28話 ワールドクエスト【不死狩り】

 自由派閥の誰がどうやって現実リアルでの俺の場所を特定し、襲ったのか不明だ。仮に【復讐の執黒官しっこうかん】を発動して、俺に敵意を持つ者のそばに瞬間転移してその正体を暴いたとしても、返り討ちに合う危険性はゼロじゃない。

 だから今は、いわゆる様子見ってやつだ。

 ヒカリンたちが自由派閥に圧力をかけてくれるらしいから、当分は現実での安全は確保されるらしい。


「やあみんな、おっさんだ……今日も異世界配信を始めるぞー」


 てなわけで帰宅してベッドに入り、寝る直前にやってきた【過去に眠る地角クロノ・アーセ】への予兆。少々眠かったけれど俺はグラスに入れたミネラルウォーターをぶちまけ、またまたこの世界にやってきた。



「ゆーま、おかえりです。アヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ……ヴヴヴヴ!」


 毎回恒例の分体と同期? とやらで、ロザリアが昇天してるのを横目にリスナーたちのコメントを流し見する。


「俺の配信を見て現実リアル特定して襲ってきた連中がいたから、配信できない箇所はカットするかも。そのへんよろしく」


 予めリスナーたちに断りを入れると、予想していた通り不満の声が上がっている。


『どゆこと?』

『VIP:リア凸されてる可能性無限大である』

『VIP:危ない奴がいるな』

『声だけで身バレとかやばいな』

『おっさんもいつの間にか人気YouTuberか』

『これが噂の有名税』

『有名だからって何? 人権侵害するとかありえなくね?』

『リア凸勢わきまえろよ……』

『配信はガンガンしてほしい』



「配信から情報を抜き出して、異世界でも襲ってくる可能性があるんだ。あとは、現実で遭遇そうぐうした時も……俺の手の内を配信内で明かさない方が戦いやすいだろうって、ヒカリンがアドバイスしてくれてさ」


『まるで異世界と現実を行き来しているような語り草ww』

『アンチがゲームでも襲い掛かってくるとか、これはオンラインゲームなのか?』

『しかも異世界ゲームで習得した魔法を現実でも行使できそうな言いぶりwww』

『VIP:いつものロールプレイか?』

『VIP:我々はおっさんの配信を見たいのである』

『VIP:◆変な理由をつけて配信を休むのではなく、正直に言ってほしいです。私たちはずっと待ってますから◆』



「いや……本当なんだけどね」


『ま、おっさんが配信ペースを少し緩めたいって言うならいいんじゃね?』

『配信ってわりとハードだしな』


「みんなありがとう」


『それより、なんか運営からメッセージみたいの来てないか?』

『右上端にへんなアイコンあるぞ』


「お、本当だ」


 視界の右端に浮かぶ手紙型のアイコンに意識を集中すると、その内容が宙に羅列し始める。


世界の声ワールドクエスト:世界に散らばった吸血鬼を殺し切る】

【期限:永続】

【報酬:吸血鬼を五匹殺す毎に『魂を紡ぐ女神リンネ』『時を賭ける神クロノス』『天秤に座す神ジャッジ』の三柱から、ランダムで権能スキルを授かる】



「吸血鬼を殺せば……報酬? これが、ヒカリンが言ってたYouTuber全員に送られるワールドクエスト?」


新しい・・・ワールドクエストが追加されたですか。ゆーまはどうするです?」


 俺の呟きを耳にしたロザリアが問いかけてくる。


「んー、吸血鬼って存在がどんなのかもわからないしなあ。お互いを知らないのに、会っていきなり殺すってのもおかしな話でしょ。それこそ俺たちを襲ってきたり、危険だったら対抗はするけどさ」


「……」


「吸血鬼ってどんな生物なんだ?」


「吸血鬼なんて種族はいないです……」


「え、でもワールドクエストではいるって」


「…………」


 無言になるロザリア。



「みんなはどう思う?」


『吸血鬼か。文字通り血を吸う鬼なら、危ないんじゃね?』

『どっちにしろ強そうだよな。神々から報酬が出るって相当でしょ』

『おっさんはまだ手出ししない方がいい種族だと思う』

『VIP:◆このゲームでの吸血鬼の扱いがわからないですよね。他のNPCから聞きこむなどはいかがですか?(3000円)◆』



 やっぱりそうだよな。

 前回はフローティアさんたちとなるべく関わらないようにしようって思ったけど、現実でも襲われて……改めて実感したのは情報収集の大切さだ。

 俺の【背信者】って権能は他のYouTuberの希望にも絶望にもなりえる。【過去に眠る地角クロノ・アーセ】の情勢を知らずに起こした行動が原因で、多くのYouTuberに危険視されるのはごめんだ。


