。やるな、ユウマ」


 さりげなく褒めてくれ、ニカッと笑うマポトさん。

 まるでお兄さんができたかのような、そんな安心感を覚える。意気投合した俺たちはそのままお互いの経緯などを話し合った。

【剣の盤城アキレリス】に来て初めてする事が、他の先輩YouTuberから話を聞けるなんて俺は幸運だ。





「ユウマ。俺はさ、動物や獣、獣人たちを守りたいんだ」


 マポトさんと話してみてわかったのは、ネットで流れる情報なんて信用ならないものばかりだって事。

 俺もあることないこと好き勝手に匿名掲示板に書かれた身だし……彼がどんな人間なのか判断するのに必要なのは、匿名で誰かが綴った卑怯で棘を持つ言葉じゃない。


 目の前で、直接会って話している俺自身の心に聞けばいい。

 マポトさんを悪く言うリスナーたちも、きっとネットの無責任な記事やコメントに騙されてしまったのかもしれない。

 それほどまでにマポトさんは紳士なのだ。



「他のYouTuberは俺と違って視野が狭すぎる。やれ人間の命がーとか亜人の絶滅がーとか、魔人との争いがーとか獣人の扱いが酷いとか、『人種』ばっかり見てるが……じゃあ動物はどうなるのって話」


 そして無類の動物好きだ。

 どうやらマポトさんは人種に重きを置く『まじめ派閥』ではなく、『オレオレ派閥』っぽい思想の持ち主だ。



「俺は自分の猫を・・・・・殺されたり・・・・・したら、絶対にそいつ・・・・・・を許さない・・・・・タイプなんだよなあ」


「愛猫家なのですか」


「そうだな」


 特に猫が大好きらしい。


「一応、俺ぐらいのレベルになると【獣神マーラ】の信徒になってるし?」


「信徒、ですか?」


「そうだ。ユウマはまだ知らないだろうから教えてやる。【過去に眠る地角クロノ・アーセ】の人々は基本的に神々の傘下で生きている」


「やっぱり神的な存在が実際にいるのですか?」


「ああ、俺もこの目で何度か見たけどすごかったぞ。その中でも俺は【獣神マーラ】と契約して信徒になったってわけ」


「なるほどです。神様と契約すると何かあるのですか?」


「いい質問だ。実は世界の声ワールド・クエストとは別種で、神々固有の神託クエストってのがあってな。これは特定の神々と信徒契約を結ぶと受注できて、信徒だけの極秘クエストに近い」


「【獣神マーラ】様からしか受注できない神託クエストですか……報酬とか興味深いです」


「ハハッ、そこまでは教えられないな。お前が【獣神マーラ】と信徒契約を結んだら、神託クエストの内容を知れるぜ?」


 グイッとマポトさんはグラスの酒を飲み干し、冗談っぽく笑う。



「まっ、どの神様と契約するかはじっくり考えな。それとこの都市でわからない事があったら俺に何でも相談していい」


 やっぱりマポトさんは親切だ。


「俺ぐらいのレベルになると、この都市の重役にも顔が利くぜ。ユウマにはまだ無理だろうが、血位者デウスだったら【第三十二血位】の奴と酒を飲み交わすぐらいの仲さ」



 ちょっと誇らしげに語るマポトさんはとても頼り甲斐のある人物に見える。

 初対面のYouTuberにこんなにも良くしてくれるなんて彼はすごくいい人————


『これからは【背信者】って権能を利用するために、あんたに近づいてくるYouTuberが現れるわね』というヒカリンの言葉を思い出し、マポトさんに対する感動が一気にしぼむ。

 色々と教えてくれるマポトさんには失礼だけど、一応は警戒しておいた方がいいのかもしれない。


「俺もさー血位者デウスみたいにすごい身体能力がほしいんだよなー」


「マポトさん、その血位者って何ですか?」


「そうか、ユウマはまだ知らないよな。神の血と力を受け継ぐ者、神人の中でもトップクラスの実力者にのみ授けられる称号だ。この都市は英雄神アキレリアの血を継ぐ人間で成り立っているぞ」


「英雄神アキレリア……」


「神血が濃い人物ほどその血位ちいは高くて、だいたいの国は第一血位を頂点トップにして第百血位ぐらいまでいる」


「この【剣の盤城アキレリス】にもですか?」


「あー、特別に教えてやるけどな? ここはちょっと特殊な都市だ……というのも、今は主神がいないからな」


 マポトさんは一瞬だけ周囲を窺い、声のトーンを少しだけ抑える。



「ここは英雄神アキレリアってのが統治してたんだけどな……一年前にその英雄神さまはいなくなっちまったらしい。それから神血の薄い者ばかりが生まれるようになったり、他国から侵略の憂き目にあったりな、色々と苦労してるらしい」


「じゃあ、血位者も減っているのですか?」


「そうだな、一年前から血位者は減り続けている。なにせ主神がいないからな」


 主神がいない国は弱体化する、メモメモ。


「だから【第三十二血位】の奴と伝手つてのある俺って、けっこうすごいんだぜ?」



『VIP:うわーマポトはいちいち自慢げで鼻につく奴だな』

『VIP:無限のマウント厨である』

『意外にマポトって親切じゃね?』

『おっさんに色々と教えてくれるねー』

ゲームこっちじゃ割といい性格のNPCなのかも?』


 リスナーの間でも徐々にマポトさんの印象が変わりつつあるのは、俺にとってちょっとだけ嬉しかった。

 ヒカリンもそうだったけど、聞けばだいたいの事に答えてくれるマポトさんは少なくとも敵ではないと思う。

 こうして男2人でしばらく雑談していると、少しだけ店内がざわつき始めたので俺たちは喧騒の中心に目を向ける。


 そこには空のような青く長い髪をなびかせた美少女が、威勢よく羊皮紙を掲げていたのだった。


「冒険者諸君に依頼である! 現在、【剣の盤城ばんじょうアキレリス】は謎の転移魔法にみまわれ、事態は切迫している! 他国の侵略軍に抵抗する諸都市へいち早く救援に向かうためにも、我らが今! どこにいるのかを把握しなければならない!」


 力強い演説をかますのは先日、【空の王冠】で共闘したフローティアさんだ。


「都内で横行する殺人事件も我らは全力で調査中だ! ただ、やはり立て続けに起きる災厄に筋肉不足であるのも事実! どうか冒険者諸君の筋肉を貸してほしい!」


 筋肉不足……人手不足ってことかな?

 筋肉を貸してほしい……力を貸してほしいかな?



「アキレリアの同胞のため、どうか【剣の盤城アキレリス】を降りて周辺探索のクエストに同行してくる猛者をここに募りたい! 諸君らの筋肉に期待している! って、ユウマ!?」


 うおっ。

 彼女と目が合った途端、演説中であるにも拘わらず俺の名を呼ぶフローティアさんにビビる。


「みな! 彼、ユウマは他国の者であるにも拘わらず、つい先ほどわらわの命を救ってくれた恩人だ! アキレリア臣民として彼の筋肉に恥じぬ行動をしてほしい!」


「なんだと!? あの坊主がフローティア様を……!?」


血位者デウスの命を救ったとなりゃあ、英雄じゃねえか!」


「どおりいい筋肉してるわけだ! 我らが救世主の筋肉に乾杯!」


 彼女の紹介により冒険者ギルドが大盛り上がりを見せる。



「……女が出しゃばりやがって」


 マポトさんも何か言ったようだけど、周囲の喧騒にまかれてよく聞き取れなかった。


「ユウマ! 会いたかったぞ!」


「あっ、はあ……さっきぶりですね、フローティア、様?」


「様なんてつけてやるな。わらわとユウマの仲じゃないか! き、き、気軽にティアと呼んでくれたって構わないぞ?」


「ではティアさん、こんにちは」


「ああっああっ……、ああ、こんにちはだ、ユウマ」


 妙だな。

 会った時は堂々としていた彼女だけど、今はなぜか顔を赤面させながらもじもじしている。

 きっと多くの人前で演説なんてしたから、実はひどく緊張していたのかもしれない。

 それから何故かギルド全体が俺たちの様子を見守るようにシーンと静まる。中には生暖かい笑みで俺たちを見詰めてくるものだから、なんだか調子が狂う。



「ユウマ。こちらの女性は誰なんだ?」


 そんな沈黙を破ったのはマポトさんだ。

 なぜか冒険者たちは『ぶーぶー』とか『筋肉水入らずにしてやれよ』とか意味のわからないことを言っていたけど、気まずい空気を壊してくれた彼には感謝している。



「ああ、非礼を詫びよう。わらわは【第十七血位フローティア・ローゼシュタイン】だ」


「なっ、第十七血位!? ユ、ユウマなんかが……あのローゼシュタインと知り合いだと……? 俺よりすごい人脈を……?」


 マポトさん程の人でも驚くって、やっぱりフローティアさんはやんごとなき地位にある女性なのか。

 いくら本人が気さくに『ティアと呼んでいい』なんて言っても、それなりに敬意を表する態度を取らないといけないのかもしれない。






【獣王の盟友マポト】

【HP18 MP25 力12 色力いりょく20 防御15 素早さ20】

【総合戦闘力:登録者数80万人】


【ユウマ】

【HP17 MP10 力21 色力いりょく24 防御16 素早さ14】

【総合戦闘力:登録者数72万人と同等】



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