 例えば吸血鬼を大切に思う勢力がいたとして、その事実を知らずに吸血鬼を殺して回ったら一定数のYouTuberを敵にするかもしれない。

 復讐の手段として現実で襲ってくる可能性だってある。

 この世界で上手く立ち回るのは、現実の俺や家族の安全にもつながる。



「なあロザリア。やっぱり俺はこの世界について知らなすぎる。だから、あの都市に行ってみたいと思うんだ」


 俺が指さすのは【剣の盤城アキレリス】だった。

 ロザリアがあそこにいる人々と関わりたくないのは百も承知だ。なにせ剣都市ごと転移させたのはロザリアの仕業だし、バレた時のリスクが大きい。

 けれどやっぱり情報収集は必要で、この世界で生きる人々の文化や事情に触れておいた方が生き残れる可能性は格段と上がるはず。


 

「それこそ吸血鬼が、世間的にどんな存在なのかも聞けたりするじゃないか」


「なるほどです。ボクの意見だけに頼るタヨルと、ゆーまの思想が偏るかタヨルです」


「そういう意味じゃないけど、せっかくだし色々見てみたいなって……ダメか?」


 この間、リスナーたちのコメントは猛反対の嵐だった。

『ロザリアちゃんの意思を尊重しよう』とか『ロザリアちゃんの好感度が下がるうううう』など『デートイベントをぶち壊す可能性無限大である』なんて散々の言われようだ。



「ゆーまが……そう思うなら、そうすればよいです」


「ありがとう、ロザリア」


 しぶしぶ了承してくれたロザリアに感謝の言葉を贈ると、彼女は無表情でコクンと頷いた。

 さて、あとは都市への移動手段が問題だ。

 情けない話だが、宙を浮かぶ山脈から【剣の盤城アキレリス】はそれなりの距離がある。身体能力が爆発的に向上した俺でも、さすがに数百メートルをジャンプできる自信はないし、都市に着地したときに絶命しそうだ。


 なので頼れるのは————


「それで、その……俺の力じゃ【剣の盤城アキレリス】まで行けそうにないんだ」


「サオリに風の掴み方はいっぱい教わったですから、僕が飛べるです。ゆーま、両手を上げるです」


 そう言ってロザリアは、俺の胴へと短い腕を一生懸命に回す。

 バサッと羽ばたく音と同時、ロザリアの背から漆黒の翼が生え俺たちは空を飛んだ。

 突き抜けるような青空、吹きつける風、爽快感が半端ない。


「ワールドクエストをクリアしたら空を飛ぶ権能スキルとかもらえたりするのかな」


 だとしたら吸血鬼殺しはちょっとだけ魅力的だと思ってしまう。

 それほどまでに空を飛ぶというのは気持ちの良いものだった。


「過去のワールドクエスト報酬で、【影の翼】を使役できるような権能スキルなかったです」


「そういえばさっき新しいワールドクエストって言ったけどさ。前のワールドクエストの内容は知ってるの?」


「ヒカリンから聞いてるです」


「それってどんな?」



【剣の盤城アキレリス】がみるみる近づくなかで、俺はなんとなく聞いてみた。



「一つ前に発行されたワールドクエストは【英雄を生む国アキレリア】臣民の虐殺ジェノサイドです」


「へ? それって……今、俺たちが向かう都市に住んでる人達だよね?」



「はいです。英雄神の血を継ぐ人間全てを根絶やしにしろ、です」






世界の声ワールドクエスト:英雄を生む国アキレリア臣民の絶滅】

【期限:3年】

【報酬:アキレリア人を100人殺すごとに、もしくは血位者デウスを1人を殺す毎に任意のステータス+1する。またアキレリア人の絶滅に大きく貢献した者は『天秤に座す神ジャッジ』より、一つだけ好きな権能スキルを習得させてもらえる】



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